スライムを拾ったら雪だるまに変身した

神野咲音

スライムを拾ったら雪だるまに変身した

 この世は、人間の知らないことだらけだ。


 目に見えないもの、手で触れられないもの、あるいは、見て触れられるのに正体の分からない何か。


 科学の発展と共にそれらは白日の下に晒されてきたけれど、それでも世界の真実には程遠い。世界中の研究者が躍起になって証明しようとしている『得体の知れないもの』たちは、今も人間を嘲笑うかのようにひっそりと、科学の照明から逃れて息衝いているのだから。


 硲間はざま龍太りゅうたはそれを知っている。






 大学からの帰り道、龍太は額から流れ落ちる汗を拭ってため息をついた。アスファルトの照り返しがきつい。


 空は雲一つない晴天で、これでもかとばかりに日光が降り注いでいる。目が焼けそうだ。


 明日から大学は夏休みだ。この暑い中、一人暮らししているアパートと往復しなくていい。それだけを心の支えに、龍太は重い足を引きずって歩く。



「あっづぅー……。アイス、アイス買おう……」



 こうも暑いと、ついつい涼しいコンビニに立ち寄ってしまう。こうして出費が増えていくのだ。


 ガンガンに冷房を効かせた店内で、十分に涼を取る。買うのは二つに割って食べるコーヒー味のアイスだ。二度食べられてお得なのが良い。


 体力と気力を回復し、ビニール袋を揺らしながらコンビニを出た。



「……」



 溶けていた。


 アイスが、ではない。


 コンビニの自動ドア。そこに辿り着く一歩手前で、何かが溶けていた。白く半透明な、スライムのようなジェル状の何か。この何かにとっては正面に当たるのか、丸っこい体の一部をにょっと伸ばして、自動ドアを目指しているように見えた。


 龍太は少しの間それを見下ろしていたが、後ろからスーツの男性が出て来たので脇に避けた。その男性はスライムもどきに気づくことなく、ど真ん中を踏み抜いて行った。



「みぎょっ」



 変な声が聞こえた。



「……」



 龍太は店内に引き返した。大きなロックアイスの袋を抱えて、レジに向かう。そして、バーコードリーダーを構えた店員に言った。



「すいません、一番大きい袋貰えますか」






 ロックアイスとスライムもどきは、なかなか重かった。コンビニに入る前より大量の汗をかきながら、ワンルームの玄関に倒れ込む。



「つかれた……」



 床に落としたビニール袋から、さっきのスライムもどきが這い出して来る。ロックアイスで冷やされたからか、半透明だった体がやや白くなっていた。


 溶けてるなら冷やさなきゃ、という暑さにやられた短絡的な思考は、どうやら正解を導き出していたらしい。


 目の前をゆっくりと這うそのスライムもどきに、龍太は寝転がったまま話しかけた。



「お前、一体なんなの?」



 動きを止めたスライムもどきは、ぐりぐりと方向を変えた。そちらが正面であるらしい。さっぱり分からないが。



「あ、わたし、雪だるまのゆきちゃんといいます!」


「雪だるま!? どこが!?」



 ひょこっと枝の先が飛び出した。これが手だと言いたいらしい。


 あと声でなんとなく予想していたが、女の子だった。



「助けていただいてありがとうございます! スライム状態から戻れなくて、動きも遅いし、困ってたんです!」


「あれスライムで合ってたんだ……。もっと冷やした方がいいのか?」



 よっこらせと立ち上がり、汚くはないが綺麗でもない、雑多な部屋を横切る。冷凍庫を開くと、見事にアイスと冷凍食品ばかりだった。



「……ゆきちゃん、大きさどれくらい?」


「雪玉二つ分です!」


「それは分かってる」



 半分くらい開けたら入るだろうか。ごそごそと袋を積み直していると、スライムもどき、もといゆきちゃんがゆっくりと近づいてきた。



「それは?」


「冷凍庫。ここ涼しいから、五時間くらいじっとしてたら、多分元に戻るよ」



 溶けてスライムになる雪だるまなど聞いたこともないが。冷やせば雪だるまに戻るだろう、多分。その前に洗わなければ。流石に外を這いずっていたスライムを、そのまま冷凍庫には入れられない。


 収まりきらなかった冷凍食品をキッチンカウンターに放り出す。常温解凍できるのがありがたい。このまま放っておいて今日の夕飯にしよう。


 腕まくりをして、また半透明に戻りかけているゆきちゃんを、もにょんと持ち上げた。



「その前に風呂な、ちょっと洗うぞ」


「は、はい! ……あの」



 ぴこんとスライムの端から枝の先が突き出した。まさかこれは挙手だろうか。



「どうして、わたしを助けてくれるんですか?」


「誰かが困ってて、自分がどうにかできるなら、助けるだろ」



 ともすれば手から滑り落ちてしまいそうなゆきちゃんを、しっかりと抱え直しながら、龍太は小さく呟いた。



「――それに、『視える』からな」






 引っ越しの時以来使っていなかったクーラーボックスを引っ張り出して来た。それに近くのスーパーで貰ってきたドライアイスを大量に放り込み、ローテーブルの前に設置する。


 冷凍庫で冷やされたゆきちゃんは、見事な雪だるまになっていた。石の瞳、赤いマフラー、枝切れの両手。手よりも細く小さい枝が、石の目の下でもごもごと動いていた。



「うーん、こっちの姿は久しぶりです!」



 口の形をした小枝から飛び出したのは、あのスライムと同じ声。疑っていたわけではないが、本当にあのスライムと雪だるまは同じ存在であるらしい。


 龍太は解凍した小さなハンバーグを皿に積み上げて、隣に白ご飯と味噌汁を置いた。味噌汁はインスタントのものだ。



「そんでゆきちゃん。お前、あそこで何やってたの?」



 クーラーボックスでぬくぬく、否、ひえひえしていたゆきちゃんは、両手の枝を上下に振り回した。



「ある人を探しているのです!」



 ファンシーな雪だるまを前に、いただきます、と手を合わせる。そんな龍太の様子など全く気にせず、ゆきちゃんはうっとりと両枝の先端を合わせた。



「わたし、少し前の冬に、公園でちえちゃんという女の子に作られました」



 ゆきちゃんは目を閉じてそう語る。石をどうやって閉じているのかは知らないが。



「ちえちゃんは毎日わたしの所に遊びに来て、色々話しかけてくれました。名前も、彼女に貰いました。優しくマフラーを巻いてくれて」



 手編みらしきマフラーは、雪だるまに巻かれていたにしては綺麗だった。スライム状態のゆきちゃんが、ちゃんと体内に保管していたのだろう。


 ハンバーグが口に詰まっていたので、無言のまま続きを促す。



「ちえちゃんは、わたしにこう言いました。『ゆきちゃんは普通の雪だるまじゃないの。あったかくなったら溶けてしまうけど、消えずにスライムになるのよ!』って」



 スライム形態の謎が解けた。


 詰め込んでいたハンバーグを咀嚼して飲み込む。



「春が来る前に、ちえちゃんはあんまり遊びに来なくなりました。赤い鞄を背負って、毎日公園の前を通るのに」


「冬休みが終わったんだろうな」



 冬休み? と首を傾げるゆきちゃんに、構うなと手を振った。



「わたしはちょっとずつ溶けていって、でも、このまま消えちゃうのはやだなあ、って思いました。だってわたし、ちえちゃんにマフラーを、返していませんから。ちえちゃん、寒いのにマフラーをしていなかったから」


「……なるほどな」



 ずずず、と味噌汁をすすって、龍太は天井を見上げた。


 あのスライム状態の移動速度を考えると、ゆきちゃんがいた公園はそう遠くはないだろう。この辺りには小さな公園がいくつかあるが、一日で回り切れない程ではない。


 「ちえちゃん」がこの辺りに住んでいて、よく公園で遊んでいるのなら、探すのはそう難しくはないはずだ。



「最初にいた公園、どこか分かるか?」


「それが、もう道が分からなくて……」



 ぐらぐらと上の雪玉が揺れた。気持ちが不安定になると座りが悪くなるらしい。見た目が少し怖い。



「そうか……。明日、公園を回ってみるか?」


「えっ、いいのですか!?」


「ゆきちゃんはクーラーボックスに入っててもらわないといけないけどな。それでいいなら、ゆきちゃんのいた公園を探してみよう」



 ぱちり、と瞬いた石の瞳が、ほろほろと涙ぐんだ。なんで泣けるんだ? という言葉を飲み込む龍太。



「ありがとうございます……、ありがとうございますっ。わたし一人では、どうにもならなくて!」


「はいはい、礼はいらないから。まだ見つかってもないんだからな、ちえちゃんとやら」



 それでもです、とゆきちゃんは微笑む。



「誰も、わたしに気づいてくれませんでした。だけどあなたは、違ったから」



 茶碗を左手に持って、龍太は少しの間、黙り込んだ。



「……ちえちゃんは探すけど、あんまり期待するなよ」



 白ご飯にハンバーグを載せて、箸で真っ二つに割る。


 ゆきちゃんは不思議そうに首を傾げたが、特に気にしていない様子で片枝を振った。



「まあ、大丈夫ですよ! きっと見つかりますから!」


「……そうだな」



 龍太は一気に米とハンバーグを掻き込んだ。






 クーラーボックスを肩から提げて、じりじりと焼けるような日光の下を歩く。すれ違う女性が持つ日傘が羨ましい。


 クーラーボックスにはドライアイスを大量に放り込んでいるが、ゆきちゃんがどれだけ雪だるまの形でいられるのかが分からない。


 どうせ持ち運ぶのだから、スライムでもいいのだが。


 「雪だるまじゃないとちえちゃんに気付いてもらえません!」というのがゆきちゃんの主張だ。


 どちらにせよかなり重いから、あまり持ち歩きたくない。ゆきちゃんが生まれた公園が、すぐに見つかってくれるとありがたい。


 幸いなことに、三つ目に訪れた公園で、蓋の隙間から覗いていたゆきちゃんが声を上げた。



「ここ! ここです!」



 はしゃいだ声に従って、龍太は足を止める。そこはブランコが設置してあるだけの、小さな公園だった。奥の方に小さな祠が見える。


 昼すぎの公園では、当たり前だが数人の子供が遊んでいた。ただ走り回っているだけにしか見えないが、龍太の分からない複雑なルールが、彼らの中にあるのだろう。


 龍太は奥の祠の近く、木陰にひっそりとベンチがあるのを確認して、そちらに足を向けた。


 クーラーボックスを隣に置いて、「よっこいしょー」と腰を下ろす。途中で買ったスポーツドリンクを開封して、ペットボトルに口をつけた。



「ちえちゃんはあの中にいる?」


「いえ……。でも、もしかしたら来るかもしれません!」


「まだ暑い時間だしなあ」



 毎日遊びに来るとは限らないから、地道にここで待っているしかない。あんまり長く居座ると、不審者扱いされそうではあるが。


 ちびちびと飲んでいたドリンクが半分になった頃、ゆきちゃんが「あっ」と叫んだ。クーラーボックスの蓋が勢いよく開く。


 スライムの時からは想像もできない素早さで、ゆきちゃんが飛び出していった。龍太はペットボトルを脇に置いて、ゆきちゃんと一緒に入れてあったコーヒー味のアイスを取り出す。


 ゆきちゃんはぴょんぴょんと地面を跳ねて、公園にやってきた一人の女の子に近づいていく。女の子はぱあっと笑って手を振った。



「ちえちゃ――」


「あー! ちえちゃんおそいー!」


「ごめんね! 今日はなにするのー?」



 ちえちゃんは足元を跳ねるゆきちゃんを無視して、友達に駆け寄った。


 ゆきちゃんの頭がぐらりと揺れる。



「ち、えちゃん?」



 ちえちゃんはゆきちゃんに気づかない。彼女には、視えない。


 普通の人間に、人ならざるものは存在しないも同然なのだ。


 アイスを咥えたまま、龍太はゆきちゃんが飛び跳ね続けるのを見ていた。必死にちえちゃんの後を追いかけ、名前を呼びながら跳ねる雪だるま。やがて太陽と地面の熱でその体が溶け始め、スライムになってしまうまで。


 動きが遅くなり、子供の足にも追いつけなくなったゆきちゃんは、ぷるぷると体を震わせてちえちゃんを見ていた。



「ちえちゃん……、どうして……」


「そりゃ、お前が妖怪になったからだよ」



 ぐらり、ぐらり。


 もう雪玉の形ではないのに、ゆきちゃんが不安定に揺れている。



「ようかい」


「呼び方は何でもいいけどさ。妖怪、あやかし、付喪神。とにかく、人ならざるもの。あっち側の存在は、こっちの人間には視えないんだよ」



 目がどこにあるのか分からないのに、じっと見上げられているのが分かった。



「お前、俺以外の奴に踏まれたりしてただろ。……だから、期待するなって言ったんだ」



 ちえちゃんを見つけたとして。彼女があちら側を視る目を持っていなければ、ゆきちゃんと言葉を交わすことはおろか、気づくことさえできない。それを知っていたはずなのに、ゆきちゃんは理解していなかった。


 龍太だけが気づいてくれたと無邪気に笑っていた。それなのに、ちえちゃんとの再会を微塵も疑っていなかったゆきちゃんに、言葉で教えても無駄だった。だからここまで連れて来た。



「雪だるまのゆきちゃん。お前はもう、ちえちゃんとは遊べないんだよ」



 マフラーを返したいのではない。ちえちゃんと遊びたい、遊び続けたいと願った小さな雪だるまは、決してその願いが叶わない道を選んでしまった。


 それを分からせるために。彼女を妖怪たらしめた未練から、解き放つために。この場所へやって来たのだ。



「そん、な」



 遠くで、ばいばーい、と声がした。子供たちが帰っていく。ちえちゃんは最後までゆきちゃんに気づくことなく、元気に背を向けた。



「だって、また遊ぼう、って。だからわたしは、そのために、」



 ぐらぐらとゆれるゆきちゃんの体。半透明だったその色が、少しずつ少しずつ濁っていく。



「冬が終わって、も、ずっと、」



 濁った色がぐるぐると渦を巻くたびに、スライムが徐々に膨らんでいく。龍太はそれをしばし眺めて、徐に手を伸ばした。



「ゆきちゃん」



 どろどろと肥大した体に触れる。その瞬間、意識が暗転した。






 わたしはちらちらと舞い落ちる雪を眺めていました。これが「雪」というものだと、わたしは知っていました。


 この体が、「雪」を集めて作られたものだということも。



「あなたはね、雪だるまのゆきちゃんよ!」



 小さな手が、わたしの体を叩いています。動けないわたしの視界に、突然映り込んだのは。


 鼻と頬を真っ赤にして、くふくふと笑う女の子。そして彼女は、腰に手を当てて胸を張り、わたしに言い放ちました。



「ゆきちゃんはふつうの雪だるまじゃないの。あったかくなったらとけてしまうけど、消えずにスライムになるのよ!」



 そう、嬉しそうに笑う女の子。そんな彼女は、名案だとばかりに何度も頷きます。



「そうしたら、夏でもちえといっしょに遊べるでしょ?」



 そうか。わたしはこの、ちえちゃんに作られたんだ。ちえちゃんと遊ぶために。ずっと一緒に遊ぶために。



「はい、マフラーまいてあげるね! お外だからさむいでしょ?」



 ちえちゃんは自分の首に巻いていた赤いマフラーを外し、わたしの体にぐるぐると巻き付けました。


 雪でできたわたしは、寒さなんてちっとも分からないけれど。マフラーの触れている所だけ、ぽかぽかと暖かいような気がしました。


 こんなに暖かいと溶けてしまいそう。ああでも、わたしは溶けたって平気なんだ。だってスライムになって、夏でもちえちゃんと遊ぶのだから。


 夏が楽しみですね、ちえちゃん。



 どうしてだろう。どうしてちえちゃんは、わたしと遊んでくれないのだろう。

 毎日前を通るのに。わたしに手だけを振って、通り過ぎていきます。



 やがて、ちえちゃんは。わたしを見なくなりました。

 冬が終わったからかな。



 ちえちゃん。遊ぼうよ。

 夏でも一緒に遊んでくれるんですよね。



 ちえちゃん。



 ちえちゃん。



 ――探しに行くね。






 龍太はふっと瞼を持ち上げた。


 意識が同化したのは一瞬のことだったのだろう。ゆきちゃんはさっきと変わらない様子で肥大し続けている。


 触れていた手をそのままに、つるつるとした表面を撫でた。



「寂しいからって、ちえちゃんを連れて行くのは駄目だ」



 ぶるりとゆきちゃんが震える。



「ちえちゃんはもう七つも過ぎている。今お前が見えないなら、きっとこの先も視えないだろう」


「どう、して」


「言っただろ、お前がこの世の存在じゃなくなったからだ」



 もうちえちゃんの目に、ゆきちゃんの姿は映らない。それはどうやっても覆しようのない事実で、この世界の理だった。


 ちえちゃんと遊ぶために生まれたゆきちゃんは、もうその願いを果たせないまま。



「雪だるまのゆきちゃん。お前はこれからどうしたい?」



 いつの間にか、ゆきちゃんは最初に出会った時のスライム状態に戻っていた。力の抜けたような声が、ふらふらと宙をさまよう。



「わたしは……」



 ぼろぼろと水滴が零れ落ちる。ゆきちゃんの涙が、地面に落ちて吸い込まれていった。



「ちえちゃんと遊べないなら、ここにいたって仕方ありません……」



 うん、と龍太は頷いた。


 そうだろう。それこそが彼女の存在理由だった。



「でも、やっぱり。このマフラーは、返したいなあ……」



 ゆきちゃんをできる限り優しく撫でて、ゆっくりと告げた。



「マフラーは、俺が返しておくよ」


「本当に? ……助けられてばかりですね、わたし」


「気にするな」



 スライムの形が少しずつ崩れていく。ほろほろと、ほろほろと、端から溶けて消えていく。



「ちえちゃんとは遊べなかったけど……。龍太さんみたいな優しい人と会えて、良かった……」



 雪だるまのゆきちゃん。その名前が示す通り、儚く溶けて流れていく。スライムになれる少し変わった雪だるまは、夏の日差しに照らされて呆気なくいなくなった。


 後には、赤いマフラーだけが残されていた。






 名は体を表すという。名前というのは不思議なもので、物事に与える影響は人が思っている以上に大きいのだろう。


 龍太の家系は、代々人ならざるものを視る目を持っている。恐らくは、「はざま」という名前が関係している。


 あちらとこちらの狭間。彼此の間。人と人ならざるものが交わるところ。そこに立つ者。


 龍太にとって、あちら側の存在が近しいのは当然のことだった。そして大学に通うかたわら、二つの世界を行き来するような生活を送っている。


 転んだ子供に手を貸し、道に迷ったあやかしを案内して。ほかの人より少しだけ良く見える視界は、龍太にとって万華鏡のようなものだった。


 きらきらと輝き、すぐにその形を変える宝石。美しく、儚く、見る者を虜にして離さない。


 そんな世界を、龍太は愛しているのだ。






「君、これ落としたんじゃない?」



 赤いマフラーを差し出すと、ちえちゃんがきょとんとした顔で振り返った。何も落としてない、と言おうとしたのだろう。けれどその目が真ん丸に見開かれる。



「ゆきちゃんにあげたマフラー! どうして?」


「公園にあったよ」



 龍太からマフラーをひったくるようにして、ちえちゃんはぽかんと口を開ける。



「ゆきちゃんといっしょにね、なくなったと思ったの。ずっと公園にあったのかな?」


「そうなんじゃないかな?」



 本当は、ゆきちゃんが大事に持っていたのだけれど。曖昧に頷く龍太のことなど気にも留めず、ちえちゃんはじっとマフラーを見つめていた。



「……ゆきちゃんね、ほんとはスライムになるはずだったのに、あったかくなったら消えちゃったの。わたし、とけて消えちゃったんだと思って、ずっと泣いてたの」


「うん」


「そしたらお母さんがね、ゆきちゃんは雪だるまの国にかえったのよ、って。スライムになれる雪だるまなんて、きっとにんきものになってるわ、って」


「そっか」


「ゆきちゃん、それなら寂しくないもんね! きっとほかの雪だるまとたくさん遊んでるんだね!」



 マフラーから顔を上げ、ちえちゃんはにこにこと嬉しそうに笑った。その顔を眺めて、龍太も微笑む。



「ちえちゃんがそう信じてあげたら、きっとゆきちゃんも雪だるまの国で楽しくなるよ」


「そうだよねー! えへへ! マフラーひろってくれてありがと!」



 腕をぶんぶんと振って、ちえちゃんはスキップをしながら帰っていく。

 その背中を見送って、龍太はクーラーボックスを背負い直した。



「……雪だるまの国で、元気にな、ゆきちゃん」

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