障害
「ふふんふんふーん」
海上自衛隊の制服を着込んだ若い男が、鼻歌を歌っている。片耳にはイヤホンを嵌め、音楽を聴いていた。
彼は現在、自室のベッド上で休憩中の身。自室と言っても、海上自衛隊が保有する護衛艦 ― 世界的には駆逐艦と見做せる ― の一隻『げつふう』にある船員用の部屋だが。
『げつふう』は二〇四〇年に就航した新型艦であり、現代戦を想定して様々な機能が備わっている。彼は『げつふう』の乗組員であり、即ち自衛隊員なのだが……些か不真面目な人間だった。具体的にはちょっと時間が空いたからといって、勝手に休憩を取るぐらいの。
「おい! またサボってるな! 作戦時刻になるぞ! さっさと持ち場に行け!」
『休憩』を上官に見付かり、彼はやれやれとばかりにイヤホンを耳から外す。ベッドから軽やかに降り、言われた通り持ち場へと向かった。ただし命じられて行く割には、足取りは軽やかで楽しげ。
事実、彼は少しワクワクしていた。
不謹慎なのは分かっている。それを口に出したら勝手な『休憩』どころでない懲罰がある事も。廊下を行き交う他の乗員達は表情を強張らせ、全員が真面目さを取り繕っている。これを楽しんではいけない、怒りと憎しみを燃やせと言わんばかりに。
されど彼は思うのだ。もっと正直に生きようぜ、みんな本当はワクワクしてるんだろう? 大体肩の力を抜かなきゃ勝てるもんも勝てないし、使命に燃えたって負ける時は負けるのさ。
だから彼はニヤリと笑みを浮かべる。
自衛隊員となったからには、怪獣との対決なんて夢そのものの筈なのだから――――
艦長と副官、操縦士、通信士……他にも様々な仲間達が集まった操舵室。正面に甲板が見渡せる大きな窓ガラスのある一室にて、彼も席の一つに腰を下ろした状態で居た。彼は手を組んで指の柔軟体操をし、恋人からもらった小さな花の鉢植えが邪魔にならないよう目前のモニターの前から退かしてから、此度の作戦を頭の中で復唱する。
インドネシアに『怪獣』が出現した。
怪獣といったが、自衛隊、或いは日本国政府が用いる正式名称は異なる。正しくは『超巨大昆虫型生物一型』だ。一型と名付けたのは二型や三型が現れる可能性を考慮したからであり、現れるという確信がある訳ではない……等々彼的には七面倒な想定があったらしい。尤も日本国民の大半は、国が付けた名前を使わないのだが。
何しろその生物は全長五十二メートル、翼長百三十三メートル、推定体重三千トンという巨躯の持ち主なのだから。こんな非常識な存在を、超巨大なんたらかんたらと呼ぶ者はいない。怪獣という表現こそが、最もその存在の異質さを伝えるだろう。
インドネシアではこの怪獣が、三十万人以上の市民が暮らしている都市を四つ、僅か三時間のうちに襲撃した。都市の外側からぐるぐると回り、包囲するように毒ガスを散布。単純ながら効果的な行動により、都市の人間達は殆ど逃げられず……怪獣による犠牲者は百万人を超えると見られている。
人類史に残る大量虐殺を僅か数時間で成し遂げた怪獣は、大海原に向けて飛翔。飛行機のような速さで渡海を始めた。
そして次の目的地として定めたかのように、日本へと真っ直ぐ進んでいる。
インドネシア政府より情報連携を受けた日本政府は、この怪獣の上陸は日本国民の生命と財産に危険をもたらすと判断。また警察や猟友会の手に負えるものではないと考えられる事から、直ちに海上自衛隊と航空自衛隊に出動要請を出した。一昔前の日本なら一悶着あったかも知れないが、今の日本人はかつてより自衛隊への好感が強い。他国で暴虐を尽くした怪獣の退治に反対する国民は殆ど居らず、ごく少数の野党以外の賛成を得られた事もスムーズな作戦進行の一因だろう。
海上自衛隊と航空自衛隊は共に出撃し、日本近海で怪獣を迎え撃つ。これが大まかな作戦だ。『げつふう』はこの作戦に参加する一隻。『げつふう』以外には七隻の護衛艦が出撃しており、航空自衛隊の戦闘機も数十機出撃する。陸上自衛隊も、万一に備えて海岸線に戦力を集結させていた。
百万の人命を奪った虐殺者に容赦など必要ない。とはいえ此度の相手は生物。少々過剰な戦力のようにも思えてくる。
そう、本来なら過剰だが……
「レーダーに反応! 南南西距離約二万五千に飛行物体あり! 目標の全長は推定五十メートル! 時速九百キロで当艦に向けて飛行中!」
僅かに彼の意識が逸れた時、一人の乗組員が大声を上げた。レーダー担当、つまり四六時中レーダーを見張っている隊員が『何か』を発見したようである。
その『何か』は当然、怪獣でないと困るのだが。
「(ついにおいでなすった)」
彼は自身の座席にある器機を操作し、モニターを起動。『げつふう』正面の映像から、南南西に現れた物体を確認する。
映像を拡大すれば、その姿はハッキリと見えた。大きな翅を広げた、巨大な蛾……何処からともなく突然現れた二体目でない限り、コイツこそがインドネシアに惨劇をもたらした怪獣だと彼は確信した。
「照準、用意」
艦長からの『指示』を受け、彼はモニターの傍にある桿……照準器を握り締める。相手の動きをよく見て、未来の軌道を彼は頭の中で思い描く。
怪獣は人間達の事など気付いていないのか、或いは気にも留めていないのか。悠々と飛び続け、『げつふう』との距離を詰めてきた。
「攻撃開始」
そして怪獣が射程距離に入った瞬間、艦長からの命令が出た。照準は既に合っている。彼は引き金を引いた。
『げつふう』の装備は対艦戦闘を想定している。
現代の対艦戦闘は、ほんの二十数年前のものから大きく様変わりした。それまで戦場の主役だったミサイル兵器が急速に衰退を迎えたからだ。
原因は高出力光学兵器、つまりレーザーの発展にある。光速で飛んでいき、また空気抵抗などで『曲がる』事のないレーザーは、音速で飛ぶミサイルを容易く迎撃した。おまけに一発数千ドルのミサイルを破壊するのに僅か数ドル程度の電力で十分。機銃のように連射する事も可能だ。相性・コスト共に、ミサイルにとって最悪の迎撃システムが登場したのである。
無論ミサイルを使用する側も対抗しようとしたが、必ず命中する攻撃をやり過ごすには、装甲を厚くするしかない。空を飛ぶため軽量化を重ね、中に出来るだけたくさんの爆薬と燃料を積み込まねばならないミサイルにとって、それは相反する性質だ。かつては『ミサイル万能論』などが語られたものだが……今でもそれなりに有効だが、考えなしに使って勝てる時代は終わった。
現在艦隊戦における主武装は、レーザーの『低出力』では撃墜不可能な巨大質量攻撃――――艦砲となっている。『げつふう』の主砲は二十七センチ砲だ。
第二次大戦時に開発されたものと比べて、砲の性能は格段に向上している。衛星通信や友軍艦との情報連携により、有効射程は二百キロを超えた。特殊な溝を刻む事で貫通力を増し、一メートル近い厚さの装甲も貫通可能だ。
唯一の欠点は放物線運動な上に誘導性能がなく、何より『遅い』ため、命中率が射手の技量に大きく左右されるところ。コンピュータによる補助があるため素人でもそこそこの命中率は出せるが、それでも人間の力が必要になる事も多々ある。相手が素早ければ素早いほど、人間の勘が頼りだ。
故に照準器を握り締める彼は、この船の船員に選ばれた。
確かに彼は不真面目だ。不真面目だが、それに目を瞑らざるを得ないほどの特技がある。
艦砲射撃の名手なのだ。遥か二百キロ彼方を飛行機並みの速さで飛ぶ物体にも当てられる、非常識で出鱈目な。
彼が撃った砲弾は寸分の狂いなく空を駆け抜け、飛行する怪獣の頭部に一発目から命中した。画面でそれを確認した彼は命中報告を行い、操舵室内の自衛官達が感嘆とも呆れとも取れる息を漏らす。
砲撃するのは彼が乗る『げつふう』だけではない。共に参戦している七隻の艦船も砲撃を始め、無数の砲弾が飛んでいく。超人的射手である彼のような百発百中は無理でも、最新鋭電子機器による補助を受けた砲撃の精度はスナイパーのよう。八割以上の砲弾が命中し、爆炎が怪獣の全身を包み込む。
現代の艦砲は一発当たれば巡洋艦でも大ダメージ、五発も当てれば沈められるのが一般的だ。第二次大戦の戦艦を引っ張ってこようと、砲弾が進化しているため左程耐久力の違いは出ないだろう。
そんな砲弾を百発近く受ければ、耐えるどころか跡形も残らないのが普通である。
――――怪獣が『普通』の存在と思う奴は、日本人にはいないだろうが。
「……当艦の攻撃は全弾命中。目標に未だ損傷なし」
彼は画面から確認出来た事実を、淡々と艦長に報告した。
そう、損傷なし。
『げつふう』だけで十六発の艦砲が命中、友軍艦七隻が放ったものを命中八割と計算して八十九発命中とすれば、合計百五発。これだけの艦砲射撃を浴びながら、怪獣は死なないどころか傷一つ付いていなかったのである。フィクションの怪獣と思えば当たり前の展開だが、現実の生物でこんな事があり得る筈がない。分厚い金属装甲すら易々とぶち抜く砲弾を弾き返すなんて、一体あの怪獣の身体はどんな材質で出来ているというのか。
もしもこの光景を事前情報なしで目の当たりにしたなら、現場は混乱に包まれた筈だ。しかし彼含めこの場に集った自衛隊員達にとっては、勿論望んではいなかったが、想定内の出来事である。
インドネシア軍とておめおめと怪獣を逃がした訳ではない。自国民の危機を見逃さず、直ちに攻勢に出た。日本と比べれば規模も技術も未熟ではあるが、士気と練度は負けていない。生半可なゲリラや軍隊ならば一瞬で撃退出来ただろう。
しかし怪獣はどんな銃撃も砲撃も通じず。相手にするのも面倒だとばかりに、反撃すらされる事なく領海外まで飛んでいってしまった。
むざむざ逃げられたと、恥を忍んでインドネシア軍は自衛隊に教えてくれた。これまで友好的に接してきた国同士の関係が実を結んだのか、形振り構っていられないほど危険な存在だからか――――彼は後者だと思った。
ともあれ予想通りであるが故に砲撃は躊躇いなく続けられ、距離が狭まるほど命中率は上がっていく。『げつふう』の砲撃能力は高く、十秒で十六門一斉射が可能だ。友軍艦も似たようなもので、数分と撃ち続ければ砲撃数はあっという間に一千を超える。
しかしこれだけの猛攻を受けても、やはり怪獣はビクともせず。悠々と飛行し続けていた。人類側の航空機はたった百キロワットのレーザーすら耐えられず、撃ち落とされるというのに。
艦砲ではいくらやってもダメだろう。悔しいがもっと強力な攻撃が必要だ……そう考え始めた彼の見つめるモニターに、新たな飛行物体が十ほど映った。
ただし敵ではなく、航空自衛隊の戦闘機だ。凄まじい速さで怪獣に接近していく彼等は、不意に白く伸びる白煙を飛ばす。
撃ち出したのはミサイル。
レーザーにより無敵でなくなったミサイルだが、しかし価値がなくなった訳ではない。高い誘導性、地球の裏まで飛んでいく射程、そして何より圧倒的な破壊力は今でも他にはない強味である。二〇四五年現在でも大型軍事拠点への攻撃にはミサイルが用いられているし、ほぼ一撃で巡洋艦を仕留められる事から対艦ミサイルも現役で活躍。撃ち落とされる心配さえなければ、やはり圧倒的に『強い』兵器なのだ。
戦闘機達が撃ち出したのは、対艦ミサイルだろう。単純な比較は出来ないものの、一撃で巡洋艦を沈められるという点で考えれば、艦砲の五倍近い破壊力がある代物である。
艦砲射撃すら躱せない怪獣は、対艦ミサイルの雨を全身で浴びた。するとこれまで悠々と飛んでいた身体を、大きく仰け反らせたではないか。
【ペキ、ギギィイイイイギイイイイイ!】
次いで聞こえてくる、巨木がへし折れるような雄叫び。
これが痛みで苦しむ声だとすれば、それは怪獣がミサイルでダメージを受けている証だった。
「砲手、目標の状態を確認しろ」
「了解」
艦長から指示を受け、彼はモニターに映る怪獣の姿を注意深く観察。怪獣は爆炎の中からのたうつように飛び出し、怒りを示すように全身を震わせていた。
身体に傷はなく、ミサイルでも殆どダメージは与えられていない様子である。どうやら先の叫びは悲鳴ではなく、怒りの咆哮らしい。しかし怒るという事は、傷は付かずともそれなりには痛かった筈だ。これは明白な『戦果』と言える。
「超巨大昆虫型生物一型に損傷なし。ですが戦闘機に反応を示しました」
「ミサイルならギリギリ通じるのか……」
彼が報告すると艦長はぽつりと呟き、されど攻撃を艦砲射撃からミサイルには切り替えるような指示は出さない。怪獣が見せたのはあくまで痛がっているような素振りだけ。本当に痛いのかは、まだ分からないのだ。
しかし少なくとも怒っているのは間違いない。でなければ六本の脚を大きく広げながら、戦闘機の編隊を追い駆けようとはしない筈だ。
怪獣は飛行機のような速さで、戦闘機達を追跡。物理的に叩き潰すつもりか、巨大な前脚二本を掲げた……が、しばらくすると苛立つように前脚を暴れさせる。
戦闘機と怪獣の距離は段々と広がっていく。戦闘機達の方が遥かに速かったのだ。
戦闘機は悠々と旋回し、安全な距離を取った上でミサイルを撃ち込む。怪獣の胸にミサイルが当たり、その体勢が崩れた。怪獣は怒り狂うように脚を振り回すが、全く届かない。届くような距離まで、戦闘機達は怪獣に近付かなかった。
確かに怪獣の飛行速度は飛行機並みだが、たったの時速九百キロ程度しかない。勿論普通の生物から見れば驚異的な速さであるが……航空機として見た場合、それはプロペラ機の最高速度にすら劣るもの。ジェットエンジンを搭載した現代の戦闘機ならば、その二・五倍の速さが標準的だ。航空自衛隊の最新鋭機に追い付こうなど、夢のまた夢である。
相変わらず怪獣に傷は見られないため、ミサイルが有効とは言いきれない。しかし体勢を崩す程度には通じているのだ。恐らく怪獣は何かしらの『インチキ』によりダメージを防いでいるが、攻撃を続ければやがてインチキを破る事も出来るだろう。そして戦闘機相手にわざわざ追い駆け、腕を振り回すばかりなのだから、あの怪獣にレーザーなどの対空攻撃は出来ないと思われる。
彼は戦闘機達の活躍を照準越しに見て、そのように感じた。自分が怪獣を仕留められないのは悔しいが、怪獣と交戦するという『遊び』は十分堪能したのだ。如何に彼が不真面目でも、人の生命を脅かす化け物が死ぬのなら止めが自分でない事は構わない。
――――彼は勝利を確信していた。
否、彼だけではない。船内でこの戦闘を見ていた誰もが、戦闘機達が勝利すると考えていただろう。僅かに弛んだ口許、力が抜ける肩、解すように踊る指先……決して油断とは言えないが、誰もがほんの少し気を弛めていた。悪いものではないが、否定出来ない事実でもある。誰一人として知らなかったのだから、致し方ない。
自分達が怪獣と呼んでいる生物が、本当に『怪獣』たり得る存在である事を。
「……なんだ……?」
最初に異変を察知したのは、照準越しではあるが生身の怪獣を見ていた彼だった。
怪獣が、不意にその動きを止めたのである。つい先程まで散々戦闘機を追い回していたのに、脚を振り回すどころか、時速九百キロで飛ぶ事すら止めてその場で浮いている状態だ。翅を羽ばたかせる事もなく浮遊する姿は奇妙であるが、それ以上に『動かない』事が不気味であると彼は感じる。
度重なるミサイル攻撃で、ついに飛び回るだけの力がなくなったのか? そう思いたいのは山々だが、彼の頭は現実を直視した。怪獣には未だ傷など一つも付いていない。
何より昆虫から発せられる闘志に陰りは見えない。
無論闘志なんて非科学的なものは、数値的に表れはしない。それでも訓練などで様々な相手と戦っていると、ひしひしと感じられるものがあるのだ。彼はそのような闘志を感じ、弛みかけた気を引き締める。奴は何かやってくるつもりだと覚悟した。
だけど。
飛んでいた戦闘機の一機が突然バラバラになるところを目にしたら、覚悟なんて吹っ飛んでしまったが。
「……は?」
「どうした、何があった!」
「ほ、本部より伝令! 戦闘機一機が墜落! 原因不明!」
「原因不明とはどういう事だ!? 詳細に報告しろ!」
「本部からの通信にはこれ以上、あっ!?」
艦内で慌ただしく情報がやり取りされる中、通信士が不意に声を引き攣らせる。通信士が見ているのは操舵室正面にある窓ガラス。艦長含めた多くの人員がその視線を追い、通信士と同じく言葉を失う。
雨のように、何かが『げつふう』のすぐ近くに降り注いでいる。
だが雨粒ではない。雨粒は直径数十センチもないし、色も銀や黒なんかではないし……一緒に生身の人間が落ちてくる筈がない。
雨の正体は、戦闘機だった。また一機、バラバラに砕け散りながら落ちている。部品も人も海に落ち、『げつふう』に直接的な被害は恐らく出ていない。が、すぐにでも損傷を確かめ、墜落したパイロットの救助に向かうのが合理的選択の筈だ。
ところが艦内の誰もが、なんの行動も起こさない。艦長すら喘ぐように口を開閉させるだけで、言葉が出ない有り様。戦闘機が突然砕け散るという、非現実的な光景を突き付けられて全員が呆けていた。
例外はこれが二度目の目撃である、砲手の彼だけ。
二度目だから、今度はよく観察出来た。戦闘機は確かにバラバラになっているが、燃えている様子はない。怪獣もじっとしているだけで、レーザーや火の玉などは出していない筈だ。直接的な攻撃が加えられたとは思えない。
なら、整備不良などで機体強度が弱くなっており、激しい空中戦に耐えられなかったのだろうか? あり得ない、とは言いきれない。高品質が謳い文句の日本の自衛隊だって、人間がやる以上ミスや不法は起こり得るのだ……二機立て続けに、という可能性は、限りなくゼロに等しいが。
ましてや三機目、四機目と落ちていけば、偶然と考えるのは最早ただの現実逃避。
怪獣が何かしていると考える方が遥かに自然であり、尚且つ勝ち筋を探るにはそれしかなかった。
「艦長! 航空機部隊が次々と落とされています! 当艦もミサイルによる援護を行いましょう!」
「あ、ああ……許可する! 総員、ミサイル攻撃態勢に入れ!」
堪らず彼がミサイル攻撃を進言し、我に返った艦長がそれを認めた。ミサイル攻撃の許可は、此度の作戦開始の段階で既に政府から出ている。運用に問題はない。
三十秒で用意が終わり、発射準備完了のアイコンが彼の見るモニターに表示された。ミサイル攻撃はお手軽だ。ターゲットをロックして、ボタンを押せば良い。彼はアイコン表示から十秒と経たずに、発射ボタンを押した
瞬間、鼓膜が破れそうな大爆音と共に『げつふう』を激しい衝撃が襲った。
「うわああああ!?」
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「か、確認します! ……嘘、だろオイ畜生っ! ミサイル格納庫から爆発です! ミサイルが爆発した模様!」
「なっ……!?」
艦隊のモニタリングを行っていた船員が、悪態の後に声を荒らげながら報告。艦長は勿論、ミサイル発射を行った彼も唖然となる。
ミサイルが格納庫で爆発したからには、当然『げつふう』には大きなダメージが入っただろう。ミサイル格納庫は砲撃などで貫通・誘爆が起きないよう、分厚い装甲で守られている場所の一つだが……ミサイルが一機でも内側で爆発すれば、そんな装甲は簡単に吹き飛ばす。ミサイルの破壊力とはそういうものだ。
そしてミサイル格納庫にあるミサイルは、一基だけではない。爆発事故が起きれば誘爆は確定的だ。恐らく格納庫は付近に居た整備士諸共吹き飛び、『げつふう』には大きな傷跡が出来ただろう。まず間違いなく、このまま沈没する。
まさか『げつふう』と自分の最後が自爆だなんて……ミサイルの整備不良に、彼は大きく項垂れた。
彼が顔を上げたのは、遠くから別の爆発音が聞こえてから。
「な、なんだ、今の爆発は……」
「……『こち』から通信。ミサイル格納庫で爆発あり」
「……は?」
そして恐怖を知るのは、間もなくの事だった。
船の外から幾つもの爆発音が聞こえてくる。どーん、どーんと続くそれは、船員達を恐怖と絶望に突き落とす。
次々と船が自爆している。
あり得ない。どんなに雑なミサイル整備をしていても、こんな立て続けに自爆が起きるなんてあり得ない。おかしい。異常だ。異常だから特別な原因がある。
この戦場で、異常の原因となり得るのは――――
『事実』に気付き始めた彼だったが、それを言葉に出す事は叶わなかった。操舵室内で突然爆発が起きたからだ。ミサイル事故の火が砲弾の火薬にも移り、爆発。操舵室を襲ったのである。
彼は爆発から離れていたので、大怪我を負いつつも一命は取り留めた。しかし艦長は跡形もなく吹き飛び、副官は部屋の隅で肉塊と化している。他の船員も、形が残っている方が少ない。
動けるのは自分だけだと、彼は理解した。その動ける時間も、あまり残されていない。燃料タンクに引火したら、いよいよ『げつふう』は爆沈だ。
この時間ですべきは、逃げる事ではない。
「……遺言とか、俺のキャラじゃねぇなぁ」
悪態を吐きつつ、通信士の下へと這いずりながら寄る。動かなくなった仲間を彼は無造作に動かし、自分の担当ではない、けれども扱い方ぐらいは知っている通信機を手にした。通信機は今のような致命的事態を想定し、独立した電力でも動いている。ざっと調べた限り器機はまだ生きていて、通信は行える筈だった。
なのに、通信機の向こうから聞こえてくるのはざぁさぁというノイズばかり。ひっきりなしに飛んでくる筈の指示・現状確認の声が何も聞こえてこない。
「……ああ、分かったぜ。ようやく、種が……畜生が」
ぽつりと漏らす、悪態。
連鎖する爆発により、『げつふう』が粉微塵に吹き飛んだのは直後の出来事。七隻の仲間達と全ての戦闘機が海の藻屑と化したのは、そこからほんの少しだけ後。
そして無傷の怪獣が悠々と日本を目指し始めたのは、交戦開始から僅か二十五分後だった。
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