第4話 来訪の真意

「それで? ここにきた本当の理由はなんだ?」


 空気が荒れ果てた頃合いを見計らっていたレアが、エレノアに声をかける。

 彼女もまた、リゲルの晩飯抜きの報復を回避できていないため、他人の心配をする余裕はないのだが、既に忘れ去っていた。

 俺に手篭めにされていたエレノアは、その言葉で冷静さを取り戻す。

 軽く息を整えると、姿勢を正してソファに座り直した。


「実はな、お前に頼みがあってここに来たんだ」

「今すぐ帰れさっさと帰れそして二度とここに来るな」


 頼みという言葉が出た瞬間、レアが捲し立てるように拒絶を示す。

 そう、今の彼女は何もする気がない。ただ俺に仕事の全てを押し付け、あまつさえ俺に対して理不尽な暴力をするほど、彼女は決して働かないのだ。

 その後も、頼む頼むとエレノアが囃し立て、嫌だ嫌だとレアが拒む、三文芝居がいつまでも続く。

 これは、俺が仲裁に入らないといつまでも終わらないと感じ取った俺は、ゴホン、と大きな咳払いをして周囲を黙らせる。

 俺が入ってくるとは思っていなかったエレノアと、俺を怒らせると怖いことを知っているレアは、それぞれ異なる理由で沈黙した。

 それを見て、俺は口を開く。


「では、失礼して。

 お前は何を、レアに頼み込む気でいるんだ?」


 元の、素の俺の口調に戻しながら、エレノアに問いかける。

 エレノアは、ようやっと話が進むと喜んだ顔をして、答えた。


「私の管理する聖騎士学園に、お前を講師として招きたい」


 聖騎士学園。

 それは、西方諸国の連盟が誇る武装集団、聖騎士を育成するための教育機関だ。

 特殊な教育方針のもと、聖騎士として戦っていくにふさわしい実力を授けるための場でもある。

 その経費は凄まじく、凄いところでは年に二億ほどの経費が、応援として捻出されることもある、恐ろしい出費元という側面も持つ。

 しかし、いずれ国防の要となる者たちなので、その競争率は例年高騰するという。

 そして他人よりも優れた存在が、しかも頭ひとつ以上抜けた才能が無ければ話にならないという、人外魔境でもある。

 レアも、その話はあまり乗り気ではないらしい。


「いやいや、私は隠居した身。先代の《剣聖》などと囃し立てられようと、私が教鞭をとるわけにはいかない」

「頼む! 最近はなかなか優秀な人材が集まらなくてな、お前くらいしか当てにならんのだ! 昔の馴染みで、どうか!」


 頭を下げて、レアに願っている。

 まあ、エレノアの言っていることも、あながち間違いではないのだろう。

 最近の聖騎士たちは、次世代の育成という考え方が乏しいと、レアが前に溢していた。

 まるで自分たちの価値を奪われるような気分になるのかもしれない。

 こればかりは、一概にお前のせいだ、とは言えないのだろう。

 加えて、彼女もまた、《七聖剣》の一角。切り捨てきれないというか、情に流されてしまうほどの関係性もある。

 レアは、頭を掻き毟ってうんうんと悩み続けている。

 レアが黙ったタイミングで、俺は改めて自己紹介をした。先ほどまでの重い空気でもないし、別にいいだろう。


「一応、改めて自己紹介を。俺はリゲル・ツヴァイヘン。レアの養子だ」

「ああ、ありがとう。私は《剣鬼》エレノア・リンバース。レアとは以前から親交のある間柄だ。

 先程はすまなかった。一応、今はレギアス聖騎士学園の理事長を務めている」


 彼女はそういうと、紅茶を一口啜る。

 だがその時、この少しの平和をぶち壊すように、レアが叫び上がった。


「うん、待てよ? お前の職場、レギアスだったか?」

「ああ、そうだが……」

「ふむ……」


 レアが顎に手を当てて熟考する。

 その瞬間、俺の脳裏に、電撃染みた衝撃が走るのを感じ取った。

 嫌な予感がする。過去、この嫌な予感は外れた試しがない。信用度百パーセントの未来予知。

 だが俺にはどうすることもできない。何故なら俺の未来予知が示すのは未来の予感のみ。具体的に何が起こるかは分からないのだ。

 その予感に俺がヒヤヒヤしていると、レアが顎から手を離した。


「いいだろう。その誘い、受けてやる。

 ただし、一つだけ条件がある」

「じ、条件とは何だ!?」


 レアがフッ、と笑う。これは悪巧みが上手くいくと確信した時の彼女のルーチンだ。


「私が配属する代わりに、リゲルを一緒に、レギアス聖騎士学園に入学させることだ」


 ドヤァ、と。

 レアは不敵に笑い。


 ビシッ、と。

 エレノアは硬直し。


 ピシャァン、と。

 俺は電撃に打たれたように卒倒した。


     ———————————


「まあ、それは別に構わないが」


 数秒かかってから、ようやっと落ち着いたエレノアは条件に口を出す。

 エレノアの心配は一つだった。

 現実問題、彼女の理事長権限を行使すれば、その程度のこと造作もない。

 だが、こればかりは、本人次第なのだ。


「彼は、強いのか?」


 レギアスだけに限らず、すべての聖騎士学園は、強さこそがすべて。

 強者は弱者から搾取することすら、部分的に認められるほどだ。

 先輩後輩の間柄すら、強さによって覆ることもある。

 聖騎士学園で生き残るには、強くあることしか道はないのだ。

 だからこそ、その道の人間ですらないリゲルを、易々と受け入れるのは嫌なのだ。

 力関係に恐れ、未来を閉ざしてしまう生徒も、過去に見てきた彼女故の思いでもあった。


 ——だが。


「心配には及ばない。コイツは私の《秘剣》をすべて使える」

「——なっ!?」


 レアの伝える事実に、エレノアは驚愕する。

 それもそのはず。《剣聖》レア・ツヴァイヘンの剣は我流にして最強。

 しかし使い手は彼女一人のみ。それは彼女の剣が、単に強すぎる・・・・から。

 その術理に、その威力に、並の人間では使うことすら難しいと言われている。

 それは当代の《剣聖》も同様で、彼の剣はレアなものとは異なっている。

 それ故に、レアの言葉はにわかには信じられなかった。

 そして彼女は続ける。

 不幸なことに、リゲルは泡を吹いて倒れていたため、聞くことが出来なかった、彼女の本当のリゲルの評価。


「コイツは、全盛期の私より強い」


 この一言で、エレノアは心配事がすべて杞憂であることを悟った。

 彼が生き残るどころか、学校を大きく変えるかもしれない存在であることを、他ならぬレア自身から聴けたのだから。

 彼女は身内贔屓をする人間ではない。しかも他人の実力を測る能力は群を抜いている。

 もはやエレノアに、その条件を飲まないという選択は無かった。


「いいだろう。リゲル・ツヴァイヘンの編入を許可する。これでいいな?」

「もちろん。契約成立だ」


 二人の強者は、互いに手を握った。

 新たな未来の可能性を、確かめるように。

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