第2話 余裕気取りの鷹

「あの弱虫めが!」

 弟分のわしからその言葉を聞かされた時、俺様のくちばしから真っ先に出たのはその言葉だった。



 俺様は鷹だ。空を舞う美しく強い鳥の鷹だ。


 俺様は以前から、よだかに鷹の名が含まれている事をひどく不満に思ってた。なんであんな貧相な奴などがこの俺様と同じ名前を持っているのか、ああそれだけで腹が立って仕方がなかった!


 だから、俺様はよだかに名前を変えろとたびたび迫った。そしてその度によだかは神さまがくれた名前だからと、屁理屈をこねて強情を張りやがったんだ。

「お前もそう思うだろわしよ、なあ」

「いやまあ、その、そうでございますね兄貴」


 俺様にしてみれば自分に反論する事自体、おごりたかぶった生意気な物言いだ。弟分のわしだってそう言っていた、青空を力強く飛ぶ自分に対し、夜空を低く飛び不細工な顔をしてしょぼい足を持つよだかなんて、そんな名前でなければ視野に入れる価値もない存在だったはずだ。


 そういうわけで優しい俺様は、市蔵と言う素晴らしい名前をあいつに付けてやる事にした。これを名乗らせるように俺様は言ってやったわけだ。ところがあの腰抜け、今まで同じような屁理屈をこねてやだやだって、あーあ呆れたね。本当につまらねえ自尊心なんか持ちやがってよ……それで身をほろぼすだなんて、ったくバカな奴だ。

 でもまあさ、俺様は優しいからほんのちょっとぐらいならば待っててやろうと思ったわけよ。ほんの一日ぐらいさ、遅れたってしょうがねえだろあの野郎だからな。


 しかし結果はまあ誰も聞いてねえの連発。あげくどこにいるんだと聞いても知りませんわかりません存じ上げませんばっかし、俺様にウソを吐くような度胸の持ち主なんかいるわきゃねえしな、本当に情けねえ奴だ。


 あーあ、どうしても鷹って名前にしがみつきたいのかね。そんで変えるのもやだやだってダダこねてよ、それで逃げやがったな。まあ、どこまでも追いかけて取って食ってやるしかねえか。

 そう思ってたんだよ!したらわしの奴が言うには……


「それは無理じゃねえですか兄貴」

「どういう意味だよ!」

「よだかの奴は、空の星になっちまったんですよ。俺はカシオペア様から聞いたんですから、間違いありません」


 空の星かよ、なるほど逃げ場所としては最高だな。どんなに高く飛び上がろうとも、なかなかたどり着けない場所。そんな所まで逃げきっちまったって訳か。あーあ、どこまでもおくびょうで情けねえ、その上に面の皮の分厚い奴だ。


「っておい、空の星って」

「文字通りの意味でございますよ、ああこれもカシオペア様がおっしゃってたんですから」

「冗談はほどほどにしてくれよ!」

「カシオペア様ですよ」


 あーあ、バッカバカしい!空の星だって?そんなごたいそうなもんにあいつがなれる訳がねえっつーの。カシオペアってお方も冗談がお好きだねえ、あーあ笑えるぜ。

 くだらねえ冗談で笑って一日楽しく過ごし、そして夜。それには星がまたたき、そこにはカシオペアがいらっしゃる。


「鷹ですね」

「ああ、俺が鷹だけど」

「あなたを地上の鳥の長と見込んで話したい事があるのです」

「おお何だい何だい」

「よだかの事を聞きたいのでしょう」

「あああの冗談の」

「よだかなら空の星となって輝いていますわよ、紛れもなく。これは冗談などではありませんけれど」

「あーそうですかい、はいはい」

 

 カシオペアって人も退屈してるんだな、あんなおくびょうで面の皮が厚くて卑怯な奴が星になれるんなら、世の中みんな星だらけだね。だとしてもまあ、本当におやさしいこって。


「あんなおくびょうな奴がよ、本当に笑えるぜ」

「確かに、よだかはおくびょうです、かわせみが言ってましたよ」

「へぇなんてだよ」

「かわせみは魚を食うでしょう、そしてよだかは虫を食います。その時、よだかは虫を殺す事をなげいていたそうです」


 なるほど、そいつはおくびょうだな。あいつは虫を殺さねば生きていけない、それは自然の流れであり仕方ない事だ。その仕方のない定めを受け入れられないよだかは、確かにおくびょうだ。そのおくびょうさが高じて、俺さえも見上げる他のない場所である星空に逃げた。

「絶対に捕まらねえ所まで逃げるとは、本当にあきれたおくびょうぶりだな」

「ですねえ……」

「そこまでして鷹の名にしがみつきたいのか、そんなに俺の爪にかかるのが恐ろしかったのか」


 この時、ちっとばかし後悔していた。ちと追い詰めすぎちまったかもしれねえなと。獲物を狙う時はもうちょいゆっくりと追い詰め、そこだって所で一気にやるのが俺様の生き方なんだから、そのようにすべきだったのかなってな。

 まあいずれは獲物にしてやるつもりで、のんびり構えててもいいやと思ったわけよ。



 ところが時が経つにつれ、だんだん何かがおかしい事に気が付いた。


 かわせみやはちすずめと言ったよだかの弟たちに、小鳥たちがいやにうやうやしく接していやがる。

「あの連中だってバカにしてたんじゃねえのか?」

「そうなんすけどねえ……」

 俺様はどういう事なんだよって小鳥たちをつかまえて話を聞こうとしたけど、あいつらはこの俺様の姿を見るやわっと声を上げて逃げ出しちまい、話を聞くどころの騒ぎじゃねえ。取って喰おうと言う訳じゃないと言い聞かせようにも、彼らは言う事を聞こうとせず逃げまどうばっかし。


 確かに俺様が恐ろしいのはわかるけど、ずいぶんと大げさだよなまったく!

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