第7話 自己紹介

 入学式が終わると、俺たち新入生は一年生の教室へと進まされた。

 学舎自体はとても小綺麗で、壁や床を覆う大理石も、一流のものであることが分かる。何しろレアの屋敷で散々見てきたし、掃除も毎日していたのだから。

 窓は多く開放感があり、太陽の光は燦々と廊下に降り注いでいる。

 俺たちはA組に配属となった。入試成績順らしいから、当然と言えば当然だろう。


 こうして見ると、意外に粒揃いだ。見たところ全ての生徒が鍛えているし、並の人間の集団なら殲滅することも容易そうだ。

 俺は期待半分に、自分にあてがわれた席に移動した。

 俺の席は丁度窓側の最後尾。素晴らしい。

 席についてから少しすると、一人の女性が入ってきた。

 ブランドの髪を後ろで一つにまとめ、翡翠のような深緑の瞳は魔性のように人の目を吸い寄せる。顔立ちはとても良く、優しそうな微笑みを浮かべながらも、どこか危なっかしいというか、油断ならない予感を感じさせる。

 俺もレアを見慣れていなかったら即落ちていたかもしれない。現に数人の男子生徒の目はひっきりなしに彼女に向いていて、元気だなぁ、と感じてしまう。爺臭い。

 彼女は教室に入ると、そのまま持っていた資料などを教卓において、黒板に名前を書いた。

 カッカッ、という黒板を叩く音が少し鳴り響き、緑色の板に白い文字が書き出されていく。

 書き終えた彼女はくるりとこちら側に目を向け、自己紹介から始まった。


「はじめまして。今日から皆さんの担任を務めさせていただくことになりました、アリシア・ブレンディークと申します。まだまだ浅学の身ですが、皆さんのことを、この一年育てて行きたいなと思っています。よろしくお願いしますね」


 そう言って、アリシア先生は軽く頭を下げる。

 クラスからは、「ブレンディーク……」「伯爵家じゃない、凄い……」「美しい、美しいですぞ……」などという声が漏れ聞こえてくる。


 なるほど、さすがは曲がりなりにも教師か、と思った。

 俺の見立てでは、彼女はそれなりに強い。体格的に考えれば、細剣使いと言ったところだろうが、体の鍛え方から見るに、武術もかなり精通しているように見える。

 だが俺からみればまだヒヨコ同然だ。環境のせいもあるが、彼女からは人の命を刈り取った経験があるようには感じには見えない。目が死んでいない。

 つまりは平和なのだ。彼らはかなり喜んでいたようだが、俺としてはやはりコレジャナイ感が否めない。俺が彼女から教わることはなさそうだ。


「じゃあ、廊下側の手前の人から順に、自己紹介していって」


 彼女の言葉で、自己紹介が始まった。

 このクラスのメンバーは二十人。男女比は女子の方に偏るが、それでもほとんど変わらなかった。

 着々と自己紹介が進み、遂に俺の番が回ってくる。


「それじゃあ最後の人!」


 アリシア先生が呼びかける。俺はその言葉でとりあえず立ち上がると、面倒だなと思いながらも口を開いた。


「リゲルです。どうぞ宜しく」


 それで俺は席に着く。周りからは、何か奇異の視線に晒されることになった。

 まあ無理もない。何故なら、今俺はほとんど自分の情報を開示していないのだから。自己紹介と呼べるかはともかく、変なことをしているのだろう。

 何故姓を名乗らなかったのかと言えば、面倒なことになるからである。

 仮にも大英雄の姓“ツヴァイヘン”。誤魔化すことはいささか無理のある姓だ。

 そのため俺は、基本的にはフルネームを明かさない。特別面倒なこともなければ不自由もないので、俺は気にしていない。

 だが、そうするとまた別の反応になる。


「え、えっと、リゲル君って、もしかして境外界の人?」

「そうですが何か?」


 殊更考えることもなく返す。

 別に秘密の話という訳でもない。元々出身は境外界で間違っていない。

 この国、リーンヴァルテ皇国は、国土の中央に皇都ヴァーンガーデンがあり、そこから距離が離れていくごとに、貴族界、臣民界、境外界に区別される。

 一般的に、聖騎士になれる才覚は臣民界辺りまでの生まれの子に多い。

 その上ここにいるのは、入試成績の上位者たち。違和感も当然残る。その上アリシア先生は教師だ。俺のことも通達されているだろう。まあ彼女の反応を見るに、ツヴァイヘンの姓は知られていないようだが。

 まあ彼女の言葉で、周りの反応は一気に冷え切った。恐らく、何かの間違いとか、そんな風に捉えられたのだろう。俺としては良い兆候だ。


 その後、簡単な連絡と座学の教科書が配布された。

 中身を見れば、そこはリゲルが既に学習済みの内容だ。つまり、座学の心配はなし。

 実技講師の連中も、恐らくレアがぶっ飛んで強いだろう。俺の参考になりそうな奴はいない。

 詰まるところ——俺は一切、この学園に通う必要性がなかったのだ。


 この日以降、俺がクラスや授業に出席することは、一度たりとも無かった。

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