第8話 学園生活①

 授業が終わると、俺はそそくさと帰路についた。俺と同室になるやつを迎える準備をするためだ。

 この学園の寮は、原則二人一部屋。つまり俺が今まで一人で占有していた寮室も、同居人を数えることになる。

 となると、俺一人の生活スペースは半分になる。荷物の整理や、掃除など、やることは山積みだ。

 部屋に着くと、俺は速やかに作業にとりかかった。

 集合住宅並みの豪華な部屋を、大急ぎで清掃していく。レアの屋敷に比べれば屁でもない、鍛えられている俺は一味違うのだ。

 整理整頓は心がけているので、あとは掃除機で一掃するだけだ。

 問題は荷物。半分でどうにかするにはいささか厳しいものがあるので、多少狭くなるが、寝室に置くしかない。

 テキパキと作業をこなし、やっと一息つけると思った時、ちょうどいいタイミングで鍵が開く音がした。同居人が来たのだ。

 俺はエプロンを取ると、玄関に向かう。最低限先客として出迎えはするべきだろうという考えである。

 俺が玄関に出ると、そこには長身の男がいた。


「いやぁ、参った。同居人は噂の変人さんとは」

「なんだか早速嫌な呼ばれ方の気配」


 反射的に悲しみが漏れ出す。

 よくよく見れば、確か同じクラスに配属された奴だ。


「お前、確か同じクラスの」

「おう、ボルボット・ノクターだ。ボルトって呼んでくれりゃありがたい」


 溌剌とした調子で、自己紹介し、右手を差し出してくる。握手のようだ。


「リゲルだ。これからよろしくな、ボルト」

「おう。こっちこそな、リゲル」


 俺たちはしっかりと、握手の手を握り締めた。


「ところでボルト、夕食の予定はあるのか? ないのなら作ってやるぞ」

「お、そいつはありがてぇ。恥ずかしながら、料理とか全くできなくてな。頼むわ」


 頼まれてしまった。

 頼まれた以上は仕方ない。俺はお気に召されるよう、腕によりをかけて振る舞おうと決意した。


 ちなみに、本日の夕食は白身魚のソテー。バターの味わいが堪らない絶品となって、ボルトからの反応は素晴らしかった。


     ——————————


 ボルトの朝は遅かった。

 俺は朝早くから起きて、朝飯の下拵え。温かなスープとパンを用意して、ベーコンを焼いてやる。これで簡単な朝食の完成だ。

 朝食を用意すると、俺はボルトを起こしに部屋に突入する。


「おーいボルト。朝飯が出来たぞー」

「おーう——……」


 眠たげな声が返ってきて、ボルトはゴソゴソと起き出した。

 寝癖でボサボサの髪を掻き毟りながら、ベッドから起き上がる。

 俺はまだ眠そうな様子のボルトにもう一度声をかける。


「早く起きないと、朝飯冷めるぞー」


 その一言で、ボルトは眠たげに瞼を擦りながら起き出した。

 テーブルに広げられた朝食の数々に、僅かに目を見開いて、感嘆の声を漏らした。


「お前、本当に料理上手だな……」

「家事全般には通じてるから、基本生活に困ることはない」


 軽口を叩いて食卓に付く。

 質素ながらに、庶民的で優しい朝食を、俺たちは一緒に摂った。



 朝食を食べ終わると、俺はすぐさま食器を水に晒して汚れを浮かべておく。

 ボルトはこの後ものんびりと時間を過ごして、ちょうど良い時間に出発するのだそうだ。

 しかし俺は、別途で行かなければならない場所がある。

 俺は手早く荷物と衣服を整えると、行ってくると一言言って外に出る。

 行き先は女性用教師宿舎、その最上階。要介護生命体の魔窟ことレアの部屋である。



 辿り着けば、やはりレアは爆睡していた。服も昨日帰ってから脱いで放り投げたようで、そこら中に散らばっている。

 俺は予期して持ってきた作り置きのスープをコンロにかけ、レアを叩き起こす。


「おい起きろ馬鹿。いつまでも寝てるんじゃない!」


 俺の一言で目を覚ましたレアは、モゾモゾと布団の中で動き、やがて布団から姿を見せた。

 その姿は、予想通り凄惨だった。

 髪はボサボサで見る影もなく、着ている衣類は下着だけ。むしろ辛うじて下着を着てくれていただけマシな方だ。

 俺はすぐさま動き、レアに風呂に入るように促し、散乱した洗濯物を洗濯機へとブチ込む。

 風呂から上がったレアに朝飯を食わせ、レアの身の回りの準備。荷物を整頓し、着ていくものを見繕う。

 そうして、食べ終わったレアを着替えさせ、送り出した。


「行ってきまーす……」

「とっとと行け! 教師が遅刻寸前って目も当てられないだろう!」


 俺が怒鳴る。それに急かされるように、レアはいそいそと学園に向かって行った。

 その後、俺はいくつか作り置きの食べ物を用意して、冷蔵庫の中へと入れておいた。保存の効くものだから、これでカップラーメン漬けなんて状況にはなるまい。


 こんなことをしていたら、当然時間に間に合うはずがない。

 だが俺は、別にどうでもよかった。というか、そもそも学園に行く気すらなかったのだ。

 無断欠席が重なれば、俺の評価は下がる一方。そうなれば、学校側も手を打たざるを得なくなるはずだ。

 懸念すべき点があるとすれば、それはレアだろう。彼女がこの学園にいる条件は、「俺が通っていること」にある。

 レアを失わないために、エレノアが理事長権限でも使おうものなら、俺に当てる手立てはない。

 それに俺も、この時間を無益に使うつもりは毛頭ない。今までやりたかったことや出来なかったことなど、この時間の過ごし方はたくさんある。


 だからこそ俺は、学園には顔を出すことがない。


————————————————————


 更新、遅くなりました……m(._.)m。

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