第2話 試合前日の朝。

今日は木曜日。一週間の中で一番しんどい日と誰もが感じる日である。

 金曜日は明日から休日だから頑張ろうという気持ちになるが、木曜日は一週間の後半で疲れている上に、まだ明日があるのかと思ってしまう。



 「みんな、おはよう」


 他の生徒の憂鬱な気分をかき消すかのような大きな声で挨拶をしながら、ニコニコ顔の一人の生徒が教室に入ってきた。紛れも無く、雷太である。

 雷太には木曜日など関係ない。昔のことはさておき、高校に入ってからは毎日元気である。



「虎、いよいよ明日だな。おら、今から緊張して今日の夜は眠れそうだわ」

「おう、たn……

「なんでやねん!らいたっち、そこは眠れそうにないわって言うところやろ」


 雷太に話しかけられた武虎の言葉を遮るかのように、関西人である球から鋭いツッコミが入る。

 誰もがツッコミたい場面ではあったが、教室に居る生徒の中だと球でなければこれほどのツッコミは出来なかっただろう。


 そう、明日はいよいよ県大会。その影響で何時もの木曜日よりも教室内に緊張感が漂っている。


 しかし、雷太はどこか抜けている。こんな雰囲気にも関わらず、簡単に雰囲気を壊す。そして、緊張していると言っておきながらニコニコしながら教室に入ってくる、誰もが緊張などしていなそうに見えるにも関わらず。


 「雷ちゃん、おはよう。明日が楽しみなのは良い事だけど、ケガしてもいけないから今日は無理しない方が良いわよ。べ、別に心配してる訳じゃないんだからね」


 先ほどの男三人組の話を聞いていた美湖が、雷太を心配して声を掛ける。やはり、誰よりも雷太のことを気に掛けているのだろう。今日も安定の照れ隠しぶりではあるが。


 「そうだな、美湖様の言う通りケガしちゃ今までやってきたこと全て台無しだからな」


 流石の雷太も美湖には頭が上がらない。美湖は雷太の何かを知っている。幼少期からの幼馴染だから知っている何かを。


 「やっぱ、二人はお似合いやなあ」


 球が茶々を入れる。まあ、この二人は何時もこんな感じなのでそう言われても仕方がない。

 周りから見たらイケメンと美女が付き合っている。どちらも人気の人物だが、この二人の関係を見るとどちらにも誰も手出しは出来ないだろう。 ただ、この関係を壊そうと思っている人物も少なからずいる。ここでは、kkとでも呼んでおこうか。


「球、やめろって」

「やめなさいよ球君。何時も言ってるけど、こんなおバカと付き合うはずがないわ」


 雷太は反論しなかったが、美湖は強い口調で反論した。しかも、雷太の事をおバカとまで言って。

 ただ、その言葉は間違っていない。なぜなら、雷太は小さな頃から野球しかしてこなかったため、勉強は壊滅的に出来ない。定期テストの点数は圧倒的な最下位であり、毎年留年ギリギリで進級している。

 この国内有数の進学校である美船高校に何で入学できたのかが謎であり、この高校の七不思議の一つとなっている。



「雷太先輩っ、試合で着るユニフォーム持って来ましたよぉ。背番号付けときましたぁ」


 後ろのドアから一人の少女が入ってくる。kkの一人であり、天粕高校二年の野球部マネージャー春風若葉(はるかぜわかば)だ。見た目は小柄なポニーテールの少女で可愛らしい感じである。


 「サンキュー若葉。でも、何でおらのしか持って来てないんだ?虎や球のユニフォームはどうした」


 雷太にしては珍しい気の利いた発言だ。


 この学校の野球部では試合の日までに、マネージャーがユニフォームに背番号を付けて選手に渡すと言うのが暗黙のルールになっている。だが、若葉が持って来たのは雷太のユニフォームだけで、他の部員のユニフォームは持っていない。


 「そうよ、何で武虎君や球君のユニフォームを持ってないの」


 すかさず、美湖も若葉に不満を言う。


 「あぁ、すみません。わかば、雷太先輩の事しか頭に無かったものでぇ。って言うか、美湖先輩は口出ししないでくれますぅ?そんな事言うならあなたがやったら良いじゃないですかぁ」


 「あのねえ、私は生徒会の仕事とかがあって忙しいの。それに、あんた後輩なんだから私の言う事聞きなさいよ」


 「忙しいとかわかばには関係無いんですけどぉ。わかばは雷太先輩に会うためにマネージャーやってるのであって、こんな雑用のためにやってるわけじゃありませーん」


 片方が言えば、もう片方が言い返す。いわゆる喧嘩だ。この二人は会うたびに喧嘩をするほど仲が悪い。喧嘩するほど仲がいいということわざがあるが、この二人には当てはまらない。


若葉の雷太に会うためにマネージャーになったというのは本当で、若葉が一年生の時、新入生歓迎会での部活動紹介でたまたま皆の前に出た雷太に一目惚れし、マネージャーになった。

 それ以来ずっと雷太に好意を抱いているが、一向に振り向いて貰えず、それどころか「あざとい」とか「鬱陶しい」とか言われている。


 「二人とも、止めろって。若葉、どうであってもマネージャーになったからには、やるべき事はやらないといけないんだぞ。さあ、用が済んだならさっさと帰りな」


 雷太が喧嘩を止めに入り、若葉に注意をした。

 しかし、雷太が人に注意するなんて、携帯ゲームのガチャで最高レアが出る位珍しい。


 「うわぁ雷太先輩ひどーい。分かりましたよぉ、帰ったらいいんでしょ。もぉぉ」


 だがしかし、若葉には「さっさと帰りな」の部分しか届いておらず、ぶつぶつと怒りながら教室を出て行った。


 雷太がため息をつく。流石の雷太も疲れたようだ。


 「ほんまに面倒くさい子やなぁ」


 この一部始終を見ていた球が呟いた。恐らく皆そう思っていただろう。



 

 そして、本当は短いのに長く感じる朝が終わった。



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る