光と闇の裏表 3

 悪役令嬢の執事様

 一巻発売は――今日!

 KADOKAWA ドラゴンノベルスより発売です!

 かーらーのーコミカライズ決定!


 悪役令嬢の執事様はおかげさまでコミカライズが決定いたしました。

 詳しくはTwitterをご覧ください。

https://twitter.com/tsukigase_rain/status/1245871818855989249?s=20



   ***本編***



 アーネスト・ローゼンベルク。

 それはソフィアお嬢様の下の兄の名前である。

 プラチナブロンドにアメシストの瞳。ソフィアお嬢様ににた容姿をもつ彼はキリッとした美形で、女性達から絶えず注目を浴びている、らしい。

 だが正直に言うと、俺はあまり彼のことを知らない。


 第一に、無印の光と闇のエスプレッシーヴォでは彼の存在にあまり触れられていない。お嬢様の破滅と無関係な存在であるため、あまり意識していなかったのだ。

 加えて、彼は初等部から学園に通っていたために俺との接点が少なかった。


 そんな訳で、俺は表向きの話である、幼馴染みのご令嬢と恋仲にあるという噂を信じていたのだが、それは互いに言い寄ってくる異性を遠ざけるための関係だったらしい。

 これはソフィアお嬢様も知っている事実のようだ。


 ちなみに、前夜祭の情報によると、相手のご令嬢はまんざらでもないらしい。だが、その点については取り敢えず関係ないので隅に置いておく。

 問題は彼のルートで、ソフィアお嬢様が悪役令嬢のポジションであることだ。


 前夜祭ではソフィアお嬢様がブラコンで、兄を取られて嫉妬する。そうしてパメラにイジワルをするというのがストーリー。

 だが、いまのお嬢様がアーネスト坊ちゃんを取られたからといって、闇堕ちするとは思えない。少しくらい拗ねることはあるのかもしれないが、とにかくそれくらいだろう。


 だが、そのアーネスト坊ちゃんが留学から帰ってくるのは年度末。つまり、あと季節一つ分ほどはあったはずなのに、予定を切り上げて帰ってくると言う。

 最初からストーリーをそれた展開に嫌な予感がひしひしとする。


 そして、そういう予感ほどよく当たるものだ。

 一週間ほど過ぎたある日。

 留学先から帰ってきたばかりのアーネスト坊ちゃんに呼び出された。覚悟を決めた俺は、彼が待っているという応接間へと顔を出した。


「アーネスト坊ちゃん、お帰りなさいませ」

「来たか。久しぶりだな、シリル」

「はい、ご無沙汰しております」


 恭しく頭を下げてから、アーネスト坊ちゃんをまっすぐに見る。

 ソフィアお嬢様の兄と言うだけあって、その容姿はよく似ている。ソフィアお嬢様に男装をさせたらこんな感じのなるのだろうか?

 前夜祭で攻略対象になるのも納得の美少年だ。


 そんな彼は、昨年度からいままでフレイムフィールド皇国の学園に通っていた。ゆえに俺がこうしてまみえるのは約二年ぶりである。

 もっとも、以前から交流があった訳ではない。少なくとも、留学から帰ってきたからといって、旧交を温めるために俺を呼ぶ、なんてことはないはずだ。


「今日、シリルを呼んだのは他でもない。俺が留学中の話を聞かせてもらおうと思ってな。随分と派手にやっているそうじゃないか」

「ソフィアお嬢様が派閥を作った件でございますか?」


 とっさにいくつか思いついたが、その中では比較的無難な案件を口にする。さすがにここで、王族に呼び出しを受けた件ですか? などとは聞けないからな。


「ああ、その件も聞いている。わずかな期間で大きな派閥を作ったそうだな。一体どういうつもりかと、ランスロット殿下から問い合わせがあったぞ」

「――っ。それは、申し訳ありません」


 下手をすれば、ローゼンベルク侯爵家が第一王子に反旗を翻したと受け取られてもおかしくはなかった――と、そう責められているのだと身構える。

 だが、アーネスト坊ちゃんはそうではないと首を横に振る。


「事情は父上からも聞いている。なにより、あの頼りなかったソフィアが、自分で派閥を立ち上げるに至ったのだ。兄として協力することはあっても、批難することなどあり得ぬ」

「勘違いをしたこと、謝罪いたします」


 兄が妹を責めることなどあり得ないと彼は言っているのだ。それに気付いた俺はすぐに謝罪をしつつ、必死で頭を働かせていた。


 アーネスト坊ちゃんは、ランスロット殿下と連絡を取り合っているらしい。そのうえ、当主であるグレイブ様からもソフィアお嬢様のことを聞いていると口にした。


 隣国の王都までは、魔導飛行船による定期便で繋がっている。むろん一般人が気楽に使えるものではないが、侯爵子息である彼が手紙を送ることは難しくない。

 そう考えれば、手紙によるやりとりの頻度は決して少なくない。アーレ伯爵家を潰したことや、王族に呼び出しを受けたことも伝わっている可能性が高い。

 普段交流のない俺を呼び出した理由はそのあたりだろうか?


 前夜祭の設定によると、ソフィアお嬢様は兄である彼に懐いていた。それはつまり、アーネスト坊ちゃんもまた、ソフィアお嬢様に相応の愛情を注いでいたと言うことだ。

 ……いや、上辺だけの優しさという可能性もあるが、姉さんの情報によるとそれはない。少なくとも、ソフィアお嬢様を嫌っていると言うことはないはずだが……


「それでは、なにをお話しすればよろしいでしょうか?」

「俺が留学中の話、全てだ」

「全て、ですか?」

「そうだ。まずはソフィアが受験で高得点を叩き出したことを聞かせてもらおう」


 目的は分からないが、そういうことなら――と、ソフィアお嬢様が受験に向けてレッスンを頑張り、試験でおとしたのはケアレスミスの一問だけであることを伝える。


「では、実質は満点だったのだな?」

「……はい、その通りでございます」


 答えられない問題ではなく、ミスによる減点。満点を取れる可能性があったのは事実だが、それを実質満点というのは少し甘い。

 だが、ソフィアお嬢様がその一問を落としたのはミスではなく故意。そういう意味では、実質満点と言っても差し支えがないだろう。


「素晴らしい! 学問、礼儀作法、芸術、美貌! あらゆる科目において、既にデビュタントを迎えられるレベルに達しているとは、さすがは我が妹だ!」

「はい。ソフィアお嬢様はとても頑張っていらっしゃいます」


 むしろ頑張りすぎなくらいである。


「では、派閥を作った理由についてもあらためて聞きたい。父上の話は簡潔すぎるからな」

「かしこまりました」


 問われるままに、ソフィアお嬢様が派閥を立ち上げた原因を話す。

 その過程で、アルフォース殿下と関わり、彼の取り巻きとなっていた選民派にちょっかいを受けたことも包み隠さず口にする。

 客観的に事実を口にすることが執事としての基本的な役目だからだ。


「なるほど、アルフォース殿下も要注意人物のようだな」


 だが、彼の呟きを聞いて苦々しく思う。アルフォース殿下があれこれやらかしたことは事実だし、それを隠すことを良しとするつもりはない。

 だけど、それはあくまで過去の失敗だ。いまの彼が愚かな訳じゃない。


「僭越ながら、ご意見することをお許しください」

「許そう。思うことがあるのなら言ってみるがよい」

「感謝いたします。アルフォース殿下はたしかに失態を犯しましたが、いまも愚かなままではございません。彼は第二王子として日々成長を続けております」

「そのことなら知っている」


 返ってきた言葉に困惑する。分かった上で、彼を要注意人物だと結論づけた。ミスは決して許さない、ということだろうか?


「理解できないようだな。俺が彼を要注意人物だと口にしたのは、新入生の歓迎パーティーで、ソフィアをダンスに誘ったことだ」

「なるほど、そのことでしたか」


 ――と答えてみたものの、まるで意味が分からない。

 アルフォース殿下がローゼンベルク侯爵家の後ろ盾を得るために、ソフィアお嬢様を婚約者にしようと考えているとでも思われたか?


「アルフォース殿下は野心家ではありませんよ?」

「いいや、彼は間違いなく野心家だ。この国の玉座などよりとても尊い国の宝、我が愛する妹とダンスを踊ろうとしたのだからなっ!」


 拳を握り締める彼を見て、あぁなるほどと納得する。

 冷静に考えてみれば、特におかしなことはない。なぜなら、前夜祭におけるアーネスト坊ちゃんは、悪役令嬢として育ったソフィアお嬢様を可愛がっていたのだ。


 メイドに嫌がらせを受けたことで性格が歪み、決して愛想が良いとは言えない。そんな状態のソフィアお嬢様を可愛がっていたのだ。


 ならば、性格は歪むことなく天使のように愛らしく育ち、礼儀作法は洗練されており、笑顔でまっすぐに愛情を口にする。そんな状態のソフィアお嬢様が相手なら――


「あれは俺の妹だ。どこぞの王子になんぞやらん!」


 シスコンになるのは必然だろう。

 いまにして思えば、心当たりがありすぎる。たとえば――と、アーネスト坊ちゃんが留学に行くときの二人のやりとりを思い返す。


『アーネストお兄様、留学に行ってしまわれるのですね』

『ああ。フレイムフィールド皇国の魔術は優れていると聞く。ゆえに、この国の未来のために、俺はかの国へ留学することを決めたのだ』

『お兄様がこの国の未来のために留学するならばお止めはいたしません。だから、とても寂しいですけど……お兄様、どうか気を付けていってらっしゃいませ』


 あのときのソフィアお嬢様は、少し寂しげに微笑んでいた。アーネスト坊ちゃんがどのように感じたかは考えるまでもない。

 ――と、そのようなことが度々あったので、アーネスト坊ちゃんの妹に対する愛情が原作よりも多くなっているのだろう、仕方ないね。


 というか、アーネスト坊ちゃんがシスコン化、か。

 原作のストーリーを考える限り、特に問題はないように思える。あえて言うなら、パメラがアーネスト坊ちゃんのルートに入りづらくなるくらいだろう。


 ――と、安堵は出来ない。

 アーネスト坊ちゃんはさきほど、アルフォース殿下“も”要注意だと言った。その時点で気付くべきだったのだ。彼がなぜ、普段あまり接点のない俺を真っ先に呼びつけたのか。

 つまりは――


「という訳で本題だ。文化祭では随分と活躍したらしいな、シリル?」


 脳裏に思い浮かぶのは、光と闇のエスプレッシーヴォのラストシーン。キスの寸前に消えるはずの照明がお嬢様の悪戯で消えなくて、お仕置きを兼ねて顔を寄せた瞬間のこと。

 い、いや、落ち着け。

 まだ文化祭のことを聞かれただけだ。演劇の話とも決まっていない。


「聞かせてもらおう。我が愛しの妹と光の降り注ぐ舞台の上で……なにをした?」


 ……うん。まぁ、文化祭の話を知ってるなら、演劇の話も知ってるよね。

 つまりは――

 こっちでも俺とパメラの立場が入れ替わり、攻略対象と悪役令嬢が入れ替わっている!


 やばい、非常にヤバイ。

 アルフォース殿下ですらどこぞの王子扱い。では、ただの執事である俺は一体どのような位置づけなのか、羽虫のように処分されそうな気がする。

 下手なことは言えない。だが、決して嘘を吐くことも出来ない。

 だから――


「私は、お嬢様の上がる舞台を成功に導くために必要なことをいたしました」

「必要だからと、あの愛らしい唇を奪ったというのか……っ」


 演劇の話を知ってるなら、ラストシーンのあれも知ってますよねぇ!


「い、いえ、まさか。照明が落ちなかったためにそう見せただけでございます。誤解を招きかねない結果になったのは事実ですが、唇を奪うなどしておりません、決して」

「つまり、我が妹に好意は抱いていない、と?」

「むろん、心からお慕いしております。ソフィアお嬢様は私がお仕えするお方ですから」


 嘘はつかない。嘘は、ついていない。

 その意思を瞳に込め、アーネスト坊ちゃんの視線を真正面から受け止めた。


「……では、ソフィアに魔の手が迫ったらどうする?」

「むろん、命を賭してでも万難を排除いたします」

「ならば、ソフィアがなにかを願えばどうする?」

「全てを賭して叶えて見せましょう」

「それがおまえにとって不利益な結果に繋がるとしても、か?」


 どこか試すような視線が向けられる。

 だが、そんなことは今更すぎる。

 最後に簡単な質問が来たことで、思わず笑ってしまいそうになるのを隠すのが大変だった。


「私はソフィアお嬢様の専属執事、彼女のために生きる覚悟はとうに出来ております」


 彼女の願いを叶えることが俺の願い。

 だから、彼女の願いが俺の不利益になることなどあり得ないと断言する。


「……そう、か。良いだろう。その言葉を信じてやる。だが覚えておけ。もしもソフィアを悲しませるような真似をすれば、俺はおまえを排除する」

「肝に銘じます」


 深々と頭を下げ、安堵の溜め息をついた。

 どうやら九死に一生を得たらしい。


 だが……非常に嫌な予感がする。トリスタン先生の口から聞いたとき、ほぼ関係ないからと受け流していた情報がある。

 それは、ヒロインであるパメラが半端に三人を攻略しようとして失敗した場合。それぞれの悪役令嬢である三人を敵に回して破滅するという三つ巴バッドエンドのことだ。


 パメラが三人に半端に言い寄って破滅するなど、中の人が操作しない限りあり得ない。だから、この現実において、その結末を心配する必要はないと思っていた。

 だけど――


 ランスロット殿下のルートでは、俺がパメラポジになり、悪役令嬢ポジになったランスロット殿下に睨まれるという状況に陥った。


 そして今回、アーネスト坊ちゃんのルートでも俺はパメラポジになり、悪役令嬢ポジになったアーネスト坊ちゃんに睨まれている。


 悪役令嬢ポジ――実際は悪役王子と悪役子息だが、二つのルートで俺が睨まれている。

 もしこれでフレイムフィールド皇国の皇子にまで睨まれることになったら、俺は三人の悪役令嬢ポジの者達に睨まれることとなる。

 三つ巴バッドエンドで俺が破滅する可能性が見えてくる。


 ……いや、落ち着け、大丈夫だ。

 たしかに、なぜか俺はパメラポジにいる。だがそれは別に、ゲームの強制力が働いたとかではなく、俺の行動の結果であるはずだ。

 少なくとも、フォルやソフィアお嬢様の件については誤解を招いた心当たりがある。


 だが、だからこそ、フレイムフィールド皇国のルートについては安全だ。

 なぜなら、俺は隣国になんて行ったこともない。彼らが留学してくるという話だが、それはまだ先の話だし、俺から関わろうとしなければなんの問題もない。


 つまり、ここから三つ巴バッドエンドを避けることは可能だ。そう考える俺を嘲笑うかのように、アーネスト坊ちゃんが口を開いた。


「そう言えば、フレイムフィールド皇国の皇女がおまえに興味を抱いていたぞ」――と。

 

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