インタールード

「なあ、美津子」

「何よ、龍興。もう、勘弁してくれないかしら」

 母は、完全に怒っていた。無理もない。父は、また占いで失敗したのだ。

「私が悪かった。集中力が足りなかったんだ。許してくれ」

「もうたくさんよ。ここ最近、何件クレームがあったかしら」

 そう。占いの結果及ばず、最近は雨続きであった。電話はいつも母が応対し、その度に謝っていた。

「悪かった。本当に、悪かった」

 正座し、何度も地面に擦りつけるように頭を下げる父。頭のてっぺんが、この前よりも薄くなってきたような気がする。

 ――宗教。父は、そしてこの家族は、先祖代々、この宗教に縛り続けられている。

 あまりの空気の重苦しさに、私は吐き気を催した。

「もう無理よ。離婚しましょう」

 ついに、その一言が飛び出した。

「待ってくれ。それだけは」

「もう、あんなインチキ宗教の家の人だなんて、恥ずかしいもの」

 母は、本気で怒っている。父が精いっぱい勤める宗教を、インチキ宗教だと罵った。

「悪かった……」

 それでも謝り続ける父。天気なんてそうそう変えられるわけがない。怒ってもいいのに。何故か私が、悔しくなった。

 たしかに、父にはお父さんらしいことはしてもらった記憶はないけれど。

 それでも、毎日必死にお祈りを続ける父を、私はこっそり応援していたのだ。

 ……例えば、運動会の日。

 ……例えば、遠足の日。

 ……例えば、母とのお出かけの日。

 ……例えば、デートの日。

 晴れてほしかった。晴れてほしかったから、私は父を応援していた。

 結果は、降ったり、降らなかったり。

 天気なんて、そんなものだと、思う。

「もうこんなの辞めて、定職に就いてくれれば……」

 そう。父は、定職に就かなかった。この宗教だけが、父の全てだった。

 ……決して、お金になるような結果は出せなかった。

 それでも。

「お父さん、頑張ってるじゃない」

 私は、声を振り絞って、母に向かって投げ掛けた。

 まさか、この一言が、決定打になろうとは、思ってもみなかった。

「さよなら」

 母は、父と私を置いて、この山荘を出ていった。

「お父さん」

 出ていった扉の方をボーっと見る父に、思わず話しかけた。

 その言葉によって呪縛が解かれたように、父はビクッと反応した。

「ごめんな、恭子。俺のせいで……」

「いいの。お父さん。頑張って」

 その日から、父は一層、占いに没頭するようになった。

 しかし、及ばず、雨の日は続いた。

 ある大雨の日。

「畜生!」

「待って!」

 喉元にナイフを突き刺そうとする父を、私は止めた。

「俺が不甲斐ないから! こんなことに!」

 机には、たくさんのクレームの手紙が散乱していた。

 嘘つき。ペテン師。役立たず。泥棒。あらゆる暴言で、手紙は埋め尽くされていた。

 ……何故、父の占いは、一向に実を結ばないのだろうか。

「恭子、悪い。あの手記を取ってきてくれ……」

「わかりました」

 恭子はそそくさと部屋を出、しばらくして、少し煤のついた手から、手記を渡した。

「もう、この手記はこの部屋に置いといても……」

「いや、あの部屋がいいんだ。そんな気がする」

 そうして、龍興は手記を開いた。

 ブツブツと、呪文のようなものを唱えたので、邪魔になると思い、私は部屋を後にした。

 この手記がきっかけとなり、運命はさらなる暴走を生もうとは、思ってもいなかった。

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