第5話 謀反

 こちらの世界に迷い込んでから、約一か月の時が経過していた。

戦いは地下都市だけでなく、地上やプロトタイプの地下都市でも勃発し、その都度俺達は反政府組織の面々を救いだしては地下のアジトに連れて帰った。現在、麗を除くすべての反政府組織が、案山子のアジトに集結していた。住居棟はこちらのマンションだけでなく、アジト内にもあり、同志の皆様はそちらに入居したらしい。どうやら仕事もほとんどの同志がアジトの情報管理部門で働いているとの事だった。

 ちなみに、このマンションに住む関係者は俺と寿々音と璃璃華の三人だけというのも最近になって分かったのだが、その理由というのが、たまたま俺達がこの世界に迷い込んだ時、住居棟の建設が終わっていなかったという単純なものだった。

 反政府組織は、ハッキングなどのソフト面ではかなりの実力者がいるのに対し、ハード面はほぼ脆弱といっていい。

 政府軍がスピリチュアルスーツの兵士達を送り込むのに対し、反政府組織は生身の、それもろくに軍事訓練を受けていない者達の集団で、俺達が加わらなければ、明らかに彼らの方が歩が悪かった。

 それでも闘いは常に俺達の圧勝で終わり、反政府組織の面々から絶対的な信頼を得るに至っている。

 日々繰り返される戦闘の中で、俺の能力は確実にレベルアップを重ね、案山子もその成長ぶりに驚きを隠せない様であった。

 同時に、俺の中でも変わりつつ感覚があった。政府軍のスピリアルスーツが、もはや「もの」としかとらえられなくなってきたのだ。 

 慣れというのは恐ろしい。最初の頃は、いくらレプリカ的存在だといっても、本当は中に生身の人間が混じっているのではという猜疑心から派生した罪悪感が、常に付き纏っていた。  

 だが、それは場数を踏むにつれ、次第に何も感じなくなっていた。そのうち、笑いながら意気揚々と疑似殺戮を繰り返すようになるのかもしれない。

 今日は久々のオフ。今朝はゆっくり寝ていようと布団に潜っていたのだが、璃璃華に叩き起こされ、結局いつもの時間の朝食となった。

 寿々音は既に着替えており、今日は制服じゃなくてデニムのミニスカ―トにアイボリーのカットソー。

「喜多、今日行きたいとこあるし、付き合って」

 寿々音がデザートのヨーグルトを一口スプーンですくう。

「付き合ってって……何処へ?」

「地上」

「地上? おい勝手に行っていいのかよ」

「うん。私、ちょくちょく行ってる」

 彼女は悪びれることなく、しれっと答えた。そういえば、ここに来た最初の日、地上に出れるか彼女に聞いたら簡単に出れるような口ぶりで答えたのを思い出した。

「どうやって行くんだ、地上まで」

「専用のエレベーターがあるし」

「何処に?」

「この近くの駅ビル」

「へ?」

「大丈夫、私、道順知ってるから」

 寿々音は器の中に僅かに残ったヨーグルトをスプーンで丁寧に掻きとった。

「ここで待ってるから、早く着替えて」

 寿々音は席を立つと璃璃華に御馳走さまと声を掛け、ソファーにごろりと横になった。

「地上か……」

 ふうっと大きく吐息をつく。

 道順どうのこうのって言ってたから、多分今回は麻里李の送迎はないようだ。

 てことは、二人きりかよ……これって、デートじゃん!

 状況はどうであれ、どう考えたってデートだ。しかもJKとだぜ。

 考え方によっちゃ、犯罪だぜ、これは。

 いいや、そんなこたあない。何だかテンションあがってきたぞおおっ!

「喜多、何を興奮している」

 無意識のうちにガッツポーズをしていた俺を、璃璃華が覚めた目で見ていた。

「ベッドの上に服を用意しておいた。気をつけて行け」

 俺は慌てて朝食を平らげて璃璃華に礼を言うと、着替える為に寝室に向かった。

 洗いざらしの黒いデニムパンツに黒のカットソー。璃璃華はどうしてここまで黒にこだわりがあるのか。俺の着る衣服は常に上下黒で統一されている。

 バタバタと着替えて髭剃り・洗顔・歯磨きを超高速で終わらせると、念の為変装用のマスクと眼鏡を掛け、寝室を後にする。

「お待たせ、行こうか」

「喜多、何か私とデートに行くみたいな気分になってない?」

 寿々音が悪戯っぽくにやにや笑う。

「何言ってやがる! 保護者だよ保護者っ!」

 俺は慌てふためきながらしどろもろに答える。

 何て勘のいい奴! 完璧に俺の意識を見透かしてやがる。

「じゃあ、行こう! お父さん!」

「お、おい、お父さんはないだろ。せめてお兄さんにしろっ!」

 ぶつぶつぼやいた矢先に、寿々音は突然腕を組んできた。

 一瞬にして、俺は茹でダコの様に顔面を真っ赤にしつつ、困惑した面相でよたよた通路を進む。

 マンションを出てほんの百メートルも進まないうちに駅ビルに到着。地下鉄やバスの乗車場所には向かわず、そのままビルの中に入る。行き交う人を擦り抜けて行くと、エレベーター乗り場にたどり着く。

「これなの?」

「そうよ。途中で乗り換えが必要だけど。こっち来て」

 寿々音は俺をずりずりと引っ張って行く。そしてズラリと並ぶ自動発券機の前でぴたりと立ち止まった。

「ここで乗車券を買うから」

「乗車券って、エレベーターの?」

「うん」

 エレベーターの乗車券なんて聞いたことねえ。

 呆気にとられてる俺を放置して、寿々音はさっさと券を購入すべく発券機の前に並んだ。

「はい、往復で五百八十円。立て替えといたから、後で返してね」

 切符を渡され、俺は黙って頷いた。

「お待たせえ」

 聞き覚えのある声が、背後から響く。

 振り向くと、やっぱりそうだ。麗だ。今日は淡いブルーのワンピース。眼鏡が黒縁から銀縁に変わっている。

「待ったあ?」

「大丈夫です。私達も今着いた所ですから」

 寿々音が買ったばかりの切符を麗に見せる。

「じゃあ、私も買ってくるね」

 麗は踵を返すとちょこちょこと小走りで券売機の前に並んだ。

「寿々音、麗さんも一緒に行くって約束だったの?」

「うん、そうだけど。言わなかったっけ?」

「聞いてない」

「なんかがっかりしてるしぃ」

 寿々音がじっと俺の顔を覗き込む。

「んなことないけど」

 くそう、また見抜かれちまった。勝手に俺が思い込んでいるだけの疑似デートだったけど、気分的にはのりのりだったのに。

「ごめんごめん、やっと買えたあ! ん? どうしたのお?」

 不穏な雰囲気の漂う俺と寿々音を前に、麗は状況が呑み込めずにきょとんとしている。

「じゃあ行きましょうか」

 麗はにこっと微笑むと先頭切って歩き始めた。麗もそれなりに化粧はしているものの、下手すれば寿々音の方が大人びて見えてしまう。本当に三十四歳なのか? それにバツイチだってのも何か現実味がない。

 ゲートの様なものを抜けて乗車口の列に並び、程無くして俺達はエレベーターに乗り込んだ。エレベーターと言っても俺が記憶している様な代物じゃない。円筒形で、広さはコンビニ位のスペースがある。

 何秒もたたないうちにエレベーターは到着した。

「着いたよ。此処から乗り換えるから」

 扉が開くや否や歩き出す寿々音の後を慌てて追う。

 大勢の通行人が行き交う中、寿々音は迷う事無く颯爽とコンコースを進んで行く。

 乗り換えのエレベーターは、位置としては対照的な全く正反対の方向にあった。明らかに外部からの侵入を防ぐ意図が読み取れる構造だ。

 ゲートをくぐり、エレベーターに乗り込む。規模としてはさっきの半分位の大きさだろうか。

 現在位置を示すランプが最上階――地上で止まった。

 扉が開き、俺達はエレベーターから外に出た。

「こんなに簡単に地上と行き来出来るのに、存在が公開されていないと言うのが信じられないんだけど」

「後ろを振り向いて見て」

 寿々音に言われて振り向くと――えっ?

 無い。載って来たエレベータ―が消え、唯の壁になっている。

「フェイクウォールよ。切符を持っている者じゃないと扉は姿を現さないし、開かない。それにあの一角は少し入り込んでいて、地上の防犯カメラからは死角になっている。反対に私達の都市側が配備した監視カメラにはばっちり映っちゃうけどね」

 寿々音は周囲の目を気にしながら、小声でそっと俺に囁いた。

「それも、まずいんじゃねえの」

「大丈夫よ、今のところは公安も何も行動を起こそうとはしてない」

 寿々音は前を向いたままそっと答えた。

「車を手配しておいたから、こっちへ来て」

 麗に従い、俺達は駅ビルを出た。

 途端に、強い日差しが俺達を襲う。俺達の街は常に過ごし易い気候が維持されているからか、夏本来の強い日差しは久し振りだった。

 麗が向かったのは駅前のレンタカーの営業所だった。

 彼女が受付に声を掛けると若い女性の担当者が現れ、すぐに車を用意してくれた。一〇〇〇CCクラスのコンパクトカー。

「二人は後ろに乗ってね。もし事故ったら、案山子に申し訳ないから」

 麗の気遣いに俺と寿々音は顔を見合わせた。恐らくこの車が原型をとどめない位大破しても、俺達は平然としているに違いない。まあ、そこは上げ足を取る様な事はせずに、彼女の好意に従った。

「麗さん、これからどこに行くんですか」

 シートベルトを締めながら麗に話しかける。

「私達がここに迷い込むきっかけとなった場所よ」

 麗はウインカーを点滅させると、静かに車を走らせた。

 きっかけの場所って……まさか、喜多の家?

「麗さん、そこって、公安とかうろうろしているんじゃあ。確か、セキュリティーも厳しいって話だし。近づくの危険ですよ」

 驚きの余りに声がひっくり返る。

「大丈夫。いざとなったらブラインド降ろしちゃうし。それに、今日は土曜日でしょ? 私の調査では、喜多は週末はあそこに行かないから。本人がいないとなると、公安のSPもいない訳よ。てことは、セキュリティーは緩くなっているはず。敷地にさえ入らなければ心配ない」

「喜多の家に行って、何をするつもりなんですか?」

「確かめたいことがあるの。でも敷地には入らないから心配しないで」

 麗は声高に自信に満ちた声でたたみかけるように言い放った。俺の不安を払拭するためなのか、それとも俺の忠告を聞き入れるつもりはないという強い意思表示なのか、彼女の心意は分からない。

 ただこれ以上、俺が引き留めたところで、受け入れられる可能性が皆無なのは一目瞭然だった。

 俺は説得を断念し、車窓に視線を向けた。桜並木の続く二車線の車道沿いには飲食店やコンビニ、薬局などが軒を連ねている。

 俺のいた世界と大差のない風景。ここの街の住民達は、自分達が政府から見捨てられていると知ったら、どう思うだろう。

「麗さんは、この世界に来て何年になるんですか?」

 俺は沈黙に耐え切れなくなり、麗に声を掛けた。

「うーん、そうね……十七年になるかな。私が此処に迷い込んだのは高校二年の時だったから」

「麗さんも、やっぱりあの場所?」

「そうよ。学校の帰り道に、いつも通る道なのにおかしいなって思ってたら、あの家の庭先に入り込んじゃって。気が付いたら、此方に来ていたの」

「寿々音みたいに、その時政府軍に襲われたとかはなかったですか?」

「ええ。私の時はあの家の中からすぐに喜多が飛び出してきて、しきりに私に謝ってた。実験に巻きこんでしまった、すまないってね。初め、この人は何で私に謝っているのか分からなかった。気味が悪かったから、さっさと自転車に乗って逃げ出したの」

「え、何処へ?」

「自分の家。でもね、どんなに走っても街の様子が変だった。いつもの見慣れた風景とは、何処か違うのよ。やっと自分の家に着いたと思ったら、何か雰囲気が違うし、表札もよくよく見れば知らない他人の名前になっているし、途方に暮れている所に彼が車で飛んできてくれたの。事情を話すから付いて来てくれって。最初、説明を聞いても何の事か分からなかったし、最後には心細くて泣くだけだった。それからよ、私が彼の保護を受けて生活し始めたのは」

ハンドルを巧みに操りながら、麗は朗々と語った。

「学校もあの家から通ったんですか」

「ううん。ちょうど第一弾の地下都市が出来た時で、彼もそちらに本来の住居があったから。今はメインの都市に移っているけど」

「一緒に暮らしたんですか?」

「うん、まあそうね。彼の計らいで住民登録やら高校への編入やらこまごまとした所はやってもらえたから、何とか生きていく事は出来た。大学、大学院と進み、研究室に残った。彼はその研究室の助手だったの。専攻は空間物理学。何とか元の世界へ帰れる方法はないのか調べるのが目的だった。彼とは、公私共にいつも一緒だった。彼との結婚はその流れでね。式は上げずに入籍だけしたの。でも結局別れちゃったんだけどね」

「原因は何だったんですか。あ、こんなこと聞くもんじゃないですよね。すみません」

 俺が慌てて謝罪すると、麗はいいよいいよと笑みを浮かべた。

「地下都市が完成した辺りから、彼は変わってしまった。以前よりも研究に没頭するようになり、私の事なんか眼中にないって感じだった。私が文句を言うと、『自分がやらなければ日本が滅びる』って激しい剣幕で怒鳴り散らすの。それからね。色々とすれ違いが多くなってさ、最後には離婚て訳。彼がいない時に、テーブルの上に離婚届を置いて私の方から家を出て来た。一人きりになって、少しでも私の気持ちが分かるといいんだけど……まあ、無理だろうな」

「御免なさい。思い出したくない事を聞いちゃって」

「ううん、いいよ。いつかは話しておこうって思ってたから」

 さばさばとした口調でしみじみ語る麗に、俺は何かしら心の奥からぐっとこみあげて来るのを感じた。

 俺の思い過ごしだろうか。麗は喜多に言えなかった思いを、喜多のレプリカ的存在の俺に疑似告白する事で、勝手に家を飛び出した罪悪感を癒したかった様に感じる。

 ひょっとしたら、麗はまだ喜多に未練があるのかもしれない。

 寿々音は今の話しを聞いてどう感じたのだろう。終始無言のままなのは、個人的な話だけに立ち入るのをわきまえているのか、それとも、この手の話そのものに興味がないのか。   

まてよ。麗がこれからの行先を告げた時もノーリアクションだった。普通なら俺と一緒に必死に麗を止めようするはずだ。  

 俺は、ちらりと寿々音に眼線を投げ掛けた。

 寝ていた。

 くかあっと大口開けて爆睡していた。

 信じられねえ。

 呆れて見ていると、かくんと頭が揺れ、俺の肩にもたれかかって来る。

 嫌な予感。

 大当たりだった。ぱっくり開いた口から透明な涎が蜘蛛の糸の様につつつううううっと垂れ下がり、俺の肩を濡らし始めた。

 車が、小さな公園の駐車場に入り、止まった。

「着いたよ。ここから歩いて――ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 麗は後ろを振り向くなり、困惑顔の俺と肩の惨状を見て変な笑声を上げた。

「寿々音、起きろっ!」

 肩を揺さぶると、彼女は驚いた様な顔付きで目を覚まし、何事も無かったかの様に右手の裾で口を拭った。

 ったく。こいつ、なんだかんだ偉そうな口聞くけどまだまだお子様じゃねえか。

「さ、車から降りて。あの家の周りは車を止める場所は無いし。此処から歩くしかないからね」

 麗の指示に従い、車を降りる。公園の向こうに、廃墟と化した化学工場跡が、そして公園と隣接した民家の方に、見覚えのある木の塀と板壁の民家が見えた。

「安心して。工場周辺の立ち入り制限は五日前に解除されたから、もう警官はいないはずよ」

 麗は少しも警戒する素振りを見せずに、公園へと足を踏み入れた。

 確かに麗の言うとおり、事故現場に近付いて行っても駆け寄って来る警官の姿も、立ち止まって此方を伺う実は中身はおっさん女子校生型スピリチュアルスーツも、全く存在しなかった。それどころか、俺達以外にも高校生位の男子が何人かで廃墟の中を歩き回ったり、散歩中の若いお母さんが事故現場を指差して子供に何か話し掛けている姿が見える。

「寿々音は、ここに来ることを知っていたのか?」

 まだ寝起きでぼうっとしている寿々音の顔を覗き込む。

「うん。時空操作の秘密を確認したいから手伝ってくれって。手伝ってくれたら共同戦線に加わってくれるって言うからさ」

 寿々音は欠伸をすると、両手を上げて大きく伸びをした。そりゃあ、同意して当然の理由かもしれないけど、のんき過ぎるぞ。

「喜多君、そういう事なの。一応、二人は何か非常事態が起きた時の助っ人ね。てなわけで、じゃーん、新兵器登場」

 麗はポケットからスマホサイズのカード状のものを取り出した。

「何ですかそれ?」

 俺は身を乗り出してその画面に目を向ける。

「これは何かってえと、空間の素粒子の動きを測定して時空の変異層を測定する機械なの」

「時空の変異層?」

 麗の聞きなれない言葉に、俺は眉間に皺を寄せながら首を傾げた。

「時空の隙間というか、歪というか……そんな感じでイメージしてもらえれば。実は前に富士見の言ってた事が気になってさ。ほら、あいつの仕事場で情報交換会をした事あったでしょ? あの時のあいつの意見がずっと引っかかってたの」

 思い出した。以前、富士見の仕事場を訪れた時に、彼が語った情報の一つだ。何故、核ミサイルは二回とも同じ場所――喜多の生家を狙ったのか。撃ち込まれた核ミサイルの一つは某国の原子力発電所を破壊し、もう一つは未だ行方が分からないのは何故か。彼の出した推測は、喜多宅の上空には時空の歪があり、しかも核ミサイルは、そこに撃ち込むよう仕組まれた自作自演であったという、とんでもなくぶっ飛んだものだった。

 当初は、それが真実であるかのように思えたりした。でも後になって落ち着いて考えると、あれは俺達から反政府組織の情報を聞き出す為に、富士見が撒いたフェイク情報だったのかもしれないとも考えたのだ。

 俺の中では、その怪しげな情報の信憑性に陰りを見せ始めていたのだが、麗は素直に捉えて調査していたのだ。

「あの家には何回も行った事があるけど、時空の歪なんて気づかなかった。てっきり、喜多が特殊な能力を駆使して時空を操作していると思ってたから。でもそれなら、彼は何処に行っても時空を操作出来る訳だし、わざわざあの家に出向いて実験する必要もないものね。まあ、これを使えば、その点をはっきり証明出来るから。目に見えない時空の歪もばっちし映像化出来るしね」

「凄い」

「まあね、完成するまでにちょっと時間はかかったけど。結構なすぐれものよ。これで、時空の歪のデータを集めれば、ひょっとしたら喜多じゃなくても時空を操作出来るようになるかも。そしたら、あれだよ。みんな自分の世界に帰れるかもよ」

 麗は目を細めると得意げに笑みを浮かべた。

 この人は、そんなこと考えていたのか。彼女は喜多と一緒に研究をしていたのだから、必要なデータが揃えば時空操作も夢じゃない。

 寿々音の奴、ひょっとしてそこまで読んで麗の誘いにのったのか?

 今だ寝ぼけ眼で欠伸をしている彼女を思案顔で見つめる。どう見てもそこまで考えているようには思えない。

「じゃあ、早速」

 麗が画面を軽くタッチすると立体模型の様な3D画像が浮かび上がる。廃墟と化した工場跡が、細部に及ぶまで鮮明な立体画像となって姿を現した。

「へええ……」

 寿々音が画像に顔を近付けて食い入るように見つめた。

「これが、工場跡。この画像からすると特におかしな点は見られないな。少しずつ位置を変えてみるか」

 麗は画像の角度を変えたり、又、麗自体が動いたりしながら、時空に歪の痕跡が無いか探索し続けた。

「おかしいな……少しもヒットしない」

 麗は悔しそうに顔をしかめながら、唇を噛んだ。

「ちょっと移動してみるよ」

 麗は新兵器を持ったまま、すたすたと歩き始めた。

 慌てて俺達も後を追う。

 麗は夢中になって調査にのめり込むあまりに周りが見えていないのか、俺達の事を放りっぱなしにしてずんかずんかと突き進んでいく。向かう先は、確実にあの木造住宅。

「麗さん、ちょっと待って、そっちは――」

 遅かった。俺の制止が聞こえなかったのか、麗は塀の向こうへと姿を消した。

「麗さん!」

 彼女の後を追いかけ、塀の角を抜けるとそこからは生垣になっていた。板塀なのは公園側だけの様だ。その生垣の向こうの家庭菜園らしい小さな畑のすぐそばに、彼女は立っていた。それも、食い入るように新兵器の画像を凝視して。

「二人とも、来てみっ」

 麗は新兵器の画面を見つめたまま、慌ただしく俺達に手招きした。

「どうしたんですか?」

 念の為、周囲を見渡して警戒しながら、民家の庭へと侵入する。

「これ見てっ!」

 麗は上ずった声で新兵器を俺達の前に突き出した。

眼の前の新兵器を見て、俺は首を傾げた。3D画像は此処の古民家を映し出しているものの、特に変わり映えの無いようにしか見えない。

「ここからよ。座標をこの家の上空に移行して、分かりやすい様に画像処理するから」

 麗の新兵器が上空の様子をクローズアップ。

「何ですか、これ……」

 俺は息を呑んだ。

 白く細い雲がこの家を中心に渦巻いている様に見える。

 俺は肉眼でも確認出来ないか空を見上げた。が、そこには雲一つない青空が広がっていた。

「これが時空の歪よ。残念だけど肉眼では見えないな。この画像は僅かな空間密度の差をあえて実像化したものだから此処まではっきりと分かるけど。でも、この様子じゃあ、歪の痕跡ってとこかな。見た感じはきっちり口を閉じているもの」

 麗は興奮した口調でしゃべり続けた。

 間違いない。

 俺達が此処に迷い込んだのは、あの歪が開いた時にたまたま出くわしてしまったからだ。  

 でも、何故あんなものが存在するのだろう。喜多が故意に創り上げたのか……だとしたら、彼はいったい何者なんだろう。

「懐かしい声が聞こえると思ったら、麗じゃないか」

 不意に、俺の声がした。否、俺そっくりの声が。

 驚いて顔を上げると、家庭菜園の向こう側に、もう一人の俺がいた。白いシャツに洗いざらしのデニムのパンツを履いた、俺そっくりの青年が。

「尚人……」

 麗が押し殺したような声で苦しげに呟いた。

「驚いたな。本当に僕そっくりだ。公安から情報が入った時には我が眼を疑ったよ」

 彼は俺を見つめると驚きの表情を浮かべた。

「俺もです。でも貴方に似ていたお陰で、警察に射殺されずに済みましたから」

 俺は警戒しつつも表向きは平静を装った。

「こんな所じゃ何だし、家の中へどうぞ。君達も私に聞きたい事があるんじゃないかな。心配しなくてもいい。今、公安はいないし、例え現れたとしても、彼らは私がいる以上手は出せないから」

 喜多の思いもよらぬ誘いに、俺と寿々音は顔を見合わせた。彼女が意味深な表情を浮かべ、小さく頷く。

「では、御言葉に甘えて」

 寿々音はつかつかと喜多の元へ歩み寄る。俺は慌てて彼女の横に並ぶと、半歩前を進んだ。

 もし、喜多が何かし掛けてきたら、俺が盾になってその力を吸収するつもりだった。

「麗もおいで」

 喜多にせかされ、麗も渋々俺達の後を追った。

「じゃあ、御案内しましょう」

 麗が追い着くと、喜多は俺達に背を向け、歩き出した。

 俺は愕然とした。いくら麗の元旦那とはいえ、俺達含めて敵対している関係にあるにもかかわらず、無防備に背を見せるとは……いったい何を考えているのか。それとも、俺達ごときは相手にならないと自負しているのか。

 躊躇する俺とは対照的に、寿々音は臆す事無く喜多の後に続く。

「どうぞ、上がって下さい」

 喜多はにこやかに笑みを浮かべながら引き戸を開けた。

俺達は勧められるままに玄関から家に上がり込むと、応接間らしい部屋に通された。十畳程の部屋の中央に座卓が置かれており、まるで突然の来客を予想していたかの様に、人数分の座布団が敷かれている。どうやら客間の様だ。

 廊下を挟んだ対面側に、布団の無い炬燵とテレビ、そして小さな食器棚の置かれた部屋があり、その隣に食器棚やシンクの並ぶキッチンが見える。俺達が通された部屋の向こうは仏間で、客間よりも一回り広く、そこが一番広い部屋の様だ。

「そこに座って待ってて下さい」

 喜多はそう言い残すといそいそとキッチンへ向かった。俺は彼の御言葉に甘えて、恐る恐る座布団の上に腰を据えた。

 しばらくすると、彼は笑顔を浮かべながら、お盆を持ってキッチンから現れた。

「さ、どうぞ」

 彼は、俺達の前に麦茶とカステラの載った小皿を配ると、自分も腰を下ろした。

「僕は甘いものが好きでね。この手のものは常備しているんだ。よかったら召し上がって下さい」

「はあ、有難うございます」

 俺は一礼すると、麦茶を口に含んだ。同時に、香ばしい香りが口腔内に広がり、鼻を抜けていく。

 この麦茶、ちゃんと煮出して作っている。決して水出しのお手軽パック麦茶じゃない。

 俺は感心しながら麦茶を飲みほした。良く冷えた麦茶は喉元に心地酔い涼を呼びながら胃袋を満たしていく。

 喜多はずぼらな俺とは違って結構几帳面な性格なのだろう。部屋を見ても綺麗に片付いているし、塵一つ落ちていない。案山子の話では彼は此処で生活している訳ではない様だけど、かび臭い湿気た臭いは無く、香ばしい畳の匂いが仄かにする位だ。イメージ的には、何処か懐かしい雛の家って感じ。

 それにしても、妙なお茶会になってしまった。喜多と俺達は敵と味方の関係だ。にもかかわらず、お茶をすすりながら目の前のカステラに手を出すタイミングを推し量っている自分がいる。

 ありえないだろう、普通。

 恐らく喜多には自信があるのだろう。俺達が何人集まっても確実に勝てる自信が。

「君達がここを調べに来た理由は想像がつくよ。時空操作の事だろ? 麗もなかなかの優れものを開発したみたいだしね」

 喜多は眼を細めて麗を見つめた。

「まあね、あなた程じゃないけど」

 麗は新兵器を卓袱台の上に置くと、伏せ目がちに呟いた。

「君の推測通り、この家の上空には時空の歪がある。この家での時空操作の実験は、時空の歪の影響が大きい」

 喜多が静かに語り始めると同時に、卓上に突然3D画像が現れた。

 この家のミニチュア版とその上空の様子だ。麗の画像同様、上空に渦巻き状の雲の様なものが浮かんでいる。

「この渦巻の部分が歪部分だ。これは画像処理して見える様にしているけど、肉眼じゃあ何も見えない。今、分かる事は、ある条件が揃った時に、この部分が開いたり閉じたりするってことなんだ」

「それは、いつなんです?」

「磁場が乱れた時」

 俺の問い掛けに、麗がぽつりと呟く。

「その通り。君とは共同研究を続けていたから、この点は熟知していると思う。だがもう一つ、時空の歪が生じる場合がある」

「それは?」

 寿々音も警戒心が薄らいだのか、身を乗り出して喜多に問いかける。 

「この家が危機に直面した時だ」

 喜多は静かに言葉を紡いだ。

「それは、何故?」

「分からない。ただ何故か、この家に危険が迫った時、時空に歪が生じてそれを排除しようとするんだ」

 喜多は何故か悲し気な表情を浮かべると、目線を中空に泳がせた。

「喜多さんは……その、自由に時空を操れるんですか?」

 俺は躊躇いがちに喜多に問い掛けた。

彼は苦笑いを浮かべながら、時空の映像を見つめた。

「そうでもないんだ。私には空間に磁場の乱れを起こす能力があるけど、確実に時空の歪をオープン出来るわけじゃない。それに、それがどの時空世界につながっているのかも把握出来ていない。まあそれでも、ここから他の時空世界に跳んでも、座標さえ把握しておけば再び戻れるのが唯一の救いだけどね。あと時間の流れのギャップ。実験で強制的に磁場を変位させ、とある協力者を他の時限に送り込んだことがある。時空転送時に座標を調査して記録し、十分後に彼を呼び戻したら、とんでもない結果になった」

「何が起きたんです?」

 俺は喜多を食い入るように見た。

「驚いたことに転送先では十年の時が経過していた。それも不思議なことに、彼が飛んだ場所は、何故かここと全く同じ造りの家だったらしい」

 彼は俺達のグラスに追加の麦茶をつぐと、カステラを一口頬張った。

「でも最近になって、漸く時空を特定するコツが見えてきた。これが実現すれば、時間流と空間座標のターゲットを意図的にこちらで設定するのも可能だ。コントロールするシステムもほぼ完成はしているけど、まだリスク確認が終わっていない。これが出来れば、君達を元の世界に戻す事が出来る。それも、時間的ギャップが無いタイミングで」

 喜多が、申し訳なさそうに目を伏せた。

「俺達の事、御存知なんですか」

 俺は驚きの目で彼を見た。

「うん。あの時、私はこの家の二階から君たちの姿を見ていた。実験の途中だったので、どうする事も出来なかったんだ。むやみに中断すると、君達を時空の間に放り出してしまう可能性があったからね。本当に申し訳ない。もう少しだけ待ってくれないか」

 突然、喜多が、俺達に深々と頭を下げた。

 喜多の頭部のつむじを、俺はぼんやりと見つめた。

 俺は戸惑っていた。彼は本当に自在に時空操作が出来無いのか。案山子の話では、喜多が時空を操作し、核ミサイルを敵国の一つに転送したことになっている。でも彼の話が本当なら、それは偶然が招いた結果ってことになる。

 どちらを信用すべきか。

 間違いなく、どちらかが嘘をついている。

 でも。俺は喜多を信じたい。彼が嘘をついていないのならば、もう少しで時空操作が可能になるというのも真実なのだから。

 帰れるのだ。元の世界に。諦めかけていたその思いが、思わぬ展開で急接近した現実に、俺は心の中で小躍りしながら、喜びの余りに弾けそうな衝動を奥歯でぐっとかみ殺した。

「以前、核ミサイルを二回撃ち込まれたんですよね。その時も時空の歪が開いたんですか?」

 俺はちらりと寿々音に眼線を投げ掛けた。寿々音は俺の意図を読み取ったのか、黙って頷いた。

 俺にはまだ、心に引っかかっていることがあった。以前、富士見が俺達に語った彼の意表を突く見解――核ミサイルは、喜多が軍と手を組み仕組んだ自作自演だという説。もしそれが本当ならば、日本は極秘に核ミサイルを製造していたか、他国の軍事施設に潜入して、ここに向けて発射させたと言うことになる。

「よく知っているね。政府の機密事項何だけど、君達には筒抜けか」

 喜多が困ったような笑みを浮かべながら頭を掻いた。

「でも何故、核ミサイルが此処を狙ったんですか? ひょっとして此処の情報が他国に漏れて危機感を抱かれている?」

 寿々音が鋭い切り口で喜多に迫る。

「いや、その……最初、彼らが狙ったのは此処じゃなくて……」

 そこまで言って、喜多は表情を歪めると不意に口を閉ざした。

「じゃあ、何処を狙ったんですか?」

 口ごもった喜多に寿々音は容赦なく詰め寄る。

「……仕方がない。此処だけの話にしておいてくれよ。これは公安からも厳しく口止めされている事なんで」

 喜多は困惑した表情でどぎまぎしながら俺達を見まわした。

どうやら彼は動揺するとぼろを出してしまう性格らしい。問い詰める寿々音の攻撃に眼線を泳がせる仕草を、彼女も俺も見逃さなかった。即席で寿々音と組んだ誘導作戦は見事に成果を得た様だ。

「核ミサイルのターゲットだけど、実はあの化学工場だったんだ」

「え、でもあそこは民間の会社だったんでしょ。軍事基地でも何でもない」 

 俺は喜多を訝しげに見つめた。

「表向きはね。でも実は、裏では軍需に係わる製品の開発・製造が行われていた」

「えっ? まさかそんな……」

「あらゆる光線や放射線、電波をスルーしてしまう素材さ。その特性はステルスタイプの核ミサイルに使用されているシールドを遥かに凌ぐ優れものだよ」

「ひょっとして、開発したのは……」

「そう、私さ。でも、完成した直後、まるで狙ったかのように核ミサイルの歓迎を受けた。どこからか情報が漏れたらしい」

 喜多は顔をしかめると苦渋の色を浮かべた。

「だけど、あわや大惨事と言う時、あの現象が起きた」

 喜多はまるでじらすかの様に言葉を切ると、グラスの麦茶を飲み干した。

「突然、時空の歪が開口したんだ。今までも地震の前とか大きな落雷が合った時に多少緩むのは観測していたけど、あの時は、はっきりと時空に裂け目が出来ていた。その結果は君達も良く知っている通りさ」

「じゃあ二回目も同じ理由で?」

「二発目は、間違いなく此処だと思う。最初の一発目の時、日本側は全く報道していないし、敵国も事態が読めずに困惑していた矢先に、自国で今度は本当の核爆発が起きた。しかも極秘裏に進められていた核ミサイルの大量保管施設のある都市でね。彼らは原子力発電所の事故だと発表したけどそうじゃない。最初の核ミサイルが時空を抜けてたまたまそこに転送されたんだ。その報復措置として二発目はここを狙った。この時、時空の歪に大きなぶれが生じてしまい、化学工場の一部が異時元に食われてしまったんだ。君達も見ただろう、工場の惨状を」

「化学工場が狙われた理由は分かったわ。でもなぜ二発目はこの家を狙ったと言えるの?」」

 今まで沈黙を保っていた麗が怪訝そうな表情を浮かべる。

「此処の家に時空を操作する設備が隠されている――そう敵国に情報を流した者がいたんだ。最初は敵国もまともには取り合わなかったらしいけど。核爆発直前の映像が、通行制限をしている関所の防犯カメラに写っていた。詳細に確認すると、間違いなく一発目の核ミサイルが施設上空に忽然と姿を現したシーンが映っていた。それで彼らも信じざるを得なかったんだ」

「じゃあ、誰よ。そのふざけた密告者は」

 麗が不満気に呟く。

「富士見東人という人物だ。自称フリーライター。活動は多岐に渡っていて、かなり危険なヤマにも顔を突っ込んでいるらしい。敵国の秘密諜報部員だという説もある。公安が常にマークしている重要人物だよ。君達も知っていると思うが、彼も他時元世界からの来訪者だ。君達同様、私の時空操作実験に巻き込まれたんだろうと思う。だけど、いつ紛れ込んだのかは、はっきりわからない。」

 喜多は眉を顰めながら忌々しげに吐き捨てた。

 富士見東人? まさかそんなっ!

 驚愕が声にならない叫びとなって喉を低く震わせた。

「富士見が敵国のスパイだって本当なの?」

 麗が緊張した面持ちで喜多を見た。上ずった声が動揺を隠しきれない。

「ああ、たぶんね。例え裏付けとなる画像が見つかったとしても、いくら何でも一介のジャーナリストの情報を国家の一大組織が真に受けるとは思えない。そこには何らかのパイプが繋がっていないと有り得ない話だろう。彼が元々スパイだと仮定すると、全てのストーリーのつじつまが合うんだよ」

 喜多は淀みなく語ると、富士見スパイ説を力説した。

「私達、前に彼と会ったわ」

 麗が苦しげに呟いた。

「知っている。公安と一戦交えたそうじゃないか」

「その時、彼からある事を聞いた」

「どんな事?」

 喜多が興味深げに麗を見つめる。

「戦争はでっち上げだって。日本は一方的に攻撃されているのじゃなくて、反対に他国へ攻撃を仕掛けている方だって。それも秘密裏に事故を装って」

 麗はじっと喜多を見据えた。

 驚いた。麗は真っ向からの直球勝負で来たか。

「麗はそれを信じるのか?」

「だってこの戦争、違和感だらけだもの」

 激しい口調でまくし立てる麗を、喜多は落ち着いた表情で見つめていた。

「確かに、矛盾だらけの戦争だ。連合軍からの宣戦布告はないし、国交や輸出入だって正常に行われている。そしてほとんどの国民が戦争の真っただ中にいる事すら知らない。だからこそ、厄介なんだ。」

 喜多は否定しなかった。彼もこの戦争の矛盾点については十分に理解している様だった。

「何故、こんな曖昧な状況にあるか、分かるかい?」

 喜多が俺達を見渡した。

「要は、彼らが自分達のエゴイズムによる侵略戦争として歴史にその記録を残したくはなかったからさ」

 俺は息を呑んだ。喜多のその一言は、今まで富士見説に傾いていた考えに疑問の一石を投じていた。漠然とはしているが、何となく引っ掛かる。

「第二次世界大戦での壊滅的な状況から僅かな歳月で驚異的な復興・発展を遂げただけでなく、政治・経済・文化のあらゆる面で世界を凌駕した日本を、闇に乗じて再度壊滅させるためさ。世界各国はインフレや失業率増加で経済的にあえいでる状況の中で、唯一日本だけが潤沢な経済状態にある。各国の政界や財界は自国経済保守の為と銘打って法律すれすれの圧力を日本に掛けて来るものの、状況は一向に改善されない。かといって、真正面から武力行使をする理由も見当たらない。連中にとっちゃ、自国の経済的敗北は自国の責任にあるから、それを理由には出来ない」

「それで、宣戦布告無しで闇に乗じて、ですか?」

 俺は喜多の真意を伺った。

「そう言う事。敵はカメレオン機能付きの核ミサイルと施設を開発し、その姿だけでなく、発射場所や弾道までもレーダーに引っ掛からない様にして、あくまでも何らかの爆発事故を装う事で、自国に火の粉が降りかからない様にしたんだ。表向きは日本が自滅したかのようにみせつける為にね」

 俺は無言のまま、喜多の話に聞き入っていた。

 反論する余地を許さない喜多の言葉は、富士見の仮説が色褪せてしまう程の力強さと説得力に満ちていた。

「君達には君達の主義があるだろう。でもね、最終的には自分で考え、判断するんだ。何が正しくて、何が間違っているか」

 俺達は黙ったまま何度も頷いた。何が正しくて、何が間違っているか……彼が紡いだ言霊の一つ一つを咀嚼しながら、俺はその答えを導き出そうとしていた。

寿々音と麗はどう考えているのだろう。様々の思考が交差する中で、誰しもが答えを見いだせずにいる様に思えた。

「今は、何が正しいか分かりません。この眼で確かめてみないと」

 寿々音は徐に大きな吐息をついた。

 俺は鳩が豆鉄砲を喰らった様な面相で寿々音を凝視した。

 こいつ、すげえや。

 俺は驚き、感嘆した。俺の中で渦巻いていた様々な憶測や思考は瞬時にして吹き飛ばされていた。

「まさしくその通りだな」

 喜多が満足気に頷く。

 突然、アラーム音が響く。

 同時に、五〇型テレビ相当のモニターが中空に現れ、豪奢な門構えの屋敷を映し出した。見ると、門が静かに開き、黒っぽいセダンが慌ただしく飛び出すのが見える。

「どうやらSP達が、私がいなくなった事に気付いた様だ。君達は早く此処を退散した方がよさそうです」

 喜多が残念そうな表情を浮かべた。

「あのう、一つ聞いていいですか」

 俺は立ち上がりざまに喜多に声を掛けた。

「この家はあなたの生家なんですか?」

「ええ、そうですよ。私はこの家で生まれ、育ったんです」

 喜多はにこりと微笑むと、愛おしげに天井を見渡した。

「もう一つ、聞きたいことがあります」

「何だい?」

「何故、僕はあなたと何もかもがそっくりなんでしょうか」

 彼に出会ったら、必ず確かめたかった重要案件だった。全てが偶然の賜物だったら、彼にも分からないのかもしれない。でも俺には、偶然の一言では片付けられない因縁めいたものを感じられずにはいられなかったのだ。

「うーん……これは仮説だけど、恐らく僕のいた世界との座標と君のいた世界の座標が背中合わせレベルで近い為に、何かしらの類似点があったんだろうと思う」

 喜多は少し考え込みながらも、科学者らしく理路整然とした回答を導き出した。

「喜多さん、あなた今、確か『僕のいた世界』って言いましたよね?」

 俺は色めきだった。今の喜多の中のワンフレーズ、これが物語っている答えは一つ。

「ああ。麗から聞いていなかったの? 僕も君達と同じ異邦人なんだ。この家と一緒にこの世界に飛ばされて来た」

 喜多の答えは俺が脳裏に抱いていた疑問を瞬時に粉砕した。何故、時限変異が彼の周りで、それもこの家周辺でだけ起きるのか。それは、彼が持つ異邦人故の特殊能力だから。それは彼だけじゃない。恐らくはこの家にも言えることだ。

「いけない。早くここを出ないとSP達が到着する。長らく引き止めて申し訳なかった。気をつけて帰りなさい」

「有難う御座います」

 俺と寿々音は喜多に会釈すると、小走りで玄関に向かった。

「麗」

 不意に、喜多が麗を呼び止める。麗は驚いた様な素振りで立ち止まると、恐る恐る振り返った。

「君の残していった書類に、私はまだサインも捺印をしていない。法律上は、君と私はまだ夫婦のままだ。だから、公安の連中も君の店には迂闊に手は出せずにいる」

「だから……何?」

 麗が、切なげに言葉を綴った。

「いつでもいい。戻ってきてくれ。それまで僕は待ち続ける。とりあえず時空転送のコントロールが可能になったら連絡する」

 喜多の思いが、熱い言霊となって麗を背後から包み込んだ。

 麗は震えていた。かっと見開いた眼で、喜多を見つめながら。それは嬉しさからなのか嫌悪からなのかは分かない。苦悩に満ちたその表情が、自分の人生を翻弄した張本人に向けられているのは誰が見ても明確な事実だった。

「麗さん!」

 声を掛けるかどうか迷った末に、思い切って俺は麗の手を引っ張った。此処で俺の手を振り払えば、俺は迷わず彼女を此処に残して寿々音と二人で退散するつもりだった。

 だが、麗は俺の手を払おうとはしなかった。それどころか、ぎゅっと力強く握り返してきたのだ。

(私を助けて。この苦悩の時から連れ出して)

 彼女はそう俺に訴えかけてきた様な気がした。

「行きましょう、とりあえず今日のところは」

 決断の猶予を含めた俺の言葉に、麗は我に返ると俺の顔を見つめ、涙ぐんだ眼で頷いた。

「失礼します」

 俺は喜多に一礼すると麗の手を曳きながら家を出た。一瞬、深々と俺達に御辞儀をする彼の姿が眼に映る。

 とりあえずって表現は、俺はあんまり好きじゃない。何かその場しのぎと言うか、誤魔化していると言うか。でも、今回ばかりはこの腹立たしくもいい加減過ぎる言

葉が魔法の呪文となって、麗を、喜多を救った様な気がする。二人の絆は切れていない。恐らく麗も心の奥底では、まだ喜多の事を愛しているに違いない。

 何となく、そんな気がする。

 俺達は慌ただしく車に戻ると、事故現場跡を離れた。

 レンタカーリースの営業所に着くまでの間、俺達は終始無言のままの時を過ごしていた。

 ミラー越しに見える麗の眼からは、幾筋もの涙が流れ続けていた。

 流石の寿々音も、今回ばかりは眠りに落ちる事無く、過ぎ行く車窓の風景ばかりをただぼんやりと見つめていた。

 エレベーターを乗り継ぎ、第二地下都市に戻り付いた時、駅ビルは多くの人が行き来し、結構なにぎわいを見せていた。地上世界では失われた活気と華やかさが、此処にはあった。

「じゃあ、ここでお別れね。寿々音ちゃん、ごめんね、本当はもっと色々回りたい所もあったんだけど。それと喜多が異邦人だってこと言わなくて。私の中では当たり前の事になってたから、つい言いそびれちゃって――」

 麗が眉毛をハの字にして申し訳なさそうに頭を下げた。

「いいえ、麗さんのおかげで、いろんな収穫を得られましたから。今日は有難うございました」

 寿々音が、麗につられてぺこりと頭を下げる。それに俺もつられて彼女に軽く会釈をした。

「喜多君」

「はい」

「ありがとう」

 麗は俺に満面の笑みを浮かべると、手を振りながら雑踏の中へと消えて行った。

 その後ろ姿を、俺はただぼんやりと追い続けていた。

 麗のさっきの「ありがとう」は、俺に対してなのだろうか。何となく、彼女にとっての本物の喜多に対して言った様な気がする。今思えば、あの時俺が手を引っ張らなかったら、彼女は真っ直ぐ喜多の胸の中へ飛び込んで行ったのかもしれない。本当なら、躊躇していた彼女の背中をぽおんと押してあげるべきだったかもしれない。

 恐らく、麗は勝手に家を飛び出して来た事で、とてつもない罪悪感に駆られているのだ。ひょっとしたら、研究に没頭する余りに麗を蔑にした喜多に、自分が味わった孤独感を味あわせようとしたのだろう。本来なら、程々で彼の元に戻るつもりだった様な気がする。あくまでも、喜多が麗を心配して探しに来るという前提のもとに。

 ところが、彼女の読みは外れた。いつになっても喜多は彼女を探そうともしなかった。喜多の方もすぐにでも帰って来ると思っていたんだろう。此方の世界で身寄りと言えば喜多しかいない訳だから。

 どちらもお互い、自分からの接触を拒み続けた。此処まで来れば意地の張り合いだ。結局、どちらもゆずらないまま、今日に至ってしまった――それこそが二人を結果不幸にしてしまった真実なのじゃないか。

 俺達はそのままマンションに戻ると、遅い昼食をとった。

 璃璃華には外食して来ると告げてあったので用意は全くされておらず、メニューは急遽近くのコンビニで買った弁当となった。

 久し振りの一人飯かと思ったら、寿々音は俺の部屋に付いて来て、いつも通り二人での食事となった。否、違う。いつもは璃璃華がいたから、初の二人っきりの昼食だ。

 でも、朝の疑似デート出発前の時の様な、のりのり気分にはなれなかった。喜多の事もあるが、一番は彼と麗の関係だ。誰もが予想していなかった展開に、俺も寿々音も何かすっきりしないもやもやした気分にとり憑かれていた。

 嫉妬しているのかもしれない。

 喜多と麗の関係に。些細な事で敵味方に別れてしまっても、実は心の奥底では惹かれあっている二人の関係そのものに。

 そこまで人を愛した事って、俺にあっただろうか。

 中学・高校と地元の進学校(男子校だった)に入学したためか、勉強に明け暮れ、恋なんて関係ねえよって生活を続けた挙句に進学したのは理系の工学部。女子比率は低い上に課題が多く、喜多じゃないけど講義と実験に明け暮れる日々で、正直それどころじゃなかった。けど実際にはうまくやっている奴はいるんだよな。友人の中にも、数少ない女子学生をゲットしたとか、バイト先で知り合ったとか。高校の時から続いているとか……。

 結局、俺の場合は自分が傷つく事を恐れて逃げていただけなのだ。

 チャンスは自分から切り開くもの。待っていたって来やしない。

 食事を終えた後、寿々音は食後のデザートにと弁当と一緒に買ってきたカップアイスを食べ始めた。俺の分も買ってたらしく、スプーンと一緒に手渡してくれたので、それを持ってソファーに移動する。

 俺はスプーンをくわえながらカップの蓋を開けると、パソコンを立ち上げにかかった。ロックは掛けてあるのだが、俺が触れるだけで瞬時に立ちあがり、デスクトップが表示される。俺のオーラの波調を認識しているのだ。切り替え次第では中空に画像を表示する3Dディスプレイも可能らしいが、結構眼が疲れるのでアナログ表示の方が性に合っている。

 今思えば、向こうの世界でやっていたRPGなんかもそうだった。まだ初期の、ファミコン時代のゲームは2D画像の世界だったけど、やりながら、実写版だとこういうアクション何だろうなとか、色々と想像をふくらますことが出来たから、それはそれで楽しかったし、夢中になってやったのを覚えている。でも、3Dのリアル画像が主体になった頃から、俺は唯の既製品をやってるだけの様な気がして――ゲームって元々既製品だけど――想像というプロセスが不必要になった途端、急激に興醒めして遠のいてしまった記憶がある。

 急に寿々音がアイスを食べながら、俺の横に腰を下ろした。それもわざわざ俺に背を向け、ソファーのアームレストに両脚を放りだすと、そのままぐうっと俺にもたれ掛かって来る。肩越しに、彼女のさらさらした髪の毛の感触と身体の温もりが伝わって来る。

 甘酸っぱい様な、檸檬に似た媚香が、俺の鼻腔を悩ましげにくすぐる。

「麗さん、どうなると思う?」

 寿々音はアイスを口に運びながら俺に問い掛けて来る。

「分からない……でも、ひょっとしたら、戻るかもしれない」

「本物の喜多……って言うか、もう一人の喜多の所へ?」

「うん。何となくそんな気がする」

「そうよね。私もそう思うな。麗さん、元ダンナが嫌いになって別れたわけと思うからじゃないと思うから」

 寿々音は頷くと、アイスを口に運んだ。

「どうしてそう思うの?」

「え、だって、『KU・RARA』の『K』って、喜多のイニシャルでしょ? お店の名前に元ダンナのイニシャルと自分の名前を使ってるんだから、決して毛嫌いしているんじゃないと思う」

「なるほど、気付かなかった」

 俺は寿々音の答えに思わず唸った。この娘の観察力と直観力、半端ない。

「喜多って、彼女はいる?」

 寿々音の唐突の質問に、俺は驚きの余り、肩越しに彼女を見つめた。

「いない」

「じゃあ、元カノとかは?」

「いないよ、経験ゼロ」

「寿々音は彼氏いるの?」

「いない。中学も高校も女子校だったから」

「俺は男子校だった」

「境遇似てるよね、私達」

 寿々音がくすっと笑った。

 なんだろう、この会話。この感覚。それに妙な高揚感と心地良い緊張感。

 気持ちがほわほわしていた。

 それも、上質の羽根布団に裸でくるまっている様な温かい気持ち。

 おいおい、これってひょっとして。

 寿々音の奴、俺に気があるんじゃあ?

「ねえ、喜多」

「ん?」

「富士見さんの事、どう思う?」

「えっ?」

 愕然とした。株が最高値から一瞬にして大暴落した時のトレーダーの気持ちを、俺は分かる様な気がした。

 落とし所はそこかよ。

 ほんの一瞬でも甘い予感を期待した俺が馬鹿だった。

 くそおっ

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿俺の馬鹿っ!

 馬と鹿が交互ににやにや笑いを浮かべながら、俺の脳裏を駆け回っている。

「どうしたの?」

 瞬時にして表情が石化した俺を、寿々音が怪訝そうに覗き込んだ。

「ん? 何でも無い、何でも無い」

 俺は懸命に平静を装うとした。が、無様にも手がガタガタと震え、動揺を隠しきれないまま、途方に暮れる俺だった。

「私、思うんだけど」

「ん?」

「富士見さん、麗さんの事、好きなんじゃないかなあ」

「えっ?」

 思いもよらぬ寿々音の発言に、俺はソファーからずり落ちそうになった。

「多分、麗さんも富士見さんの事、気になってたと思うんだ」

 俺はただ呆然と寿々音の発言に聞き入っていた。

 さっきまで俺を包み込んでいたネガティブな暗雲は一瞬にして掻き消され、心の中に明るい日の光がさんさんと降り注いでいた。

 安堵感が何とも言えぬ脱力感を伴い、俺の両肩に伸し掛かる。

 どっと疲れが出た。でも、これ程にまで心地良い疲れは今までに経験した事はないぞ、この野郎!

「なんで、そう思ったの?」

 落ち着きを取り戻した俺は、歓喜に叫びたくなるのを抑えて何とか平静を装った。

「富士見さん、どんなに麗さんに断られても取材し続けようとしてたでしょ。麗さんは麗さんで、富士見さんの前では地を出してた感じだったし。案外、取材を断り続けたのも、一度許可したらそれっきりになるかもって思ったのかもしれないし」

「なんか、複雑」

「もし、私の勘が当たったりしたら、何かややこしい事になりそう」

 寿々音が物憂げに呟く。

 そうだよな。でも、寿々音の勘は当たるだけに怖い。こいつの洞察力は普通じゃない。敵の張るブラインドを察知するし、こちらが何を聞きたがっているのかも見抜いてしまうし、その能力は並々ならぬものがある。それこそ検察官や刑事にでもなりゃあ、能力を十二分に発揮出来るんじゃないかと思う。それだけに、ややこしい事態になるのも非常に現実味を帯びていた。

「麗さん、もう一人の喜多と富士見さんのどっちを取るんだろう」

「どうだろ。今日の感じじゃ、喜多の方かなあ。でもあの時、麗さんが躊躇したのは富士見さんの存在が絡んでるとしたら、何とも言えない」

「麗さん、寂しいんだろな」

「そう思う?」

「うん。私たちの前では超陽気って感じだけど、何となくそう感じる時がある。あ、あの時からだ。あんたを初めて紹介した時」

「俺が喜多そっくりだから?」

「それだけじゃないと思う。もっと違う意味で、私達が二人でいるのを見る眼が、何となく羨ましげに見える時があった」

「そうか……」

 そうなのかもしれない。そうだ、俺にも思い当たる節がある。『KU・RARA』で初めて麗と会った時だ。俺がコーヒーの入ったカップをひっくり返しそうになったのを寿々音が素早くフォローした仕草に、何処か懐かしそうな表情を浮かべていた様な気がする。

 喜多の元を飛び出してから、孤独な生活を送っていた麗にとって、疑似的喜多の俺と寿々音のやり取りに、二人で生活していた頃の情景を重ねて見ていたのかもしれない。

「喜多」

「ん?」

「あなたは怒るかもしれないけど、私は喜多がここに来てくれてうれしい」

「えっ!」

 心臓が張り裂けそうになる。これって、どうとらえたらいいんだ?

 告られた。

 んにゃ、ちょっと違うぞ。まだその域まで達していない。絶対領域(死語?)どころか、まだ爪先当たりを徘徊している位だ。

 焦るな。

焦るとドツボを踏むぞ。

自爆するぞ。

方向を間違えると立ち直れなくなるぞ!

「喜多は、どう思ってる?」

寿々音が、そんな俺を追い詰める様に問いかけて来る。

「俺も、うれしい。寿々音に会えてよかったと思う――わっ!」

 不意に、ころんと寿々音が膝の上に倒れ込んで来る。

 思いもよらぬ膝枕状態。大きく見開いた彼女の眼が、俺をじっと見ている。

 寿々音の澄んだ瞳が俺を見つめている。その深い深淵の中に、俺の意識は容赦なく絡め取られ、引きずりこまれていく。

「本当?」

「本当さ」

 寿々音は上半身を少し起こした。

 彼女の瞳が間近に迫る。

 そして、唇も。

 俺は息を呑んだ。

 生唾も幾度となく嚥下する。

 心臓の拍動も、もはや尋常ではなかった。それこそ顔が心臓そのものになったかのような爆発的な拍動に、俺は着実に冷静さを失い始めていた。

 これは。

 ひょっとして、これはああああああっ!

 意識下で煩悩が暴走していた。

 天使の姿をした俺が、へらへら笑いながら裸で脳内を掛けずり回っている。

「喜多」

 寿々音の唇が艶やかな光沢を放ちながら俺の名を綴った。

「ん?」

 としか言えなかった。

 なんでよりによって「ん?」なんだよおおおっ!

 このシチュエーションだったら、もっと他に言う事があるだろおおっ!

 言う事じゃねえっ! やる事だやる事っ!

 ぶっちゅうしかねえだろがこのすっとこどっこいがああっ!

 思いとは裏腹に、すっとぼけた対応しかできない自分自身に、俺はやり場の無い憤りと焦燥を覚えていた。。

「言って……いいかな?」

 寿々音が思いつめた様な熱い視線を俺に注ぐ。

「え、ああ」

 なんだよ、おい。寿々音の方から待ちきれなくて誘いを掛けてくれてるじゃねえか。

 これ以上、寿々音に恥かかすんじゃねえ。

 がんばれ、俺。

 負けるな、俺。

「喜多、あのさ」

「何?」

「鼻毛、伸びてるよ」

 があああああん、と、顎が外れて地面に叩きつけられたの図を思いねえ。

 今の俺の気持ちは、まさしくそれだった。

 絶頂を迎える寸前だった期待も夢も希望も何もかも、瞬時にしてぐすぐすと崩れ去って行くのを、俺は感じ取っていた。

 良い夢を見させてもらったよ――なんて御気楽な格好つけなんか出来る余裕は無かった。

 不意に、テーブル上においた俺のスマホが鳴る。

 よりによってこんな時に。最高のタイミングだ。

 急激に味気ない現実へと醒めていく虚脱感に苛まれながら、俺は物憂げにスマホへと手を伸ばす。

 刹那、その手を寿々音の手が制止した。

 同時に、彼女の顔が急接近する。

 驚きの声を上げるよりも、俺の唇が柔らかな感触に閉ざされる方が早かった。

 視界がぼやけて何も見えない。ただ、俺の唇を封印しているものが、寿々音の唇だと言う事は即座に理解出来ていた。

 何故、とか。

 どうして? とか。

 そんなことはどうでもいい。

 どうでもいいのだ。

 これが、現実なのだから。

 色褪せ掛けていた現実世界に、再び温かな色彩が蘇って行くのを、俺は実感していた。

 俺は、恐る恐る寿々音の背中に腕をまわし、優しく抱きしめた。彼女の身体の力が抜け、俺に身を預けて来る。

 いつまでもこのままでいて欲しい。

 出来ればこのまま時間が止まって欲しい。

 もし神様が願いをかなえてくれると言うのなら、俺は多くは望まない。

 ささやかなこの二つの願いを実現してくれるのであれば、後は何もいらない。

 携帯は相変わらず持ち主である俺を呼び続けている。

 否、俺だけじゃない。寿々音のスマホも鳴りだし、ムードぶち壊しの混成二部合唱を繰り広げ始めた。

「そろそろスマホに出たほうがいいぞ」

 不意に、頭上から璃璃華の声が響く。

「わっ!」

「ひっ!」

 寿々音と俺は慌てて唇を放した。が、その反動で二人してそれぞれ反対方向に吹っ飛び、ソファーから転げ落ちる。

「り、璃璃華っ! いつからそこにいたっ?」

 俺は飛びだしそうになってる眼球でぎろりと璃璃華を捉える。

「二人が唇と唇を互いに重ね合わせる五分三十秒前から」

 思いっ切り取り乱している俺とは対照的に、璃璃華は涼しい顔で、観察した一部始終を具体的に述べた。

 流石、科学者の秘書だけある――なんて、感心してる場合かっ!

「大丈夫だ。案山子には内緒にしておく」   

 得意げにVサインする璃璃華に吐息をつきながら、俺は只管鳴り続けるスマホに手を伸ばした。

「もしもし、喜多ですけど」

「よかったあ!、つながったあ。あ、麻里李です。オフなのに御免なさい。麗さんが大変なんです」

「えっ!、麗さんに何かあったんですかっ?」

 尋常でない麻里李の悲痛な声に、俺は背筋に悪寒が走るのを覚えた。

 悪い予感がする。それも、とんでもなく。

「『KU・RARA』が火事なんです。状況はまだ把握できていません。案山子から、急いで御二人と共に現地に向かう様、指令を受けています。後一分程で車を回しますのでエントランスまで出てきて下さい」

「分かりました」

 スマホを切る。

「喜多、行くよ」

 寿々音は暗い沈んだ表情で頬を強張らせながら、スマホをスカートのポケットにねじ込むと、ソファーから勢いよく立ちあがった。

「誰から?」

 俺も慌てて立ち上がると、玄関へと向かう寿々音を追った。

「案山子から。喜多は?」

「麻里李から。車、もう下に着くって」

「話の内容は一緒ね」

「恐らく」

「行先は『KU・RARA』」

 エレベータ―を一気に下り、エントランスを掛け抜けると、マンションの前に見覚えのあるワンボックスカーが俺達を待ち受けていた。

「麻里李さん、麗さんは無事なの?」

 寿々音は悲鳴に近い声で麻里李に状況を問い掛けながら後部座席に飛び込んだ。

「大丈夫、無事よ」

麻里李の返答を聞いて安堵の表情を浮かべる寿々音の横に、俺は素早く滑り込んだ。ふと見ると、助手席に亜麻色の髪の毛が見える。玲於奈だ。、

「麻里李さん、火事はどんな感じ?」

「ごめんなさい。今のところ詳細は分かっていないです」

 俺の問い掛けに、麻里李が困惑しながら答えた。ただ、玲於奈も駆り出されているところを見ると、案山子は公安の襲撃を想定している様にも見受けられる。

 道は夕刻の混雑時に差しかかろうとしていたが、麻里李のドライブテクニックでするすると擦り抜けていく。

 が、不意に、車の流れが止まった。

「もうすぐなんだけどなあっ!」

 寿々音がじれったそうに身を捩る。

「多分、火事の影響ですね。車を捨てて歩きましょう」

 麻里李は素早く脇道に避けると、辻一つ離れた道の路肩に車を止めた。

 同時に、寿々音は車のドアを開けて飛び出していく。

「おい、待て! 慌てるな!」

 俺の制止を振り切って、彼女は雑踏の中へと消えた。

「くそう!」

 俺は慌てて寿々音の後を追う。

 雑踏を擦り抜け、漸く彼女に追いついた先に、呆然と佇む麗の姿があった。舞い上がった灰を浴びたのか、淡いブルーのワンピースが煤けた様に汚れている。

「麗さん、大丈夫?」

 寿々音が慌てて駆け寄る。

「大丈夫、平気。でも良かった……今日、定休日にしてて。スタッフやお客様に被害がなかったのがせめてもの救い……」

 麗の身体がゆらりと揺れ、寿々音の腕の中に崩れる様に倒れ込んだ。

 大丈夫じゃない様だ。彼女の力の無い虚ろな眼が、大火に呑み込まれて崩れていく真新しい店舗をぼんやり見つめていた。

「怪我はありませんか?」

 玲於奈が心配そうに麗の顔を覗き込んだ。

 麗は訝しげな表情で突如現れた玲於奈を見据える。

忘れていた。俺、麗さんに玲於奈をまだ紹介してなかった。

「麗さん、彼女は案山子の秘書の玲於奈です。冨士見さんと同じ、変身能力の持ち主です」

「へえええ、そうなんだ。有難うございます。怪我はないです」

 麗は軽く会釈して返した。

「放火されたのはどこですか?」

 麻里李が麗に問い掛けた。

「えっ? 火が出たのは店の裏らしいけど……」

 麗は麻里李の顔を困惑した顔つきで見つめた。

「麗さん、防犯カメラとか見てみた? 設置してますよね? あ、でもここじゃ確認できないか」

「ポケコンを使えば此処から遠隔操作で見れるけど、駄目だった。多分、火災の熱にやられたみたい。そうなりゃ残念だけど機能もデータも復元不可能ね」

 寿々音の名案も、麗の悲観的見解の前にたちまち暗礁に乗り上げる。

 でもそれって、何とかなるかも。

「麗さん、あのカメラのシステムをハッキング出来ませんか」

 俺は街灯に設置された防犯カメラを麗に指で示した。

「やってみる」

 麗の眼に気力の輝きが戻る。彼女はポケットからUSBの様な物を取り出し、付属のストラップを首から下げた。

 突然、彼女の前に十七インチクラスの3Dモニターとキーボードが出現した。彼女がさっき言ってたポケコンってこれの事らしい。

 まだ何も映っていないモニターを睨みつけながら、麗の指先が猛スピードで中空のキ―を叩く。

「二人とも手をモニターに翳して。オーラの波調を登録するから」

 言われるままに俺と寿々音はモニターに右手を翳した。と、不意に、モニター上に画像が浮かび上がる。

「これで貴方達も映像が見れる様に設定したから。普段は私しか見れない様にプライベートモードにしてあるのよ」

 俺達に説明する麗の声に力強い韻が戻ってきていた。

「よし、入れた」

 麗が一際強くキーを叩く。と、同時にモニターには『KU・RARA』の外装を色々な方向から捉えた、8分割された映像が浮かび上がった。

「此方の大通り側の街燈と両隣と裏手のテナントの防犯カメラに潜り込んでみたの」

 得意気に説明する麗を俺は羨望の眼差しで見つめた。何という行動力とテクニック。俺が提案してから数十秒しかたっていないのに、いとも簡単無し遂げてしまうところが凄い。

「カメラをビデオモードにして時間を遡ってみる。自宅でこの店のセキュリティー異常を知らせるアラームが鳴ったのが、今から一時間前だから……」

 映像の片隅に表示されている時刻が変わる。

「このくらいかな。何か異常は映ってる?」

 まだ火の手の上がっていない店舗周辺の映像を、俺達はくまなくチェックした。今のところ、怪しい人影も現象もカメラは捉えていない。   

「ちょっと早送りするね」

 映像の流れが少し速くなる。画面の右下方に3倍速の表示が出る。

 俺達は眼を凝らしながら、食い入るように画像を追った。だが、どのカメラも怪しい人影など捉えていない。放火じゃなかったのか……ひょっとしたら漏電かもしれない。

「ん?」

 麗が顔をしかめる。

「ダストボックスから煙が出てる」

「えっ?」

 麗が指差す映像を、俺はがぶりよって凝視した。

 濃紺で蓋つきの直方体型ゴミ箱から、黒っぽい煙が仄かに立ち昇っている。やがて一気に紅蓮の炎が立ち上がると黒煙を激しく吐き出しながら店舗へと延焼していく。

「そんな。なんでこんな所から……」

 麗が納得いかない表情で画面を睨みつけた。

「煙草の火の不始末とか」

「私のお店は全席禁煙だし、スタッフにも喫煙者はいないから、それは絶対ありえない。それに、今日はお店を休みにしているし」

 麗は眼を吊り上げて俺を見るや、すっぱりと言い切った。あわやクリーンヒットかと思った俺の一撃は、期待はずれの馬鹿でかファールとなって場外へと消えて行った。

「ひょっとして時限発火装置か何か仕掛けられたんじゃ――」

「それよっ! それそれ」

 寿々音の呟きに麗が小躍りしながらキ―を叩く。画面が一度先程スタートした時点を映し出すと、高速で逆再生し始める。

 不意に、一つの黒い影がゴミ箱に近付く。

「これだっ」

 麗は再生速度を標準に戻すと、モニターにがぶり寄る。

「なっ?」

 俺はそれ以上、言葉を紡ぐ事も声を上げる事も出来なかった。だが、麗と寿々音は声すら上げる事を出来ずにモニターを凝視していた。

「そんな……」

 麗の声が小刻みに震えている。

全身黒ずくめの男が、ゴミ箱に近付く姿が映し出される。その男の横顔に俺は見覚えがあった。

 俺だけじゃない。

 麗だって、寿々音だってそうだ。

 それだけに、どうしても信じられない現実を目の当たりにして、俺達の意識が完璧にフリーズしていた。

 ただ、虚ろの開かれた両眼だけが、事の一部始終をあますところなく映し出していた。富士見が、ジャケットのポケットから何かを取り出し、ゴミ箱に投げ入れる姿を。

 突然、モニターの画面が消えた。

 麗はパソコンの電源を超高速で切るや、すたすたと店とは正反対の方向に歩きだした。

「麗さん!」

 慌てて声を掛けた俺を無視し、麗は雑踏の中へと消えた。

「寿々音! 麗さんは多分……」

「富士見の事務所!」

 次の瞬間、寿々音も雑踏の中へと消えていた。

「慌てるなってえのっ!」

 行動が早いと言うか短絡的と言うか。

 すぐ横でクラクションがせわしなく鳴り響く。

「乗ってください!」

 麻里李だ。車を取って来たのか。流石、秘書だけあって常に冷静沈着だ。

 俺達は、素早く車の後部座席に滑り込んだ。道は相変わらず込んでいたが、麻里李は僅かな隙を逃さない圧巻のハンドルさばきで、巨体のワンボックスカーをぐいぐいと走らせていく。

 漸く富士見の事務所前にたどり着いた時、麗はポケコンを取り出してフェイクウォールのロック解除にやっきになっている最中だった。その傍らには、心配そうに彼女を見守る寿々音の姿があった。

「くそうっ 駄目だ。解除出来ないっ!」

 麗は顔を真っ赤にしてキ―を叩き続けている。

 彼女の傍らに玲於奈がそっと歩み寄ると、左手で壁をガンガンと叩きながら、右手で壁の至る所を触り始めた。

 不意に、壁が消え、隠されていた扉が姿を現す。

「嘘……」

 愕然とした顔で、麗が玲於奈を凝視した。

「衝撃でシステムをダウンさせたんです」

 玲於奈は表情一つ変えず、さらりと言った。

「私が長年かけて習得した技術は、いったい何なの?」

 麗は苦笑を浮かべながら頭を抱えた。が、一瞬にして緊張した表情に転じた。

「富士見っ! いるかあああああっ!」

 麗は怒りの咆哮を上げながら富士見の事務所に飛び込んだ。

「麗さん、待って!」

 俺は慌てて麗の後を追った。あの映像が示す通り富士見が放火犯だとしたら、彼のことだ、俺達が此処に来るのは計算の上。何かしらトラップを仕掛けているかもしれない。

 が、奥の仕事場まで進んでも、不思議と何一つ起きなかった。しかもインナースペースに止められたジープも、机上のパソコンもそのままだ。

「くそうっ! あの野郎、何処行きやがったっ!」

 麗は悔しそうにぎりぎりと歯を噛み締めると、壁際の大きな机に蹴りを入れた。

「でも、なんで富士見はあんな事をしたんだろ」

 俺は腕組みしながら首を傾げた。正直のところ、皆目見当が付かない。

「あれは多分警告よ。知られて欲しくない事実を私が知ったから」

 麗はうつむいたまま拳を震わせながら呟いた。

「それって、ひょっとして?」

 俺は身をのり出して麗の顔を凝視した。

「富士見が敵国のスパイだって事」

 麗は忌々しげにそう吐き捨てた。

「喜多が言ってた、あれか……でも何故それを冨士見は知る事が出来たんだ?」

 俺は首を傾げると寿々音に目線を向けた。寿々音は困惑した顔で首を左右に振る。

「あれが事実だとしたら……あの時、富士見が私達の会話を何処かで傍受していたとしたら、今回の事件はつじつまが合う」 

 麗は、はっきりとした力強い口調でそう断言した。

「動くなっ!」

 鋭い制止の声が背後から響く。振り向いた俺の眼に、ぽっかり空いたフェイク・ウォールを埋め尽くすダークスーツ姿の男達が映る。

「公安だ。命が惜しければ、抵抗せずに投降しろ」

 男の一人が鋭い眼光を放ちながら俺達をねめつける。スリムな体躯に細面の顔立ち。感情らしきものが感じられない能面の様なその表情からは、殺戮を少しも厭わない残虐性が見え隠れしている。砧だ。こいつ、是永の切り札に巻き込まれて死んだはずなのに。

「貴様、生きていたのかっ?」

 驚きの声を上げる俺に、砧は満足げな冷笑を口元に浮かべた。

「あれはスピリチュアルスーツですよ。私そっくりのね。超強力な反乱分子相手にリスクを冒す程馬鹿じゃないのでね。残念ながら今日は私だけ生身ですが」

 ふざけた野郎だ。大体、俺達を見るその蔑んだ目つきが気に食わない。それと人を馬鹿にしたような言い回し。聞けば聞くほどむかつく。

「どうしてここに来ると分かった?」

 麗が落ち着いた口調で男に問いただした。

「善良な市民からの通報ですよ。反体制派の危険分子が、必ず今日ここに姿を現すってね」

「誰よ、それ?」

「通報者の安全保障上、公表は出来ません」

 砧は表情一つ崩さずに、淡々と答えた。

 思わず舌打ちを打つ。

 やられた。

 これはきっと富士見の策略だ。敵国の諜報部員としての存在が暴露されそうになった故の撹乱作戦か。

「そこをどいて」

 感情を無理矢理押し殺した麗の低い声が、硬直した空気を静かに震わせる。

「それは無理です。我々は国家の勅命で動いている。ましてや反体制分子の指示に従う訳にはいかない」

「貴方達、砂時計になりたいの?」

 麗が冷笑を浮かべながら公安の面々を見渡した。

「それもお断りします。佐倉博士。我々は貴方の能力を熟知しています。勿論、他の方々

も同様にね」

「だったら、話が早い。さっさとどけっ!」

 麗の怒号がオフィスに響き渡る。彼女の身体が小刻みに震える。決して恐怖からではない。押し込めていた憤怒の感情が一気に解き放たれた余波に、全身が呼応しているのだ。

「それは無理だと申したはずです。それに、これだけ離れていれば貴方の力は我々まで及ばない。正確に言えば、貴方の能力の効果が期待できるのは二・六八メートル以内。先程申しました通り、貴方達の能力データは検証済みなんです」

 砧は顔色一つ変えずに麗を見据えた。

「だったら間合いを詰めるだけっ!」

 麗がワンピースの裾を翻しながら大きく跳躍した。

 刹那、彼女の身体はぴたりと中空で制止した。やがてずりずりと、ゆっくり床面に折り重なるように身を崩していく。

「麗さん、大丈夫?」

 寿々音は麗に駆け寄り、慌てて抱き起こした。麗は眼を閉じて低い呻き声を上げると、乱れたワンピースの裾を右手で直しながら頷いた。

「申し遅れました。貴方達の周りには、特殊なブラインドが下ろされています」

砧は恐ろしく落ち着き払った態度で口元に冷笑を浮かべた。

「特殊ななんてよく言えたものね……これ出来そこないのやつじゃない」

 麗は身を起こしながら、忌々しげにひとくさり吐き捨てた。

「お分かりでしたか。その通り、これは佐倉博士が最初に手掛けられたプロトタイプです。開発当初、空間を閉鎖する事は出来ても対象物から五メートル四方と範囲が狭いだけでなく、閉鎖空間内の音声画像共に外部から感知出来る為に、隠蔽工作が出来ないと言う事でお蔵入りしましたが、眼線を変えれば捕獲用トラップとして使えるんです。この場合、中の会話や様子が分かる方が、相手の手の内が見えて都合がいいですからね」

 砧は冷やかな眼線を俺達に注ぎながら、右手を軽く上げた。彼の背後の黒服軍団が一斉に左右に分かれる。

「何だありゃ?」

 俺は眼をかっと見開いた。二トントラックが荷台の扉を開放したまま此方にバックして来る。

「特別に車を用意しましたので乗っていただきます。抵抗しても無駄ですよ。ブラインドを下ろしたまま空間ごと皆さんを移送しますので、否応無しに乗り込まざるをえなくなりますから」

 勝機を確信したのか、彼は白い歯をむき出して甲高い笑い声をあげた。

 麻里李と玲於奈が同時に動く。

 麻里李の蹴りが、玲於奈の右ストレートが、同時に眼に見えぬブラインドに炸裂し、めり込んで行く。

 凄まじい衝撃音と共に、激しい振動が、孤立化された遮蔽空間を震わせる。

 俺は息を呑んだ。麻里李の右足が弾け飛んでいた。爪先から膝までの間が、ぐしゃぐしゃに粉砕し、パンツの裾からどさりと落ちた。

 麻里李だけじゃない。玲於奈の右手も肘から下が全く原型を留めていない。が、二人はのたうちまわる事も、泣き叫びながら苦悶する事も無く、平然とした表情で佇んでいる。彼女達の飛散したパーツが動き始める。手が、足が、まるでビデオを逆再生しているように融合し、元の形状へと変貌を遂げていく。

「これはまた、最高のショーですね。超人と異邦人の捕獲となれば、タブロイド紙の絶好のネタになる」

 砧は貧相な頬をうれしそうに緩ませた。

 くそう。どうすりゃいいんだ? 麗の能力を遮断するばかりか、麻里李達の超物理的攻撃にもびくともしないとなったら、もはや成す術がない。

 何か、他に手段は?

 考えろ。

 考えるんだ。

 俺はゆっくりと前に進むと、両掌を開き、前に突き出した。

 不意に、掌の進行を何かが拒む。硬い訳でも柔らかい訳でもない。唯確実にそこには何かが存在し、俺のそれ以上の進行を阻んでいた。

 これが、ブラインドか。

 俺は構わず更に両掌を押し付けた。押せば押すほど、ブラインドは明確な障壁となって俺の掌にその存在を警鐘してくる。

「何のつもりですか? 喜多准教授のレプリカ君。そんな事をしても君の力ではどうにもならないよ」

 砧の蔑みに満ちた忠告を無視し、俺はブラインドに対峙し続けた。

「御遊びはこれまで。さっさと車に乗ってもらいますよ」

 ブラインドが、ゆっくりと退き始める。

 退いたんじゃない。立方体状のブラインドがゆっくりとトラックの方へ移動しているのだ。砧が右掌の中にライターの様なものを握りしめているのが見える。恐らく、あれがブラインドのコントローラーか。

 畜生め! 早く何とかしないと。

 焦燥が冷や汗となって気持ち悪く額を濡らす。

 不意に、両掌表面に異変が生じた。まるで、口の中でサイダーの気泡がはじける様な感覚。不快じゃない。痛くも痒くもない。例えるならば、むしろすっきり爽やかな感じ。

 爽快だった。

 不愉快な閉鎖的空間の虜囚となっている現況を忘れてしまいそうな位、清廉な気の流れが、喉ごし爽やかに口を、喉を、身体を隅々にまで満たしていく。

 待ってたぜ、この時を。

掌で、静電気の様なぱちぱちと乾いた音が立ち始める。と同時に、視界がぐにゃりと歪み、瞬時にして飛散した。

 ブラインドは消滅していた。跡形も無く、痕跡一つ残さずに。

「そんな、馬鹿な?」

 砧の眼が出目金のそれになる。奴は狂った様にブラインドのコントローラーを指でタッチする。が、それは俺達の前に二度と壁を築き上げる事は無かった。

「電池切れだぜ、多分」

「そんな事は無い! エネルギーはマックスまでチャージされていたはずだ」

 極めて正答に近い俺の推測を、砧は只管受け入れずに頑な迄に拒絶した。どうやら奴は俺の力を百パーセント把握しているわけではない様だ。

 エネルギーを吸い取ってやったのだ。俺が加圧することで、ブラインドは原型を保とうと反発力で俺の手を押しのけようとする。その力を全て俺の中に取り込んでやったのだ。 

恐らく、先の戦いで俺に直接攻撃が効かないのは、データとして吸い上げていたかもしれない。が、実はあらゆるエネルギーを転換して吸い取る能力である事までは把握していないようだ。

「何回ブラインドを下ろしても無駄だぜ。俺には効かない」

 はったりだった。一回成功したからといって、次もうまくいくとは限らない。だが、俺が自信満々に言い放ったその一言は、砧から明らかに戦意を根こそぎ奪い去っていた。

 男の手から、ブラインドのコントローラーが零れ落ちる。

俺は一気に間合いを詰めた。

驚愕に表情を凍てつかせる奴の顔が、間近に迫る。

「待て、貴方達はその手を血で汚す事が出来るのか?」

 彼は口元から蟹の様に泡を吹きながら、喉から苦しげに台詞を絞り出した。

「御前達が今まで倒して来たのは遠隔操作のスピリチュアルスーツ。破壊しても器物損壊しか問われない。でも、私は生身の人間だ。貴様達の攻撃を受ければ、簡単に死を迎える事になる。我々に危害を加えれば、貴様達もいずれ死をもって罪を償う事になるぞっ!」

 俺は動けなかった。

 生身の人間。

 死、そして罪。

 その言葉の重みは、俺の反撃に十分過ぎるほどの制動を齎していた。

 俺が、反体制組織に身を預ける事になった時、真っ先にぶちあたった壁だった。

殺らなきゃ殺やられる。

 寿々音にそう諭されても、俺の中では割り切れない蟠りがしこりとなっていつまでも消えずに残っていた。今までの実戦の中で対峙したのが、たまたま疑似人体兵士のスピリチュアルスーツだけだったから、救われていたと言えば救われていた。形態がリアルなだけに最初は戸惑っていたものの、やがて俺の中でその存在はただの「もの」と化していた。

 だが、今俺の前にいる砧が、本当に生身の人間だとしたら。

「よく考えるんだ。今の御前達には俺達を倒す事など赤子の手を捻る様なものだろう。でもその一線を越えたら、貴様は冷酷非道の殺人者だ。おっと、一人例外がいたな。月島寿々音、君は確か十数名の兵士の命を奪った事があったな。今すぐ投降するなら罪の軽減は約束する。他の者の身の安全も保障しよう。どうだ、こんな話は二度とないぞ」

 砧は、この場に及んでも優位な立場に返り咲こうと、言葉巧みに俺達に無茶振りともとれる揺さぶりを掛けて来る。冷静に考えれば、今の立場でよくそんな事が言えるものだと呆れ返る様な台詞だ。

 俺は吐息をついた。

「分かった」

「そうか、分かってくれたか」

 砧の表情が緩む。

「俺が例外の二人目になる」

「何?」

 彼は俺の言った事が理解出来なかったのか、怪訝な表情を浮かべた。

 だが、恐らく彼にそれを理解する機会は訪れないだろう。

 俺の右拳は、真っ直ぐ奴の鳩尾にめり込んでいた。

 砧の顔が苦悶歪む。と同時に、身体がくの字に折れ、後方で整列していた仲間達を薙ぎ倒しながら吹っ飛んで行く。

 それだけじゃない。

 開放した力は、竜巻の様に渦巻きながら他の公安達を呑み込むと、一人残らずトラックの荷台へと放り込んだ。

 ドアが閉まると、絶妙のタイミングで自然とロックが掛かり、車は静かに動き出した。運転席に一人の人影。彼は緊張した面持ちでハンドルを握りしめている。彼の表情から察するに、車外での想定外の出来事を把握していない様だ。どうやら、荷台のドアロックがスタートの合図だったらしい。

 トラックは想定外の大荷物を積載したまま、視界から消えて行った。

「喜多っ!」

 寿々音が俺の名を呼ぶ。と同時に、背後から背中が温かい感触に包まれた。

 彼女は何も言わなかった。

 ただ温もりと一緒に伝わって来る身体の震えが、全てを物語っていた。

 不意に、携帯が鳴った。

 誰からだろう。案山子だろうか。まるで現実逃避から無理矢理現世へと引き戻すかの様なタイミングで鳴り続ける携帯のコールに気だるさを感じながら、俺はデニムのポケットに手を突っ込んた。いったい誰だろう。案山子か、それとも璃璃華か。

 無造作に取り出した携帯の待ち受けに表示された相手の名前は、意外にも呉派だった。

「もしもし、呉羽さん」

「喜多さん……気をつけて……はめられた……」

 呉羽は苦しげな呻き声と共に俺にそう呟くと、静かに息を吐いた。

「呉羽さん? 呉羽さん!、何があったっ?」

 俺は叫んだ。だが呉羽からはもう何の返信も無かった。やがて、何かにぶつかる様な音が響くと、通信は完璧に途絶えた。

「寿々音、本部の方で何かあったみたいだっ! 麗さ――あれっ! 麗さんは?」

「えっ?」

 寿々音が驚きの声を上げる。

 麗の姿が消えていた。誤って奴らと一緒にコンテナの中にふっ飛ばした? 否、それはない。あの時、彼女は俺達の背後にいた。

 じゃあ、いったい何処へ?

 ふと、俺の脳裏に呉羽の言葉が浮かぶ。

 はめられたって……まさかっ?

 本部が政府軍に攻撃されている?

 最悪のシナリオが俺の脳裏に浮かぶ。

 身体の震えが止まらなかった。今俺が最も考えてはいけない、考えたくないストーリー展開が、脳内の白紙原稿にハイスピードで書き綴られていく。

 俺達をはめたのは富士見じゃない。

 麗だ。

 麗は喜多と別れてなんかいない。ずっとつながっていたんだ。自分達の研究の公開実験とでも言うべき戦争の邪魔をする反体制分子の動向を探る為に。あえて身を投じる事で、政府側の情報を知りたくてコンタクトを取りに来る反体制団体の内情を反対に探っていたのだ。

 恐らく富士見もこの状況を早々とつかんでいたのだろう。だから、執拗に麗に絡んでぼろをだす瞬間を抑えようとしていたのだ。

 ひょっとしたら、地上に言った時に俺達が喜多と会うことになったのも、富士見をどこまでもヒールにする為、喜多と麗が偶然に見せかけて仕組んだトラップ。

 でも、目的はそれだけじゃない。

 日本改革機構を、それどころか反体制分子の全てを一掃する為に、邪魔な俺達を本部から引き離す為の策略だ。それ故に、各反乱分子が本部に集結している今を狙い、照準を合わせてきたのだ。おまけに、超女子二名も此方に来たのだから、奴らにしてはしてやったりといった心境だったに違いない。俺がブラインドを打ち破るまでは。

 最初に攻撃をしかけたのはあくまでもパフォーマンスだと思う。ひょっとしたら、最悪の事態を想定して、こっそり逃走出来る様にわざと違和感無く後方へ下がり、退路を確保した上で様子を伺っていたのだ。

「みんな、急いで本部に戻るぞっ!」

「その必要はない」

 玲於奈が醒めた眼で俺をじっと見据えた。彼女の顔からは感情の遍歴が跡形もなく消え失せ、さながらデスマスクの様な表情を張りつかせている。

「それ、どう言う意味?」

 意外な玲於奈の態度に、俺は驚きの声をを上げた。

「御前達には、ここで消えてもらうからだ」

 麻里李は俺達をじっと見据えながら、淡々とした声で冷たく言い放った。

「どうして……麻里李さん、答えて!」

 想定外の事態に戸惑いながら叫ぶ寿々音を 麻里李は身の毛のよだつ様な殺気を孕んだ眼で一瞥した。

「命令だ。案山子のな」

 俺は息を呑んだ。驚愕はそれ以上の畏怖に呑み込まれた魂の叫びを無音のまま沈黙の時に刻んでいた。

 案山子の、命令?

 何故……訳が分からなくなってきた。

 愕然とする俺達を戦意喪失とみなしたのか、二人は早々任務完了を確信した余裕の表情を浮かべながら、ゆっくりとした足取りで近付いて来る。

 不意に、二人は立ち止まった。同時に、身体がバランスを崩して崩れ落ちる。二人は訝しげに自分達の足元を見いると、ぎょっとした表情を浮かべた。

 黒いスーツパンツの裾から、砂が激しく零れ落ちている。それだけじゃない。手首もいつの間にか砂状化しており、もはや形状を留めていない。

「喜多っ! すぐに足元のブラインダーを拾ってエネルギーをチャージしてっ! 早くっ!」

 麗だ。崩れゆく超女子達の背後に立ち、今までに見せた事の無い憤怒に表情を歪めながら二人を見据えている。

 麗はいったい何処にいたんだ?

 ますますわけが分からなくなってきた。

 混乱状態に陥っていながらも、俺は麗に従い砧が落として行ったブラインダーを足元から拾い上げた。

 エネルギーをチャージって?

 困惑しながら、それを握りしめる。と同時に、体内を駆け巡っていた気の噴流が猛スピードでブラインダーへと注ぎ込まれていく。理屈や仕組みは分からない。が、とりあえずは麗の指示通りに事は運んでいた。

 でもいいのか? これで。

 麗の指示に従っていいのか?

 迷いながらも、俺の身体は無意識のうちに肯定を選択していた。麗を信じるという選択を。

「いいわっ! スイッチをオンしてっ!」

 麗の合図と共に、俺は砧が操作していた時の動作を即時に思い浮かべながらブラインダーの上部を押した。

「OK! 大丈夫よ」

 麗が、見えないブラインドの壁を、まるでパントマイムの様に手で探りながら、大きく迂回してこちらに近付いて来る。

「麗さん! いったい何処にいたの?」

 寿々音は驚きを隠せない様子で、興奮気味に麗に駆け寄った。

「ここにいたわよ」

「え?」

「これ使ったの」

 にわかに信じ難い表情を浮かべる寿々音の前に、麗は右掌の中に握られているライターの様なものを突き出して見せた。

「ブラインド?」

「そう。奴らが使った失敗作の改良型。中から外の様子は見れるけど、外からは全く見えない優れものよ。防御仕様の御一人様バージョンなんだけど。寿々音ちゃんだけでも無理矢理御一緒させるつもりだったのに、喜多君の所に行っちゃうだもの」

「え、あ……」

 にまにま笑いを浮かべながら見つめる麗に、寿々音な困った表情を浮かべると、顔を赤らめてうつむいた。

「私も行くよっ! 貴方達の本部へ」

「えっ?」

 現実を呑み込めずにいる俺の心を更に揺さぶるかのように、麗の大きく見開かれた眼が真正面から俺を射抜く。

「私も知りたいの。秘書達の裏切りが本当に案山子の指示なのか。もしそうだとしたら、彼の目的は何なのか。まったくもって疑問ばかりがわさわさと増殖するばかりで、何かすっきりしないのが気に入らないから」

 たたみこむ様な麗の台詞まわしに圧倒されながら、俺はそっと寿々音を伺った。

 彼女は俺の眼線に気付くと、迷わず即座に黙って頷いた。

「じゃあ、決まりね」

 麗は口を一文字に結ぶと、徐にワンピースのポケットから車のキ―を取り出した。

「それは……!」

 俺に身覚えがあった。麻里李のは車のキーだ。

「どうやって手に入れたんです?」

「秘書の二人がブラインドをぶち破ろうとした時があったでしょ。あの時、私の脚元まで飛んで来たの。それをキープしてたってわけ」

 麗が俺の鼻先で得意気にキ―をがちゃがちゃと騒々しく揺らした。

「行きましょう!」

 俺は麗から車のキ―を受け取ると、真っ直ぐ麻里李のミニバンに向かって駆け出した。

 車に飛び込み、スタートスイッチを押す。同時に麗と寿々音が後部シートに飛び込んで来る。

 俺はアクセルをふかしながらハンドルをきった

「麗さんには麻里李達の裏切り、分かってたんですか?」

 俺は気まずい想いに翻弄されながら、奥歯に何か挟まったかの様な歯切れの悪い口調で麗に声を掛けた。彼女に何の疑いも無く不信感を抱いてしまった事への罪悪感が、俺を耐え難い後悔と苦悶の淵へと叩き込んでいた。

「まあね」

 麗は落ち着きはらった仕草で、得意気に前髪を掻き上げると、にやりと口元に不敵な笑みを浮かべた。

 俺の挙動不審な対応にも拘らず、麗は少しも気に留める素振りを見せない。彼女の勘の鋭さなら、ほんの一時とはいえ、俺の心の中に生じた蟠りを瞬時にして見抜いているはずだった。

 否。多分、見抜いていると思う。

 それでも俺を攻めないのは、彼女の優しさなのか。

「私なりに今回の事件を整理してみた。喜多君はよそ見をせずに運転に集中してね」

 そりゃねえだろと思いながらも、麗の御意見も最もなので、俺は正面を走るトラックの後部を凝視した。

「最初におかしいなって思ったのは、麻里李が火事の現場を見るなり、私に『放火場所はっ?』って聞いた時。あの時、まだ出火原因はつかめていなかったのに、何故放火だって分かったのか。次にますますおかしいって思ったのは、富士見が素顔のままでゴミ箱に細工する姿が映っていた点。もし本当にあいつが火を点けたのなら、そんなベタな真似をすると思う? やるなら全くの別人か、それこそ喜多に化けてやるんじゃない? 変身能力があるんだから、わざわざリスクを冒す必要なんてないでしょ」

 ふふんと得意げに鼻を鳴らす麗を、俺は羨望の眼差しで見つめた。

驚いた。麗は俺には全く分からなかった違和感をつぶさに感じ取り、それを冷静に分析している。

 流石、科学者だけある。

「でも何故、玲於奈はロックを解除出来たんだろ」

 俺はふと感じた疑問を麗にぶつけた。彼女の推論の中で、一つだけ決定打に欠けるのが最後のそれだったのだ。

「その質問、来ると思った。答えは一つ」

「それは?」

「玲於奈が富士見だから」

「えっ?」

 俺は慌ててブレーキペダルを踏みしめた

「でも、姿が――あっ! 変身能力!」

 俺は麗を食い入るように見つめた。彼女は満足気に黙って頷く。

「そう。富士見東人は玲於奈が化けた仮の姿。富士見東人なんて元々存在しなかった。信じられないかもしれないけど、そう考えるのが一番しっくりいくのよ……」

 俺は無言のまま、麗の突拍子の無い発言に聞き入っていた。

「でも、分からないのは、何故案山子が超女子達に貴方達を襲わせようとしたのか」

 麗が眉を寄せて首を傾げている姿がミラー越しに見えた。

 本当に案山子の指示なのか?

 膨れ上がる疑問の答えは一つ。

 案山子に問うしかない。

 俺は吐息をつくとアクセルを踏み込んだ。

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