たこのおすし。
天そば。
序章 学校生活編
第1話 大会に向けて。
「キーンコーンカーンコーン……」
学校一帯にチャイムの音が鳴り響く。このチャイムは、六時間目の授業終了のチャイムであると同時に今日の学校終了のチャイムでもある。
「はぁ~学校終わったぁ~。虎部活行こうで」
授業で強ばった体を伸ばしながら、一人の少年、睦月雷太(むつきらいた)は友達に話しかけた。
雷太は、首都圏近郊の天粕(てんかす)高校三年生で野球部に所属している。
顔立ちは、クラスいや学校全体の女子の二人に一人から「かっこいい」と言われるほどで、髪型は坊主と言われるほどではないが、野球部員らしく全体的に短く刈り上げている。運動神経がとても良く、特に50メートルを5秒台で走れるほど足が速い。整った顔立ちや運動神経の良さからクラスの中心的な存在であり、学級委員も務めている。
雷太から「虎」と呼ばれているのは、剛力武虎(ごうりきたけとら)。丸刈りの天粕高校野球部のキャプテン。雷太とは小学校時代からの親友で、その頃から切磋琢磨して野球をやってきた仲である。剛力の苗字にそぐう力持ちであり、試合では、ホームランを量産している。本当かどうか分からないが、用水路にはまった車を業者が来る前に一人で救出したという噂話「剛力伝説」は有名である。
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この日は、梅雨が明けたばかりの7月上旬のある日。県大会まであと一週間を切っている。県大会に向け、どの部活も引退を控えた3年生を中心に練習に力が入る。
「虎、やっぱ良く飛ばすなあ。本番も期待してるで」
「おう、任せとけ」
雷太がホームランを打った後の武虎にプレッシャーをかけるが、武虎は全く動じない。流石といったところである。
この日は、大会に向けて試合形式の練習。3年生最後の大会、優勝すれば全国大会に繋がる大会というのもあってか、どの選手にも緊張と焦りの色が見える。
「よっしゃー!こいやぁー」
そのようなチームの緊張感のある雰囲気を壊すかのように、大きな声でピッチャーを挑発しながら雷太は打席に入る。
助っ人外国人のような構えからいかにも鋭い打球が飛びそうな感じがするが……ピッチャーからボールが離れた瞬間、バットを横に寝かせた。
「コン」
バットがボールにかすった音と同時に打球は三方向へ転がった。サードが前進し、ボールを取った時にはもう遅い。何せ、雷太はとても足が速いし、バントが途轍もなく上手いのだ。雷太がセーフティーバントをするのが分かっていても、アウトに出来ない。それは、チームメンバーでも、他校の選手でも同じだ。
しかし、雷太は痩せ型で筋力が壊滅的にないため、バットを強く振る力が無い。つまり、ホームランはおろか、ヒットになるような強い打球がほとんど打てないという致命的な欠点がある。ヒットになるのは、大体、かすったような当たりの内野安打かさっきのようなバントヒットのどちらかである。
「らいたっち、いっつも思うけどほんまにバント上手すぎやて。抑えられへんわ」
そう嘆いているのは、エースピッチャーの速井球(はやいきゅう)三年生。関西出身で、高校入学と同時にこちらに引っ越してきた、陽気でとても優しいところがある人物。
百四十キロ後半のストレートとキレのあるフォークボールが武器で、簡単に打てるような投手では無いのだが、武虎や雷太には歯が立たない。
「そりゃあ、小さい頃から父さんと毎日練習してきたからな。昔はバットを振れなかったことが悔しかったけど、今はこれで良かったと思ってる。おらは、チームが勝つために全力を尽くすだけさ」
球の嘆きの声が聞こえたのか、雷太は即座に言葉を返す。
野球をしているのに、バットを振れなくて良かったというのは良く分からないが、雷太はセーフティーバントだけで驚異の出塁率七割を誇っている。そんな選手は中々居ない。数字だけ見ればバット振れなくても良いと言えるのだろうが。
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あっという間に時間が過ぎ、空が暗くなってくる時間帯に入ってきた。
「じゃあ、今日の練習はこれで終わり。全員急いで後片付けに入れ」
「はい!」
武虎キャプテンの大きな声での指示に、その他の部員が負けないくらい大きな声で返事をし、急いで後片付けに取り掛かる。
雷太は球と一緒にグランド整備を始めた。
「らいたっちもとらっちも調子良さそうやし、今回の大会は期待できそうやな」
「いや、野球は3人じゃ勝てないからな。他の奴らがしっかりやってくれれば、勝てるかもしれないけど、あれじゃあなぁ」
二人は他の部員に聞かれたらまずそうな話をしながら、一日使ったグラウンドを綺麗にしていく。
この話の内容はこうだ。雷太と武虎、それに球の三人は県レベルでは通用する能力を持っているため、十分全国大会に行ける可能性があるのだが、他の部員が壊滅的に下手だということだ。
それもそのはずで、天粕高校は全国でも有数の進学校であって、三人のように野球が上手い生徒が入入学して来ることは滅多に無い。それに指導者も野球をほとんどやったことが無い素人となれば、下手な生徒が上手くなることは中々厳しいのだろう。
「まあ、毎回三回戦で負けてるからそれは超えたいなぁ」
「せやな。で、話は変わるけど、らいたっちの父さんはほんまに凄かったよなぁ。俺もあんな風になりたいわぁ。そのためには、」
「本当に父さんは凄かったわ。野球も上手かったけど人間性もあの人を超える人は居ないと思ってる」
急に球が話を変え、雷太の父親の話になった。雷太の父親は元プロ野球選手で「バットコントロールの天才」や「安打製造機」と注目された有名選手だったが、結婚後突然成績が低迷し、三年前に引退した。
その後も雷太の父親の話で盛り上がっていると、一人の女子が二人に近寄ってきた。
「二人ともお疲れ様。別にあなた達のために作った訳じゃないけど、余ったからあげるわ。雷ちゃんはこれ食べて筋力をつけなさい」
そう言って、手作りのおむすびを渡して照れ隠しをする。
名前は夢咲美湖(ゆめさきみこ)。生徒会副会長で、吹奏楽部と野球部マネージャーの掛け持ち。
雷太とは幼少期の頃からの幼馴染で、お互いを「雷ちゃん」「美湖様」と呼ぶ仲である(いやどんな仲だよ)。長めの黒髪にぱっちりとした大きな瞳、そして、モデル顔負けのスタイルの持ち主である。
雷太曰く、この学校の女子の人気は美湖様一強状態らしい。悪いところが見当たらない完璧な人間に見えて、ツンデレのなところが人気の秘訣とのこと。
ちなみに、雷太の筋力不足の事を家族以上に気にかけている。
「美湖ちゃんありがとう。俺らのために作ったって正直に言うてくれたらええのに」
「美湖様いっつもありがとう。余り物でも美味しいわ」
「そうよ。余り物でも食べれる事を感謝しなさい」
そして、長い一日は終わった。
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