第9話 学園生活②

 俺が学園に行かずにどこで時間を潰しているかと問われれば、それは学園備え付けの図書室だ。

 多くの古書から最新の雑誌まで、そこに置かれている本の種類は実に多彩だ。

 俺としては、この空間と本の香りが最高だと考えているからここにいるのだが、他の生徒がここを使うのは、基本的に調べ物か学習の課題の消化である。

 俺は剣を振るうことよりも、実のところこうして本を読んでいる方が好きなタイプだ。

 その俺としては、この図書室は目に映るものが多い。昔の本は印刷技術などない中で作られていたので、古書の中にはここでしかお目にかからない代物でもあるのではと、興味が尽きることがない。

 時間を潰すことには一番効率がいいし、何より楽しそうだ。

 俺はそれからは、剣を振って感覚を鈍らせないようにしたり、図書室で本を読んでいるようになった。


     ——————————


 不思議なもので、人間は一度癖付いたらそれを止めることが難しくなる。

 俺は長年のレアの介助——もとい家事全般を行ってきた。色々と意味があって始めたのだが、それが八年も続けば感覚に根付いてしまう。それが嫌なことであっても、だ。

 感覚に根付くと、時間感覚までそれに作用されやすい。あくまでもそのことの実行のために、時間感覚も同期するということだ。

 俺はいくら本を読んでいようと剣を振るっていようと、四時頃には区切ってしまう。時間が経ったことを感じて時計を見上げると、丁度その時間で、そして夕飯の支度の準備の時間だ。

 その時間になれば、俺はそそくさと寮室に戻る。そして夕飯の下拵えだ。

 そんなことをしている間に、放課になってボルトが帰ってくる。その生活が何日か続いた。

 当初は俺が学園をサボることを気にしてくれたが、俺が明確に理由を話すと納得してくれた。

 まあ、この学園は「学びたければ学べ」というスタンスだから、授業に出るのも個人の自由、というわけだ。

 その代わり、四半期に一度行われる定期試験では、成績を出さなければ即退学になりかねない。可能性形なのは、あくまでそれが「可能性」を伸ばせないと判断された場合に限られるし、何より勉学より実技の方が重要視されるからだ。


 それから数日後のことだ。

 俺がいつものように夕食の準備をしていると、ボルトが帰ってきた。


「ただいま——……」


 例にないほどに元気なく。


「どうした? 何かあったのか、そんなやつれた顔して?」


 俺は咄嗟にそう聞いていた。

 今朝方まで元気だったボルトが、急に萎れていたら、当然気になる。

 俺の問いかけに対してボルトが返した答えは、俺の想像を遥かに絶した内容だった。


「リゲル、今年になって、新しく教師として入った人が、先代の《剣聖》であるレア・ツヴァイヘン様であることは知っているよな?」

「おう、それは」


 知っているとも。

 エレノアが直接勧誘しにきたことまで、昨日のことのように鮮明に記憶している。

 そのせいで、俺がここに入れられることになったことも……。

 黙り込んだ俺を無視して、ボルトは話を続ける。


「で、その人が『リゲルがいない』ことに気付くと、唐突に不機嫌になって……。あんなスパルタ、見たことないぜ……」


 なるほど、完璧に理解した。

 要はアイツが、俺がいないことで不機嫌になったのは間違いなさそうだ。

 それで生徒に当たるとは……。なんだかいたたまれない。完全なトバッチリではないか。

 するとボルトは、俺の肩をホールドし、目を見て訴えかけてきた。


「頼む! このままだと、俺たちが本気で死ぬ! どうか、あの方の授業の時には出席してくれ!」


 うーむ、どうしたものか。

 なんだかレアの求める方向に事態が流れている気がするが、この状況を作った原因の一端を、俺は確かに担っている。

 だがレアの思惑通りに動くのも癪だし……うーむ。

 その時、ボルトが俺にもう一言告げた。


「頼む! 今度うまいシフォンケーキ屋に連れて行ってやるから!」

「いいだろう、行ってやる」


 俺は即決した。

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