予防
被害国インドネシア・日本・カナダ。
犠牲者と思しき人数は七百万人以上に到達。
民間人に『怪獣』と呼ばれている生物が現れてから僅か二十時間……たったの二十時間で、全人類の〇・〇一パーセントが殺された。恐るべき殺戮速度であり、核戦争でも起こらない限り、今後の人類史でもこれ以上の惨劇はないだろう。
恐ろしい災禍であり、この惨事を引き起こした生物は驚異的な存在である。しかしもしもこれがただの準備運動、本気とは程遠いものだとしたら?
そしてそんな存在が、アメリカ本土に上陸しようものなら?
……米国政府が焦るのは尤もだと、生物学者である彼は思った。ましてや現在進行形で『怪獣』― 米国政府が付けた正式名称は巨大飛行生物だ ― が時速九百キロで飛んできていて、米軍の猛攻を受けても全く進行速度が落ちていないのだから尚更である。もしも自分が米国大統領や将軍の立場なら、酷く動揺しているに違いない。
だからと言って、自分のような科学者を急遽集めて「打開策を考えてくれ」と言われても困るのだが。
「あの生物を駆逐出来るか否か。それは米国の、ひいては世界の命運を左右する事だ。困難なのは重々承知しているが、打開策を考えてほしい」
しかし米国大統領自らが、その困った事を言ってくる。
何十という人が集まっている会議室の中から、反対意見が出る事はなかった。
此処はホワイトハウスにある会議室。部屋の四隅に花の咲いた観葉植物が置かれ、少しでも柔らかな雰囲気にしようという心配りが見えたが……どうやら殆ど効果はないようで、場の空気は非常にピリピリしている。
彼含めた三十人の科学者、それと『実働部隊』である軍関係者と政府関係者(大統領と副大統領を除き殆どが官僚だ)が十人ずつ、合計五十もの人間がこの部屋に集められている。政府と軍の関係者がどんな人物か彼は知らないが、科学者の方は顔見知りが多い。いずれも米国を代表する、優秀な科学者だ。彼自身、生物学者としてはかなり有名な方である。
そうした『優秀』な人々を招集した目的は勿論、米国に接近する怪獣を倒す、駆除作戦を立てるため。
怪獣は現在、米国目指して直進中らしい。米軍はカナダ軍と共に総力を結集し、あらゆる兵器と作戦で打倒を目論んでいるが……未だ怪獣に傷一つ付けられない有り様との事。怪獣の反撃により数多くの命が失われているが、打策は見付かっていない。
このまま直進を続けた場合、怪獣は幾つかの州を横断し、三時間後にはニューヨークに到達すると予測されている。人口密集地を狙うように攻撃している事から、恐らくニューヨークも毒ガス散布のターゲットになるだろう。しかし二〇四五年現在のニューヨークは、人口一千万人に迫る大都市。二時間で全員を逃がすなど不可能だ。
ここで怪獣を倒せない事は、大勢の、国家にとって致命的な数の人命を失う事を意味している。大統領も無茶は承知で、専門家達に頼まねばならないのだろう。
とはいえその専門家達は誰も口を開かない。重大だからこそ、迂闊な事が言えないのだ。
「……あー……まずは、巨大飛行生物の基本をおさらいしてはどうでしょう。大きさや生態だけじゃなくて、被害についても」
生物学者としてここは自分が先陣を切るべきか。そう思った彼は、強張った声で周りに提案する。
積極的な賛成の声は上がらなかったが、こくりこくりと、消極的に頷く姿は散見された。
「……基本的なスペックとしては、体長五十二メートル、翼長百三十三メートル。体重は推定三千トン。時速九百キロで空を飛び、腹部より毒ガスを散布する能力があります」
「その毒ガスの成分は、まだ分かっていないのですか?」
生物学者である彼の提案により、大統領達の傍に立つ官僚から怪獣の身体的なデータが提供された。すると会議に出席している学者の一人、薬理学者が詳しく尋ねる。官僚は薬理学者の質問にすぐさま答えた。
「詳細は不明です。ですがインドネシアや日本の犠牲者では、急速な酸欠に見舞われた事が分かっています。日本の解析では青酸系の薬物と予想されているようです」
「青酸……植物でよく見られる毒ですね。梅や桃など、バラ科のタネに多く含まれている事は有名です。反面動物では、あまり見られないのですが……それはそうと、インドネシアと日本の犠牲者では、という話ですが、カナダはどうなのですか? 十の市町村で住人が大量死したのでしょう?」
「現在調査中で確たる事は言えません。ですが巨大飛行生物が散布した毒ではなく、シアノトキシンが原因と見られています。上水道で検知された事から水源が汚染されていたと見られ、その所為で被害が拡大したようです」
「シアノトキシン……ですか?」
官僚からの説明に、生物学者である彼はその言葉の意味を慎重に考える。
シアノトキシンとは、シアノバクテリアという細菌が作り出す毒素だ。シアノバクテリアという細菌自体は珍しいものではなく、そこらの河川や湖に普通に、というよりかなりの数存在しているもの。有り触れたものだけに一般的な水準の個体数ならなんの問題もないのだが……大量発生した場合、生産する毒素が様々な被害を生み出す。水源が汚染された事で人が死亡した事例は幾つかあるし、水溜まりの水を飲んだ家畜が死亡するのも珍しくない。食用貝が毒化する原因の一つがシアノバクテリアの毒を取り込む事なので、そういう意味では先進国でも多くの死者が出ている自然毒と言える。
しかし家畜や貝毒は兎も角、水源の汚染というのは余程管理が杜撰でなければ見られない。少なくともカナダのような先進国の浄水場であればその危険性を知っており、対策を取っているのが普通だ。そこが汚染され、上水道にシアノトキシンが入り込むというのは違和感を覚える話である。
いや、そもそも……
「……つまり、カナダの件は巨大飛行生物とは無関係?」
「断定は出来ません。ですがカナダ政府の情報では、巨大飛行生物は被害地域の水源や浄水場の三十キロ圏内には近付いていないようです。巨大飛行生物にシアノトキシンを散布する能力があったとしても、それが水源に混入する事はありません」
「単なる事故、という事か」
「そんなまさか」
会議室がざわめく。怪獣がやったとは思えない状況だが、怪獣が関与していないと考えるのも納得がいかない。矛盾した現象に、誰もが困惑した。
彼としても戸惑う。怪獣のおさらいをしたつもりが、謎が深まってしまった。勿論事態の解決には、全ての謎を解かねばなるまい。しかし深過ぎる謎を覗き込んでしまった科学者達は、皆平静を失い、やがて黙ってしまう。
「……巨大飛行生物の生態や被害は、平和になった後で調べれば良いだろう。軍として知りたい事は一つ。何故あの巨大飛行生物は、我々の攻撃を受けても傷を負わないのか、だ」
専門家達が口を閉ざすと、軍の責任者である陸軍将軍が次の話を切り出した。我に返った科学者達は全員が陸軍将軍の方へと振り向き、続いて物理学者が手を上げる。
「確かに、一番の謎はそこでしょう。米軍は様々な攻撃を行ったと言いますが、具体的にはどのような攻撃をしたのですか?」
「陸軍は最新鋭の戦車砲を秒間二十五発、それを十五分間浴びせ続けた。歩兵部隊による対物ライフル一千丁の集中射撃、三十門のロケット砲斉射、対空迎撃レーザー……使えるものはなんでも、だ。だが奴は平然としている」
「海軍はミサイル投射を現在も続けています。対艦ミサイルだけでなく、対地も全てです。効果は、ありません」
「空軍はバンカーバスター及びMOABを使用。命中後僅かに巨大飛行生物の活動が鈍りましたが、肉体に損傷はなし。その後十数秒で活動は攻撃前の水準に回復しています」
陸軍将軍に続き、海軍将軍、空軍将軍が続く。文字通りの総攻撃に彼は唖然となり、そしてそれでも傷付かない怪獣に恐れを抱いた。
物理学者も顔を顰める……尤も歪んだ口許は、少し楽しそうでもあったが。
「実に興味深い。現在米国が保有するMOABはTNT換算で二十トン……八十四ギガジュールものエネルギーがある。単純計算で、二百トン以上の水が一瞬で沸騰する威力だ。無論全てが熱に変わる訳ではないが、三千トンの身体の表面ぐらいは蒸発させられるだろう。恐るべき耐熱性だ」
「どれだけ耐熱性が高くても、衝撃の方で普通は壊れるでしょうよ。何もかもおかしい」
物理学者の意見に続いたのは、若い昆虫学者。昆虫学者の意見に、他数名の学者も頷く。
「生物学者さんの意見も聞きたいですね。あんな硬い生物、あり得ますか?」
その昆虫学者に突然話を振られて、彼は少し言葉を詰まらせた。ただし、本当に少しの間だけ。
難しい質問ではない。答えそのものはすぐに言えるのだ。人類にとって、不都合な事に。
「あり得ません。生物種によって耐熱性には違いがありますし、人間では一秒と居られない高温環境を好む微生物もいますが、いずれも二百度にもならないような環境が限度です。数百度、時には一千度を超える炎を浴びて無傷の生物など考えられない。強度に関しても同様です。アルマジロの皮は銃の弾を跳ね返すと言いますが、戦車砲を耐え抜くような代物じゃない。軍事攻撃に耐えられる生物など、少なくともこれまで知られている中にはいませんよ」
「ですが、ヒロシマやナガサキでは、核兵器使用後に植物がすぐ芽吹いたという話がありましたよね?」
「スギナは地下茎と呼ばれるものを地中に張り巡らせる性質があります。核兵器で地上が焼き尽くされても、この地下茎が残っていた事で素早く再生した、と考えるのが自然です。核の熱を耐え抜いた訳じゃない」
「あり得ないと言うのは分かったが、現実にも目を向けてもらいたいものだ」
彼が一通り説明すると、陸軍将軍がぽつりとぼやく。これまでの説明を馬鹿にされたようにも彼は感じたが、しかし実際怪獣には攻撃が通じていないのだ。あり得ない、という否定は、確かにあまりにも『馬鹿馬鹿しい』。
「……巨大飛行生物の強度も疑問ですが、もう一つ疑問があります。かの生物の近くでは、酸素通信が使えなくなる点です」
陸軍将軍に続き、空軍将軍が新たな疑問を呈する。陸軍将軍と海軍将軍も頷き、それが空軍だけの問題ではないと示す。
これに反応したのが米国大統領。米軍総司令官でもある大統領が、『部下』に質問する。
「通信が使えない範囲は?」
「半径百二十キロ前後です。範囲内では使用出来ませんが、範囲外に出ると使用可能である事から、機械は故障していないと思われます」
「ですがこの影響により、射程が短い陸軍の統制は一時崩壊寸前でした。今は一世代前の電波通信機を持ち出して対応していますが、酸素通信に慣れた兵士達の混乱は残っています」
「海軍は幸い通信不能範囲より外から攻撃していますが……百二十キロ離れると地平線の向こうになってしまうため、付近の観測者からの着弾及び目標観測が必要です。電波通信機へ交換していますが、時間が掛かり、全艦対応は翌日未明になります」
軍部の苦々しい報告。通信技術は戦争と共に進化し続けてきた分野であり、今や通信が行えない戦闘は想定されていない。何をするにも高度な情報連携が行われる必要があるのに、怪獣の傍ではそれが出来ないのだ。ただでさえ強敵だというのに、実力を十全に発揮出来なければ勝ち目などない。
「……実は、一つ、気掛かりな事が、ありまして」
軍人達の嘆きが終わった時、一人の学者が掠れた声を出す。
気象学者だ。痩せた眼鏡の男は、ぼそぼそと話し始める。
「アメリカ全土、いえ、世界中で大気の動きが活発化していまして……その、どうやら大気中の酸素分子が、強く活動しているのです」
「……まさか、それが酸素通信が不通の原因か?」
「いえいえ! そうではないです! その、これは酸素通信が始まる前から時折観測され、酸素通信が一般化してからは、度々起きている事象でして……無関係とも、言い難いのですが……」
「……何が言いたいんだ?」
痺れを来したのか、大統領が問う。気象学者はごくりと息を飲み、にへらと笑って、
「……何処かの誰かが、とんでもない出力で、酸素通信をしています。そして多分、巨大飛行生物は発信源兼受信元の一つかと」
その場に居た全員が息を飲む発言をした。
「巨大飛行生物が、人間側と通じているというのか!?」
「いえいえ! そ、そうとは限りませんが……巨大飛行生物を中心に、大きな大気の活動があるのは、事実ですので、可能性はゼロではない、かも」
「何処かの組織、或いは国と通じているとすれば……生物兵器なのか?」
「ど、どうでしょう。例えば真犯人が、このアメリカだとしても、此度の事象を起こすには、エネルギーが全く足りません」
「具体的には?」
「計算上は一日当たり、三・五×十の十六乗ジュール必要です。合衆国が一日に生産するエネルギー量に匹敵します」
さらりと語られた言葉は、会議室に再び沈黙を呼ぶ。
生物学者である彼にも、そのエネルギー量の非常識さは分かる。米国並みの巨大国家が、突如地球上に出現したようなものなのだ。まさかファンタジー小説よろしく、異世界の帝国がやってきた訳ではあるまい。
しかしそうでも考えないと、この出鱈目なエネルギーの出所なんて想像も付かない。
「まさか宇宙人の円盤が来てるとか」
「あり得ない。何故宇宙人がわざわざ酸素通信なんて用いる? 宇宙空間じゃ使えないだろ」
「そもそも通信目的で使用しているなら、そんな巨大なエネルギーなんていらない。スマホ一台分の電力で十分な筈だ」
「酸素の活性化はあくまで結果であり、原因は酸素通信以外なんじゃないか? 例えば新兵器の開発とか」
「だとしても出鱈目過ぎる。水爆だとしても、このエネルギー量では強過ぎて使い物にならん」
「大体何処の国ならそんなエネルギーを捻り出せるというんだ。先進国も途上国も、自国経済のエネルギーを賄うだけでいっぱいいっぱいなんだぞ」
「兵器にしろなんにしろ、そんなものを動かそうとしたら大量の物資を輸入してる筈だ。おかしな動きのあった国はないのか?」
「自然現象しか考えられない。破局噴火クラスなら、そのエネルギーとて微々たるものだ」
気象学者の発言により、会議室内がいっきに活気付く。専門的な用語が飛び交い、議論が一気に活性化していた。
生物学者である彼としても、周りの学者と意見を交わしたい。米国が丸一日掛けて作り出すようなエネルギーが何処から湧き出したのか、どうして世界中の酸素を活性化するという形で使われているのか、何処からそのエネルギーがやってきたのか……
「知的好奇心も結構だが! 現状を忘れてはいないか?」
しかし彼が口を開く前に、陸軍将軍が大きな声を上げた。
一瞬でしんとなる会議室。忘れてはならない。今正に米国市民の命が脅かされ、軍人達の命が散っているのだ。必要な議論ならば兎も角、脱線は許されない。
「……奴を打開する術がないというのなら、残す手段は一つです」
「なっ!? それは――――」
海軍将軍がぽつりと語ると、科学者の一人が声を荒らげる。顔立ちからして日系人の男。その日系人科学者が真っ先に反応した『残す手段』など、それこそ一つだけ。
核兵器だ。
「MOABやバンカーバスターの直撃で怯む事は確認している。ならばこれを上回る威力の攻撃であれば、致命傷を与えられる可能性が高い……これが軍部の見解です」
「ですが! 核は、水爆の使用は……アレだけは使うべきでない! 環境への影響も大き過ぎる! それだけは」
「人命と環境、どちらが大事なのです?」
海軍将軍に問われ、日系人科学者は口を開けつつも言葉が出ない。
生物学者である彼もまた、口を閉ざす。核兵器による自然破壊は、非常に大きな問題だ。爆風で環境を根こそぎ破壊するのは勿論、放射能汚染も深刻である。回復するのにどれだけの年月が必要になるのか、想像も付かない。
人命を守るためとはいえ、そのために地球環境に傷跡を残して良いのか。怪獣がどんな理由で生まれたのかも知らず、大きな火の玉で焼き尽くすのは正しいのか。
……疑問を呈したところで、じゃあ市民を見殺しにするのは正義かと問い返されれば、今度はこちらが口を閉じるしかない。結局のところ此度の議題は如何にして米国市民を怪獣の脅威から守るかであり、その案がないのであれば何も言えないのだ。
核兵器といえども、それで守れる人命があるのならば――――どうして使うべきでないと言えるのか。
「……やはり、核の力に頼るしかないか」
「米国内で使用する分には、国際的な問題はないでしょう……米国市民の支持は、巨大飛行生物を倒せさえすれば上がると思われます」
「選挙などどうでも良い。国民の生命と財産の問題だ」
官僚達からの見解を、大統領はすっぱりと切り捨てる。それは極めて愛国的な発想で、だからこそ誰にも止められそうにない。
「……核ミサイルの発射シーケンスには大統領の著名が必要です。こちらの紙にサインを」
海軍将軍はそう言うと、一枚の紙を大統領の前へと出す。大統領はその紙にさらりと名前を書き込み、海軍将軍に紙は戻された。海軍将軍は立ち上がり、通信端末を用いて何処かに連絡をする。
あまりにも呆気なく、核の使用が決まった。誰にもそれを止められなかった。
「次はあの巨大飛行生物を倒した時、また会議を開こう……集まってくれた者達全員に感謝している」
大統領はそう語り、席を立つ。科学者達は、全員何も言えなくなっていた。小さくないため息があちこちから聞こえてくる。
彼も仕方ない事だと頭では分かっていた。しかし感情面では受け入れ難い。何か他に手はないものか……
「し、失礼します!」
考え込もうとした時、会議室に誰かが飛び込んできた。何事だと思いながら振り向けば、そこに居たのは一人の若い軍人。息を切らし、顔を真っ青にしていた。
「きょ、巨大飛行生物が進路を変更! このホワイトハウスに向けて直進中! 現在も軍による攻撃を続けていますが、動きが止まる可能性は極めて低いです! いずれ此処も戦場となります! 直ちに避難を!」
そして彼の発した言葉は、この場に居る全員の顔を青くさせるに足るものだった。
どうして怪獣がホワイトハウスに?
彼は困惑した。突如進路を変更したというのもあって、まるで此処で怪獣の会議が行われている事を知ったかのように思えたからだ。一体どうやってそんな事を知ったのかと考え、ふと一つの可能性が過ぎる。
全世界規模の酸素通信。
まさか怪獣は、その酸素通信でこちらの会議を全て聞いていたのではないか? そんな考えが過ぎったのだ。しかしならば何処かに情報の発信者がいる筈。一体誰が? まさかこの会議室内に人類の裏切り者が……
「巨大飛行生物との距離はどの程度ある?」
「凡そ九十キロ。飛行速度から算出して、到達まで六分です。酸素通信の妨害圏でもあるため、酸素通信は使えません」
「念のため電波通信に切り替えておいて正解だったな……大統領、時間がありません。科学者達と共にホワイトハウスを脱出します」
やってきた軍人に陸軍将軍が問い、告げられた情報から大統領に逃げるよう促す。大統領はこくりと頷き、科学者達も逃げるため席から立ち上がった。彼もまた逃げるために立ち上がり、
がくん、と膝を折った。
「む……失礼」
椅子に座り過ぎて上手く力が入らなかったのか。歳だなと思いながら、彼は立ち上がろうとする……が、上手くいかない。
それどころか、段々と状態が悪化する。
目眩がした。吐き気もある。胸に不快感が生じ、視野が狭まる。
おかしい。明らかに異常だ。まさかこんな時に何かの発作を起こしたのかと思い、彼は助けを求めようと顔を上げた。
会議室では、大半の者が膝を折り、一部は床の上に倒れていた。
彼はゾッとした。
怪獣からホワイトハウスまで、兵士の報告が正しければまだ九十キロも離れている。毒ガスがどれだけ霧散したとしても、此処まで届く筈がない。会議室には水も出されたが、カナダでの一件があったのだ。水は厳重に検査されていたに違いない。
これを引き起こしたのは青酸系の毒ガスでも、シアノトキシンでもない。もっと根本的に違う、何か、とんでもないものが原因だ。
「か……ぁ……が……!」
考える彼の横で、一人の科学者が痙攣しながら呻く。伸ばされる両腕は助けを求めるようだが、彼だって助けが欲しい側だ。科学者の求めには応じられない。
「さ、さん……そ……」
しかし科学者は、彼が求めていたもの……疑問の答えを提示した。
そうだ。自分達の身を襲うこれは、高圧の酸素を取り込んだ時の症状だ。ならばこれは、怪獣の力とは――――
疑問の答えは得た彼は、されどそれを言葉にする事も叶わず意識を手放す。大統領も軍人も官僚も、誰ももう動けない。
襲撃してきた怪獣によりホワイトハウスが崩落したのは、兵士が告げた通り僅か六分後の事だった。
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