掃討

「来たぞ来たぞ来たぞ! 早く弾を込めろ新人共!」

 厳つい、大柄な男の大声が辺りに響く。

 その声を聞いた彼女は、言われるがまま大きな楕円形の砲弾を両手で抱えた。彼女は僅か十五歳の少女であり、ほんの四ヶ月前まで日本の中学校、それも美術部に所属していた身体は軟弱そのもの。着ている古びた迷彩服はぶかぶかで、身長は兎も角、身体付きが見合っていない。

 対して手にした砲弾は一つ三キロはある中々の大物だ。頑張れば彼女でも持ち運べない事はないが、抱えた瞬間身体がよろめく。しかしそれを気合い、そしてこので積んだ訓練を思い出してどうにか持ち直した。ゆっくりとだが着実に前へと進み、目の前の筒に砲弾をセットする。

 これで彼女の仕事は終わり。筒の操作をするのは、彼女より更に二つ年下の女の子。女の子は覚束ない手付きであったが、訓練通り設定を終え――――

「撃ちます!」

 そう大声で伝える。女の子は耳を塞ぎ、彼女も強く自分の耳を両手で塞いだ。

 次の瞬間、それでも鼓膜が破れるのではと思うほどの爆音が轟く。

 彼女がセットした砲弾……迫撃砲の弾が発射されたのだ。迫撃砲の弾は綺麗な放物線を描きながら空高く飛んでいく。

 本来、迫撃砲は地上の敵を狙うものらしい。

 しかし此度の彼女達が狙うのは、空を飛ぶ相手だった。普通なら早々命中しないが、されどこの相手なら話は別。コンピュータ制御された照準器に加え、どんな事をしようとも基本的にその移動コースを変えない……変える必要がない存在だから。

 彼女達が撃ち上げた迫撃砲は目標――――大空を飛ぶ一匹の怪獣に見事命中した。

 したが、怪獣は微動だにしない。いや、気付いてもいないかも知れない。攻撃されたにも拘わらず、怪獣は攻撃者を探そうとする素振りすらないのだから。

 当然だろう。迫撃砲の威力は凄まじいが、基本的には対人用、精々対戦車用である。対艦ミサイルどころか空爆にすら平然と耐える怪獣相手に通じる訳がない。

 だが、これを使うしかない。

 今の人類に使えるのは、もう、こんな武器だけなのだから。

「手を休めるな! 撃ち続けろ!」

 大柄な男――――部隊長からの命令を受け、彼女は次の砲弾をセットする。

 少女の周りには、他にも六人の女子が居た。二人一組でチームを組み、迫撃砲を撃っている……つまり僅か四門の迫撃砲だけで、怪獣に立ち向かっていた。

 機械の補助があるため、迫撃砲そのものの命中率は良い。だがたったの四門では、どれだけ確実に命中させようと火力はたかが知れている。怪獣は米軍とカナダ軍を同時に蹴散らすほどの戦闘力を有すというのに、こちらが用いるのは部隊一つ止めるのすら困難な武装だ。勝ち目などある筈もない。

 故に怪獣は、地上に目を向ける余裕がある。

「……撃ち方止め」

 部隊長はそう命じ、彼女達は手を止めた。

 迫撃が止んだ事に、きっと気付いてもいないであろう怪獣は、猛然と地上に降下した。地上に降り立った怪獣は巨木が軋むような声を出しながら、六本の脚で激しく大地を叩き鳴らす。執拗に、何度も何度も。

 『作戦』通りであれば、そこには大勢の兵士……十代半ばの男の子達が武器を構えていただろう。

 そして彼女の幼馴染も、そこに居る筈。

「……退却する」

 部隊長から出された指示に、彼女はこの場に居る誰よりも遅く応じるのであった。




 インドネシアに怪獣が出現してから、今日で四ヶ月……この四ヶ月で、人類は戦う力すら失っていた。

 確かに怪獣は強いし、数も多い。しかし人類はたくさんの武器を持っていたし、生産能力も非常に優れていた。怪獣がただ暴れ回るだけなら、生活は過酷なものになっても、何年でも戦いは続けられただろう。

 しかし怪獣の行動は極めて戦術的だった。

 都市という軍需品の生産拠点を潰しつつ、郊外で作られている農産物や飲料水は毒化させて飢餓を蔓延させる。硝酸をばらまく植物により環境は汚染され、魚すら食べられなくした。麻薬植物で都市の治安を悪化させ、発電所などのインフラも破壊していく……人間を殺すために徹底的な効率化が図られていた。人間同士の戦争すら、もう少し手心を加えるだろう。

 怪獣が『絶滅戦争』を仕掛けていると理解した時、人間側の被害はどうにもならない水準に達していた。軍を維持する兵站はなく、戦う術は放棄されたガラクタのみ。多くの人間が都市を捨て、怪獣があまり襲わない森へと逃げ込んだ。例え文明を捨ててでも生き延びるために。

 しかし一部の人間は、都市に残り続けた。例えば少女のように、殺された両親の敵を討つために。

 ……残念ながら、その願いは叶いそうにないのだが。

「彼の遺したものだ。君に受け取ってほしい」

 見知らぬ男子から、お菓子のブリキ缶を渡された。彼女はそのブリキ缶を持つや、すぐに蓋を開けて中身を見る。

 中にしまわれていたのは、古びたゲーム機やオモチャの数々。

 幼い頃、このブリキ缶の持ち主――――幼馴染と一緒に遊んだものだ。彼女は目を潤ませ、唇を震わせる。

 しかし、涙は出てこない。

 もう涙を零すほどの感情は起こらないぐらい、彼女は『死』に慣れてしまったのだから。

「……ありがとう」

「いや、こっちこそお礼を言いたい。彼のものを引き継いでくれて……じゃあ、またな」

 お互い、大事な友を失ったのに、出てくる言葉は淡々としたもの。それは彼女達だけの話ではない。

 彼女は顔を上げ、周りを見渡す。

 此処は彼女が属す軍隊……いや、民兵が住まう秘密基地。基地と言っても最早建物ですらなく、巨大な洞窟の中だ。聞いた話では、百年ほど前の戦争で空襲時の避難場所として使われたものという。

 大きな岩で作られた壁面は、コンクリートではない、明らかな自然の岩。されどしっかり整備されたように平らだ。足下の岩も平らで、気を付けなくても転ぶ可能性は低いだろう。整備されているのは明白で、自然洞窟を防空壕として改造したのだと、彼女は勝手に思っている。真偽は分からないが。

 人の手が加えられた防空壕は、民兵の基地となってから更に幾つもの改造が施された。例えば彼女が居るこの部屋――――食堂もその一つ。横幅奥行き共に十メートル、天井二メートルの此処が民兵達の食事処だ。天井に備え付けられた豆電球を光らせる電気は、洞窟内に置かれた携帯用石油発電機で賄われている。石油の備蓄がもう殆どないので、豆電球は半分以上消されているが。お陰で部屋の中はかなり暗い。

 ……中で食事している、三十ほどの人間の誰もが暗い表情なのは、部屋の明かりの所為ではないのだが。

 誰も嗚咽なんて漏らさない。啜り泣きもしない。ほんの数時間前に仲間が何十人と死に、生き残りが此処に居る僅か三十人のメンバーだけとなったのに、悲しみの色は出てこない。

 確かに、先の作戦が成功するなんて誰も期待していなかった。女子達が迫撃砲で怪獣の気を惹き、隙を見せたところ男子達が勇猛果敢な突撃を慣行。強靭な外皮の隙間に弾丸を通して打ち倒す……第二次大戦の日本兵すら呆れる作戦なのだから。怪獣の硬さが物質的理由でない事は、核をギリギリ耐えたという事実から判明している。一説には高圧の空気を全身に纏っているらしく、もしもその説が正しいなら、守りの隙間なんてある筈がなかった。

 大勢の仲間が犬死にした。これから自分達も同じように死ぬ。それを悲しいとも嫌だと思えないぐらい、彼女達にとって死は有り触れていた。

 彼女自身、自分の命にそこまで執着しない。親も幼馴染も友も失い、今更何にしがみつけば良いのか。もう、何もかも諦めたのだから。

 せめて、一つ得たいものがあるとすれば。

「なんで、こんな事になったのかな……」

 何故自分達が滅ぼされねばならないのか、理由が知りたい。

 その気持ちが思わず声に出てしまい、

「全ての出来事に理由があると考えるのは、人間の悪い癖だね」

 偶々それを聞いていたであろう者が、あまりにも冷淡な言葉で返した。

 彼女は声がした方へと振り返る。そこには一人の、二十代の青年が居た。無精髭を生やした痩せ形で、顔立ちは悪くないのだが、笑みが卑屈な所為でいまいち好印象を持てない。

 この青年もまた民兵の一人だ。やたら話が理屈っぽいため、未だ幼い少女としては一緒に居てもあまり楽しくないのだが……そんなこちらの気持ちをこれっぽっちも考えずにべらべらと喋るので、かなり苦手な人間だった。というより、彼を好む人間自体が殆どいないのだが。

 尤も、無視したぐらいで諦めてくれるような『繊細』な人物なら、ここまで嫌われる筈もなく。

「よっこらしょ」

 青年は彼女が何も言っていないにも拘わらず、躊躇なく彼女の正面の椅子に座った。

 彼女は露骨に大きなため息を吐く。無論効果はない。犬に噛まれたとでも思って、諦めて対処するしかないのだ。

 それに、嫌いな相手ならある意味遠慮なく話せる。胸の中で渦巻く衝動のまま、彼女は口を開いた。

「……理由のない事なんて、あるのですか?」

「いくらでもあるだろう? 隕石や火山噴火はその典型さ。勿論現象が起きるメカニズムはあるけど、何故その場所が、それを考える事に意味はない。怪獣だって同じさ」

「怪獣は生物です。生物なら、その行動には意味があると思います。そもそも怪獣は、戦術的な行動を取っていますし……」

「まぁ、確かにね。そういう意味では、確かに怪獣達には人類を滅ぼすという目的があるのかも知れない。でもそれが人間にとって理解出来る、ましてや納得出来るというのは、人間中心の考えじゃないかな? 人間がこれまで絶滅させた生物は、人間の都合を理解していると思うかい?」

「それは……」

 青年の言葉に、彼女は反論を思い付かない。彼女が口を閉ざすと、青年はにやりと笑いながら語る。

 曰く、人間はこれまでに様々な生物を絶滅させてきた。角が高く売れるという理由で乱獲されたり、家畜を襲うという理由で駆除されたり、病気を媒介するからと根絶されたり……

 乱獲は兎も角、害獣駆除や病気の根絶は、人間的にはちゃんとした理由だろう。しかし野生動物達からすればこれまで通り生きていただけなのに、いきなり訳の分からない力で皆殺しにされたようなものだ。説明しても納得なんて出来ないだろう。そもそも野生動物に病原体や家畜の概念はないのだから、説明を理解出来るのかすら怪しい。

 人間の身に降り掛かったのも、それと同じなのかも知れない……青年の言い分はこのようなものだった。確かにそういう意味では、『理由』を尋ねる事は無意味なのだろうと彼女も思う。

 だけど。

「……………だとしても……」

「だとしても?」

「植物なんかに、滅ぼされるなんて……正直、悔しいです」

 ぽつりと、彼女は己の気持ちを吐き出す。

 人間が世界で一番偉い、とまでは思わない。しかし世界で一番『強い』生き物だとは信じていた。科学の力で地球の気候さえもコントロールし、生物種を生かすも殺すも自由自在。正しく地球の支配者だ。

 だから人間を滅ぼすとしたら、それは例えば巨大な火山噴火のような天災や、宇宙からの巨大隕石のような、人智を超える存在だと思っていた。

 ところが実際はどうだ?

 怪獣の正体は、動物どころか植物ではないか。知能どころか筋肉もない、動物や昆虫に食べられるだけの下等な生物。そんなものに人類が滅ぼされるなんて……

「はははっ! 植物なんて、とは随分上から目線だね。植物ほどこの星の支配者に相応しい存在はいないのに」

 そう考えている彼女に対し、青年はげらげらと笑いながら否定した。

 彼女は呆気に取られた。青年は彼女を馬鹿にした様子はなく、本心から、植物こそが『支配者』だと思っているようなのだから。

「……どういう、事ですか?」

「どうもこうもないよ。この地球環境を作り出したのは誰だと思う? 人類じゃない……植物だ。根が土壌を固定し、蒸散により大気中の水分量を変化させ、日光を葉で受け止める事で気温も安定化させている。二酸化炭素濃度も彼等の光合成により調整され、現在の濃度になった。この星の気候は植物によりコントロールされているのさ。人間も地球温暖化を引き起こしていると言うかも知れないが、思い違いも甚だしい。人間が出している温室効果ガスは、殆どが石炭や石油など、過去の植物の亡骸を燃やした結果だ。僕達人間には、自力じゃ星の気候を帰る力なんてないよ」

「それは……でも、植物なんて動物に食べられているだけで」

「食べる側が偉いというのは、実に人間的な考え方だ。人間は基本食べる側だからね。だからこそ、食べられる事に嫌悪があるのかも知れないが……生態系では逆だ。支配者は『下層』だよ。捕食者は餌となる生物がいなければ、飢えにより滅びてしまう。逆に被食者は、確かに捕食者がいなければ数が大きく増えて飢餓に見舞われるけど、それで餌が絶滅するまで食べ尽くす事はまずない。餌を食べ尽くす前に飢餓に見舞われ、個体数が減るからね。だから被食者にとって、捕食者というのは別にんだ。どちらの立場が上かは、言うまでもないよね?」

 青年は彼女の意見を一つ一つ否定していく。否定された彼女はすぐに口を開くも、もう言葉が出てこない。

「……だからって、植物によって滅びた生物なんて、いるんですか?」

「山ほどいるよ」

 苦し紛れに出した意見も、あっさりと否定されてしまった。

「二十七億年前……正確には植物じゃないけど、光合成生物が大量発生し、酸素を大量に放出した。当時の地球の大気には酸素なんて殆どなくて、生息していた生物は酸素を使わないものばかり。むしろ酸素はその強い反応性で身体を蝕む猛毒だった。そんな時代に大量の酸素をばら撒いたら、どうなると思う?」

「……その時に生きていた生き物が、みんな死んでしまいます」

「その通り。正確には一部は生き延び、その中から酸素を利用する生物が進化したけど、大半が滅びただろうね」

「……………」

「あと恐竜の絶滅にも関わってるという説もあるね。被子植物はジュラ紀頃出現し、白亜紀頃から大繁栄を遂げた。草食恐竜はそれまで裸子植物を食べていたんだけど、被子植物の急速な繁栄により裸子植物が衰退。食糧がなくなり、個体数を減らしていたようなんだ」

「恐竜が絶滅したのは、植物の所為という事ですか?」

「そういう人もいる。まぁ、割とツッコミどころもあるけど、僕個人としては一因ぐらいには含めて良いと思う。生物相が変化すれば多かれ少なかれ種の絶滅は起こるし、大型化により世代交代が遅かったであろう恐竜は、小型の哺乳類や昆虫ほどの適応力はなかっただろうからね。それでも本来なら一時的な衰退で済むところだったけど、運悪く隕石が落ちてきた……ってところかな」

 他にも二酸化炭素の大量消費による寒冷化・そして地球全体の凍結を引き起こしたという話も、青年は語る。植物が引き起こした数々の『破滅』に、彼女は自分の顔が引き攣ったのを感じた。

 一方的に食べられるだけの弱者なんかじゃない。本当にこの地球を、生命を、支配してきた『支配者』じゃないか。気付けば彼女は、青年の言う通りに植物を認識していた。

「……人間なんて、ちっぽけなものですね」

「ちっぽけだよー。やってきた事だけじゃなくて、エネルギーで見ても。光合成により固定されるエネルギー量は、十の二十一乗ジュールと言われている。少し前の人類の総消費エネルギー量が四×十の二十乗ジュールだから、人類が消費する分の二倍以上を常に生産している訳だ。ちなみに人類のエネルギー消費を支えているのは、石炭とか石油などの過去の植物の亡骸なのはさっき言った通りね」

「単純な力でも負けてますね、これだと」

「植物達は太陽光という無尽蔵のエネルギーを独占してるからね。案外それが怪獣出現の理由かも。太陽光発電の発展により、光利権が脅かされたとかなんとか」

 青年は冗談交じりに話すが、案外あり得そうだと彼女は思った。環境のためだなんだと言っても、結局は人間の都合だ。人間がやった事が、植物の怒りを買ったというのは何もおかしな話ではあるまい。

 無論、怒りを買ったところで植物にはそれを理解する脳も何もないが。大体口も何もないのだから、連絡すら取れないのにどうやって――――

 気付けば青年との会話をそれなりに楽しんでいた彼女は、怪獣について少し考えを巡らせた。

 そんな時である。

 不意に、基地が大きく揺れたのは。

「……おや。地震かな?」

 青年がぽつりと呟く。

 彼女は同意しない。その揺れが地震ではないと、すぐに気付いたが故に。

 彼女が抱いた確信を証明するかのように、基地を襲う揺れはどんどん大きくなっていく!

「きゃあっ!? じ、地震!?」

「お、落ち着いて! 冷静に!」

「え、わ、わぁっ!?」

 彼女と同じく食堂内に居た、女の子兵士達の悲鳴混じりの声が上がる。青年に至っては体勢を崩し、その場でひっくり返ってしまった。

 尤も、ひっくり返らなければ何かが変わった訳でもあるまい。

 青年の頭上で崩落を始めた大岩は、立っていたところで避けられるようなものではなかったのだから。

「――――あ、こりゃ駄」

 最後まで飄々とした態度を崩す事なく、青年は大岩の下敷きとなってしまう。

 目の前で起きた惨事に、しかし彼女は青年を助けようとはしなかった。助ける余裕などない。今回は偶々難を逃れたが、もしかすると自分の頭の上で、青年と同じような災難が起きるかも知れないのだから。

 彼女は世界が揺れる中駆け出した。

 揺れは一向に収まらず、むしろどんどん激しさを増していく。どおん、どおんと聞こえてくる音は爆撃にも似ていたが、爆発というよりも打ち付けるように感じられた。そして廊下を走り、出口に近付くほど、音と振動が近くなっている。

 嫌な予感が止まらない。しかし出口に行かねば逃げられない。

 基地の出口は複数あるため、遠回りして別の出口に向かうのも作戦の一つだろう。されど彼女は、そんな暇はないと判断した。基地の崩落はどんどん激しさを増していく。彼女の背後では崩落が次々と起こり、幼い女子供の悲鳴が上がった。幸運にも生き埋めを避けたところで、暗闇に閉じ込められたならば末路は同じ。

 いや、いっそ叩き潰してくれた方がまだマシだ。

「ひっ、はっ、はっ! はぁ! あぁっ!」

 彼女は走る。前を走る仲間さえも追い抜くような速さで。

 やがて出口が見えてきて、彼女は迷いなくそこから跳び出し――――

 出口のすぐ横で、基地である防空壕が掘られた『山』を執拗に殴り付ける、怪獣の姿を目にした。

【ペキギギィイイギィィィイイイ!】

 怪獣は雄叫びを上げながら、前脚二本を使って山を殴っている。蛾という大人しそうな動物の姿をしていながら、その攻撃はどんな肉食獣でも震え上がるほど苛烈。あと数分もこの打撃を続ければ、基地である防空壕は完全に潰れるだろう。

 怪獣からすれば生き延びた人間の抵抗など、羽虫が飛び回るようなものだろう。なんの実害もない、が、鬱陶しい。面倒だから『巣』ごと叩き潰してやりたいと考えるのは、彼女にも理解は出来る。

 だが、どうして此処が分かった?

 彼女が属す民兵崩れの組織だって、決して馬鹿ではない。怪獣に基地の場所がバレないよう、細心の注意を払っている。怪獣に見られている中で逃げ込んだりしないし、尾行されていないか常に警戒しているのだ。見付かる筈がない。

 怪獣が酸素通信を使っている事から、基地内では酸素通信も用いていない。ならば一体どうしてこの場所の情報が漏れたのか? 誰が漏らした? こんな何もない、深い森の中で――――

「……ぁ、あぁぁ……!」

 彼女は目を見開き、声を漏らす。

 基地の周りにある樹木。

 怪獣が発する酸素通信。

 そして植物が吐き出す『物質』。

 

 馬鹿げた考えだ。三十分前の彼女なら、自身の脳裏を過ぎった考えを即座に切り捨てただろう。しかし今の彼女にそれは出来ない。がこの地球で何をしてきたのか、それを知ってしまったのだから。

 この星の支配者は奴等である。その奴等が総力を結集して、人間を滅ぼそうとしている。

「……どうして、私達を滅ぼそうとするの」

 彼女は抱いた疑問を声に出す。

 理解出来る答えが返ってくるとは思わない。納得出来るとも思えない。そもそも答えてくれる訳がない。否定はいくらでも脳裏を過ぎるが、それでもせめて、何も知らないままではいたくないから、あるかどうかも分からない確率に賭けた。

 されど怪獣は、彼女の方へと振り返る事すらなく。

 崩れ落ちた防空壕の瓦礫が飛び、彼女の頭を打った瞬間、淡い希望は弾けて消えた。

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