第3話 恐怖と涙

所詮私は、そんな冷酷な人間なのだ。




回想に浸っていた意識を戻しても、やはり状況は変わっていなかった。


両親や姉の顔を見ることは許されても、それ以上のことは全て拒絶され、線香を上げることすら許されなかった。



両親と姉以外の人間は、こんなにも残酷なのかと、心が荒んでいくのを感じた。




……突如、家が燃えている幻が見えた。


その家は紛れもなく、私が今いるこの我が家で。


あちこちから悲鳴が聞こえる。目の前の親戚達のものだ。


これは……未来……?


そう認識した瞬間、ふっと幻は消え去った。



何だったのだろう。


不思議に思いながら目線を下げると……



「……っ!?」



気が付けば、私の手にはライターが握られていて。


それは口を開き、暖色のグラデーションが揺らめいていた。



慌てて火を消し、ライターを床に落とす。


私は今……何をしようとした……?


たとえ無意識だとしても、人を殺そうと───この大切な家を燃やそうと、したのだろうか……?



「っ……ここに、いてはいけない……」


悲しみに暮れる心をなんとか奮い起こし、私は家から飛び出した。




何も考えずに走って、走って、走って……


着いた先は、小さな公園だった。



「ここは……」


私が小さかった頃、よくお母さんやお姉ちゃんと来た場所だ。


ゆっくり歩を進め、屋根のある休憩所のベンチに腰を下ろした。



いつの間にか雨は止んでいたらしく、強い雨の香りが鼻を掠めた。


草木や遊具に付いた雨粒が、月の光を受けて煌めいている。



既に日が沈んだ今の時間に、公園にいるのは私だけだった。


誰もいない。誰も……見ていない。


そう思った途端、一筋の涙が頬を伝った。それに続くように幾筋も流れていくそれを、止めることはできなかった。



どうか今だけ、泣かせて……


家族を見殺しにしてしまった私を、今だけでいいから許して……



「お父さん……お母さん……っ葉乃はなお姉ちゃん……っ」


私を拒絶し、存在価値をも暗に否定するあんな人達、親戚なんかじゃない。


私はもう……天涯孤独、というやつか。


そう悲劇のヒロインぶって、止まらぬ涙を流しながら自嘲した。




どのくらい時が経ったのだろう。


遠くから、誰かが近付いてくる足音が聞こえてきた。



慌てて目元を拭い、顔を上げる。


こんな時間に公園に来る人なんて、私の他にもいたのか。



足音が近付いてくるにつれて、薄暗がりに包まれた公園の中に、一つの影が現れた。


影との距離が徐々に縮まっていくと、突然、街灯に明かりが灯った。どうやら街灯の点灯の指定時刻になったようだ。



オレンジ色に近い色の街灯が、近付いてくる影を照らした。


逆光で顔は判別できないが、髪型や細身ながらも骨張ったそのシルエットから、男だと分かった。



気が付けば、身体が小刻みに震えていた。昔のことを思い出してしまったせいだろうか。


〝また、虐められる〟


有り得ないと頭では理解しているが、その思いが離れず、震えが止まらない。


自身の身体を強く抱きしめ、固く目を瞑り、迫り来る男への恐怖に耐えた。



足音がピタリと止む。


聞こえていた音から推測するに、彼は今、私の目の前に立っているはずだ。


長い沈黙の後、男が息を吸う音が微かに聞こえた。



「……お前、こんな時間に何やってんだ?」


芯のある、力強い声だった。


〝お前〟とは、考えるまでもなく私のことだろう。


聞かれたからには、何か答えなければ。



そっと顔を上げ、案の定、目の前に立っていた男に視線を向けた。


先程よりも更にはっきりと、男のシルエットが見える。



……あれ……?このシルエットに、さっきの声……どこか覚えがあるような……。


……もしかして……




西園寺さいおんじ……叶夢かなむ、君……?」


それは同級生であり、私の通う学校の王子様と噂される人の名前。



「あ?そうだけど……お前、誰だ?」


どうやら私の予想は的中したらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る