ソフィアお嬢様の望み 7

 ソフィアお嬢様を教室に送り、俺は使用人コースの教室へと向かう。そこでいつものように授業を受けて、昼休みは生徒会室へと赴く。


 シャルロッテ皇女殿下が貴族コースで授業を受けるのに対して、俺は使用人コースで授業を受けるために、昼休みはわりと自由に動くことが可能なのだ。

 それと引き換えに、ソフィアお嬢様のお茶会に顔を出す回数も減ってしまったけどな。


「あら、シリル。今日も私に会いに来たのね?」

「……フォル先輩、人聞きの悪い冗談は止めてください」


 死にゆく定めから逃れたはずなのだが、フォルは相変わらず生徒会室に一人――正確にはメイドのリアを連れてはいるが、クラスに友達がいないのだろうか?


「ちょっと、なにか失礼なことを考えているでしょう?」

「いえ、友達がいないのかな、と」

「正直に言えば許されるってものじゃないのよ? 病気のことは秘密だったのに、急に行動を変えたら怪しまれるじゃない。だから、いままで通りの行動を取っているのよ」

「……なるほど。友達がいないことは否定しない、と」

「泣くわよ?」

「あやすのが面倒なのでご容赦ください」

「……もぅ、貴方は仕方ないわね」


 クスクスと笑われてしまった。さっきはボッチ扱いしてしまったが、初めて会ったときよりずっと明るくなったな。心に余裕が出てきた証拠だろう。


「ところで、本当はなんの用なの?」

「実はフォル先輩にお願いがあってまいりました」

「良いわ、引き受けてあげる」

「まだ――」

「――なにも言ってないって? でも貴方は命の恩人だし、この状況で私に頼みに来る用件がなにかなら想像がつくわよ。と、言う訳で――」


 フォルがピンと人差し指を立てた直後、俺の背後からノックの音が響いた。



 来客はランスロット殿下、フォルが事前に呼んでいたようだ。

 フォルに頼みたかったのはランスロット殿下への取り次ぎ。ゆえに、フォルがそれを見越して彼を呼んでくれたのはさすがの一言に尽きる。

 だが――


「………………」


 生徒会室の奥にある部屋で、俺とランスロット殿下は無言で向き合っていた。

 どうやらこの王子様、憧れのフォル姉さんに呼ばれて飛んできたらしい。だと言うのに、フォルが貴方に用事があるのは私じゃなくて彼よ――とか言ったものだから不機嫌なのだ。


 ……年相応ではあるし、アルフォース殿下よりも大人びているのも事実だが、露骨に拗ねるのは王子としてどうかと思う。いや、男としてその気持ちは分かるけど。


「それで、執事のおまえが俺になんの用だ?」

「単刀直入に申し上げます。私と取り引きしませんか?」

「俺とおまえが取り引き、だと?」


 ピクリと眉を動かした彼は、即座に合図を送って使用人達は退出させた。同性とはいえ、王族がよその使用人と個室で二人っきりというのは異例の事態だ。

 どうやら、従姉の恩人として信頼してくれているのは事実のようだ。


「それで、おまえが俺に取り引きというのはソフィア嬢のことか?」

「そうです。そして貴方にとってはフォルシーニア殿下のことです」


 ランスロット殿下の目がすがめられた。

 同時に、彼の気配が剣呑に彩られていく。俺がソフィアお嬢様の婚約阻止と引き換えに、フォルの治療を交渉材料にしようとしていると思ったのだろう。


 そう誤解させたのはわざとだ。

 このままなら助かるが、俺の気分一つでフォルが人質に取られる可能性がある。たとえそうでなくとも、俺がいなくなることで同じことが起きると認識させる。

 そして――


「これをご覧ください」


 ランスロット殿下に一枚の紙を差し出した。そこに書き込まれているのは、俺が開発しようとしている魔導具のカタログスペックだ。


「これは……どういうものだ?」


 おっと、さすがにカタログだけじゃ通じないか。うっかりシャルロッテ皇女殿下を相手にしているときの感覚で対応してしまった。


「大まかに言うと、それは人の魔力を引き出し、魔石に込めることの出来る魔導具です」

「ほう? では、これがあれば魔石の消費量を抑えられると言うことか?」

「そうですね。それが本来の使い方と言えるでしょう」


 魔力の変換効率という意味でなら、直接魔術を使う方が圧倒的に効率が良い。だが、たとえば明かりを長時間使用する場合は、魔導具を起動して設置した方がずっと楽だ。

 そういう意味では、この魔導具は魔石の消費量を抑えることになるだろう。


「だが、本当に可能なのか? 魔石に魔力を込めるというのは聞いたことがないが?」

「可能です。ただし、それ自体は不可能だったとしても関係ありません。重要なのは、その魔導具に使う魔術が従来とは違う、という点です」


 他人の魔力を引き出す魔術はもとから存在していた。だがその吸収量は少なく、魔力抵抗が高い相手には意味をなさない。ゆえに、フォルには使えなかった。

 だけど俺は、フォルから魔力を吸収している。


 これは、俺の素質が優れているという意味ではない。ただ、俺の使う魔術が前世由来で、この世界の魔術よりも吸収効果が高いというだけの話である。


「……ちょっと待て。おまえはたしか、フォル姉さんの魔力を……」

「はい、吸収したことがございます」


 予想が確信に変わり、彼の顔が驚きと期待に満ちていく。

 それが最高に達した瞬間、俺はその言葉を告げる。


「この魔導具であれば、フォルシーニア殿下の魔力を抜くことが出来るでしょう」

「ほ、本当か!? 本当に、そんなことが可能なのか!?」

「クリアしなければいけない条件はありますが、それさえ達成することが出来れば、魔力を引き抜く魔導具を創ること自体は可能です」


 フォルの魔力抵抗を考えると、魔石に魔力をチャージするというよりも、魔石の魔力を使って魔力を抜く――くらいになってしまう可能性は高いだろう。

 だが、フォルの魔力を抜くことは確実に出来る。フォルが意識を失うなどで、自力で魔力を放出できなくなったときの緊急措置が可能になる、という訳だ。


「素晴らしいアイディアだ。だが実際に作れなくては意味がない。クリアしなければならない条件とはなんだ?」

「いくつか問題がありますが、一番の問題はデバイスです。フレイムフィールド皇国で作られた、最新式のデバイスが必要です」

「……ふむ、フレイムフィールド皇国のデバイス、か。いまならちょうどハロルド皇子殿下やシャルロッテ皇女殿下が来ているから、頼めば手に入るな」

「その点について、少し条件がございます」


 いますぐにでも飛んでいきそうなランスロット殿下に待ったを掛ける。

 そうして、デバイスの本来の使用目的を決して漏らさないことをお願いした。そのうえで、架空の使用目的を用意するので、ラクール商会を通じて入手するようにお願いする。


「ラクール商会だと?」

「はい、信用できる商会ですので、本来の使用目的を隠すのには最適です」

「……良いだろう。条件というのはそれだけか?」

「あと一つ。デバイスは最低二つ。予備を考えれば、四つほど用意していただきたい」

「分かった。それがフォル姉さんの安全に繋がるのならお前の言うとおりにしよう。それで、デバイスとの交換条件が、ソフィア嬢の婚約阻止、という訳か」


 疑問と言うよりも、確認の意味合いが強いようだ。彼は「フレイムフィールド皇国との関係の悪化に繋がらぬ理由を考え、父上を説得せねばならぬな」と呟いた。


「いいえ、それには及びません。陛下を説得する材料は私が用意いたします」

「……おまえは、なにを言っている?」

「私がなぜ複数のデバイスを望み、その入手目的を隠すようにお願いしたと思いますか?」

「それは……」


 なにか言いたげな顔で、探るような視線を向けてくる。どうやら、ソフィアお嬢様の魔力過給症についても知られているらしい。

 ゆえに、俺はその問い掛けに対して、いいえと首を横に振った。


「それについては予備を使用するつもりでした」


 ソフィアお嬢様の側には俺がいるし、魔術抵抗が高くないソフィアお嬢様が相手であれば、他の魔術師でも対応することが出来る。

 お嬢様のための魔導具は出来れば欲しいものであって必須ではない。


「では、もう一つは……まさか。いや、しかし……」

「私もまだ確信はありません。ゆえに、現在はその情報を集めている最中です」


 だが、おそらくは間違いないだろう。

 そもそも、光と闇のエスプレッシーヴォの前夜祭において、フレイムフィールド皇国の二人がこの国に留学してくるのは来年だった。


 にもかかわらず、急に留学を早めた。

 いくら魔術に興味があるとはいえ、いくら皇位継承権が低い王族とはいえ、制服を作る暇もない速度で飛んでくるなど不自然だった。

 なぜそこまで急いているのか、その答えはシャルロッテ皇女殿下の言動の端々にあった。


「……これは驚いた。それが事実であれば、交渉材料としてソフィア嬢の婚約阻止は容易いな。そのうえで、フレイムフィールド皇国にも貸しが作れるだろう」

「では、取り引きに応じていただけますか?」

「良いだろう。おまえは思うままに暴れるが良い」


 こうしてランスロット殿下との取り引きは成立した。切り札として用意したフラウの人形師という言葉は使う機会がなかったな。

 今度、別の機会にプレゼントするとしよう。

 



 ◆◆◆あとがき◆◆◆


 お読みいただきありがとうございます。

 先日から、今作の兄妹作的な新作を投稿しています。

 以下あらすじ&URL


『悪役令嬢のお気に入り 王子……邪魔っ』

 前世の記憶を思いだしたアイリスは、自分が過去に戻って他人に転生したことを知る。前世の自分は隣国の幼き王女で、今現在隣国に存在しているのだ。

 このままでは前世の自分が慕っていた王子の裏切りにあって破滅してしまう。

 前世の自分を救おうと考えたアイリスは、二度の人生で得た知識を駆使して王子に気に入られ、王女の教育係という地位を手に入れる。

 そうして前世の自分の側にいて、破滅の未来を書き換えようとするのだが……

「おまえは本当にフィオナがお気に入りなのだな」

「ええ、だから王子に構ってる暇はないんです。あと、勝手に髪に触らないでください」

「心配するな、おまえの髪はサラサラだ」

「そんな話はしてないよっ!」

 この裏切りの王子、とても邪魔である。


 女版シリルのようなアイリスの物語、ぜひご覧ください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054896590488

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