☠ Ⅱ ☠

〝怪物街〟は無法アウトローの街だ。

 されど三つ、禁忌タブーが存在する。

 一つ目――十三番区に近付くべからず。

 〝怪物街〟と呼ばれる外界と遮断された人でなしたちの『楽園』は、街と呼ぶには広すぎる。外界から秘匿された街でありながら、その総合面積は推し量れない。中心街と呼ばれる、十三区の外は広大な大地が切り開かれており、雪原や砂漠、湿原に森林など様々な気候が存在する。そこにはサンドワームや飛竜、クラーケンなど巨大な怪獣が巣食っているとのことだった。

 街はもはや一つの世界、異世界として成立してしまっている。

 この街が外界から閉ざされていながら、これほどまでに広大な土地を有するのは、古の魔術師の御業によるところが大きい。彼の魔術師が、神のごとき創造の魔術を持って空間を広げ、閉ざし、この箱庭を造り上げたというのが通説だ。

 十三番区には、その古の魔術師が住んでおり、その怒りに触れれば死よりも恐ろしい災禍が降り注ぐとにわかに囁かれていた。

 しかしこれは眉唾物の噂で、古の魔術師の姿を見た、というものは数えるほどもいないらしい。その目撃者たちも、本当のところどうだかはわからない。

 十三番区は他区と比べて、特別な作りになっている。雲にも届くほどに高い城塔となっており、内部は様々な階層に別れていた。その階層に住まう住人たちは〝怪物街〟の中でも輪をかけてイカれていると、専らの噂だった。人でなしたちにそこまで言わしめるのだから、よほどなのだろう。

 つまりアレコレ言っているが、要は命が惜しければ近寄るな、ということだ。

 中心街は十三番区の城塔を中心とし、北から右回りに十二番区、一番区、二番区、三番区、となっている。簡単に言って、時計の文字盤を模して区分けがされているワケだ。

 無法は住人だけではなく、建物も同じなようで、日照権や建築法を無視して、煤けたビルやあばら屋などが無秩序に乱立している。

 嫌でも目に付く十三番区の城塔がアジアンテイストであるせいか、玖朗は最初、今はなき九龍クーロン城を想起させられた。

 最も、比べようもなくこちらのほうが悪の掃き溜めなのだが。

 二つ目の禁忌――〝怪人〟は〝怪物街〟より外へ出るべからず。

 この街の座標は人間界のどこかに位置していながら、特別な手段を用いなければ入ることの出来ない異界である。ここは人の世にいられなくなった〝怪人〟たちの『楽園』であると同時に『監獄』でもあるのだ。今の明るすぎる世界には、もう夜の住人たちの居場所はない。

 それでも例外的に、『調律師団』と呼ばれる街そのものを守護する存在から外へ出ることを許されたものたちが極少数いる。

 その少数のうちの二人が、仁と灰音だ。外の世界に誤って出てしまった、脱走した、発生した〝怪人〟たちを〝怪物街〟へ連れ戻す――あるいは三つ目の禁忌を破ったものを殺すために、自由に外へ出る権限が与えられている。

 余談だが、玖朗は外の世界で偶発的に発生した〝怪人〟であり、三つ目の禁忌を破ったと誤認されたために、仁と灰音に殺されそうになった次第だ。

 そして玖朗が破ったと誤認された、三つ目の禁忌。

 最後にして最大の禁忌――外の世界の人間を食うべからず。

 これを破った〝怪人〟は〝怪物フリークス〟と認定され、人と異形との間に軋轢を生み、ひいては街そのものの存亡を崩壊させかねないとして排除される。

 吸血鬼に成り損なった玖朗は、人の血も吸ったことがないというのに大量の血の臭いを振り撒きながら歩いていたため、〝怪物〟と誤認されて殺されそうになった。

 ――この三つの禁忌を破らない限り、この〝怪物街〟は自由むほうだ。

 自由とは即ち、治安を乱すのも、治安を守ろうとするのも勝手ということだ。

 『調律師団』に認められていることからわかるように仁も灰音も、そしてその下で働く玖朗もまた後者に位置付けられるハズなのだが――彼のフランケンシュタインの怪物はむしろ、治安を乱しているような気がしてならない。

 もっとも命が奪われようとも文句の言えない地獄の釜の底の街において、カツアゲ程度は取るに足らない日常茶飯事の光景なのだろうけれども。

 ――毎日のようにカツアゲされる玖朗にしてみれば、たまったものではないが。

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