第2話 過去の闇

───〝未来が見える力〟を持って生まれてしまった私の代わりに……




時々幻のように見えるものが、未来だということに気付いたのは幼稚園にいた時。うろ覚えではあるが、三歳と少し経った頃だったと思う。


同じクラスの子が紙で指を切り、大声で泣いている幻を見た。


もちろんその子は泣いてなどおらず、何だったのか自分でも不思議だったが、数分後。それは突如、現実となった。



いきなり泣き出したその子に先生たちが駆け寄ると、その子の指には真っ直ぐにのびる切り傷と、そこから滲む鮮血があった。



───ああ、私には未来が見えるんだ。


幼いながらにそう思ったことは、今でも鮮明に覚えている。



自分が普通の人とは違うということに気付いたのは、物心がついたばかりの頃だった。つまり、大体四歳くらい。


いつも一緒に遊んでいた友だちが、交差点で信号無視の車に撥ねられる未来を見た。



『○○ちゃん車にぶつかっちゃうから気を付けて!!』


まだ幼く、浅はかだった私は、彼女に告げてしまった。


忠告だけでなく、〝未来〟という名の真実までもを。



その時の私は予想もしていなかったが、案の定その子は驚き、私を気味悪がった。


『どうしてそんなこと言うの!?』 仕舞いには、そう叫んで泣き出してしまった。


それは帰りの時間の出来事で、気まずい雰囲気の中、私たちは別れた。



翌日幼稚園へ足を運んでみれば、私が見た未来のとおり。その子は車に撥ねられ、入院することになったと知らされた。


数ヶ月後に退院した彼女は、私を見るなり恐怖に顔を染め、『わたしに近づかないで!』と声を荒らげた。



『らなちゃんのせいでケガしたんだ!!この……あくまっ!!』


まわりにいた他の子たちは彼女に近付き、事故の前日にあったことを聞くと、みんな顔を強張らせた。



『らなちゃんとなかよくするとケガをするんだ』


『あくま』


『まじょ』


『しにがみ』


いつしかそんな噂や呼び名が広がっていた。



その時になって、私は漸く気が付いたのだった。


ああ、私はみんなとは違うのか、と。



そして、その時にはもう既に手遅れで、それから沢山のものを失った。


友達も、信用も……家族以外からの優しさも。




小学校に上がっても、勿論、同じ幼稚園だった人はいて、入学早々、私の噂は瞬く間に広がった。


どうしても伝えなければいけない話がない限り、誰も私に話しかけてはこなかった。


陰湿な虐めを受けることも少なくはなかった。




小学三年生の頃。私のその状況に気付いた担任が両親に相談したらしく、引っ越すことになった。


着いた先は前の町には遥かに遠く、私を知っている人は誰もいなかった。



同じ過ちを繰り返さないために、それ以来私は、自分の〝力〟を人に話すことはなくなった。


先生は虐められていることしか話さなかったらしく、両親は私の〝力〟を知らなかった。


幼稚園の頃、両親にそれを話したことはあったが、


私の勘が良いのか、それとも想像力が豊かなのだ、と捉えられただけだった。



だから私は、家族以外の人と関わることをなるべく避けてきた。


人に殆ど無関心な、冷めた人間になっていった。


関わってしまえば、いつかは未来が見えてしまうだろうから。


また私から離れていくだろうから……



人が傷付くことにあまり良い気はしなかったが、自分が傷付くことはそれ以上に嫌だった。


私の秘密を知った途端に態度を変える人間を助けたいとは思わなかった。思えなかった。



所詮私は、そんな冷酷な人間なのだ。

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