第三章 第三の密室
一
「ゴーン」
厳かなベルの音が鳴り響いた。何となく不吉な印象を受ける。
私は、事件の全体像を思い描こうとしていた。
第一の密室では、龍興がナイフで殺された。どう見ても、他殺であろう。
第二の密室では、泰三がナイフで死んでいた。他殺か。それとも、自殺か。
私にはまだ、この事件の真相があまり見えてはいなかった。
「少々お待ちくださいね、配達の方がお見えになったので、伺いに行きます」
「なるほど、この地ではなかなか買い出しに行けませんからね……」
「……はい、特別に、隣町から、わざわざ三十分もかけて来ていただいているんです」
なるほど。私たちがやってきた道よりも近いところに、大きな街があったのか。
わざわざ遠回りしていたようなと、今更ながら後悔した。
以前お邪魔した分と合わせて、この部屋に滞在することトータル三時間ほど。
だいぶ、この死が纏わりついたような山荘の雰囲気にも慣れてきた気がする。
「ちょっといいかな、夏生くん」
恭子が離席したのを見計らって、巫部さんが私に声をかけた。
「この事件について、何かわかったことはあるかな?」
「いや、まだ、朧気で何が何だか……」
「そうだよね、実は、私もまだ、腑に落ちないところがある。それはね」
巫部さんは、やや興奮した態度を落ち着けるため、吸ったり吐いたりと少々息を整えた。
「まだ、部屋があるはずなんだ」
「……部屋?」
「そう。確認しないと、いけない部屋がね」
私は衝撃を受けた。……そう、ついついこの二つの部屋だけで、私は推理をしようとしていた。たしかに、他にも確認するべき部屋があるかもしれない。
「なるほど。巫部さん。どうしましょう」
「うむ、このあと、恭子さんに持ち掛けてみよう」
そうこうしているうちに、二つほど重そうな箱を抱えた彼女が戻ってきた。
「……すみません、重たくて……。手伝っていただけませんか」
「あっはい!」
私は慌てて彼女の元へと駆け寄った。
二
無事に荷物を全てキッチンへと運び終えると、早速巫部さんが先ほどの話を持ち掛けた。
「恭子さん、少しご相談が」
「はい、何でしょう」
「この山荘の、すべての部屋を見させてはくれませんか?」
巫部さんからの相談を、彼女はやや溜めてから、承諾した。
「ええ、こちらこそ、お願いします。また恐ろしいものが出てきては、不安ですから……」
たしかにそうだ。これ以上、一人で出会ってはいけないような恐ろしいものが出てきては大変だ。
「では、早速はじめましょうか」
何か見つけてやると意気込んだ巫部さんが一番に立ち上がった。
「ああ、でも、どの部屋から……」
私は立ち上がりながら発言する。彼女も続けて立ち上がった。
「実は、村松さんが殺された部屋には、秘密の通路があるのです」
「秘密の通路……ですか」
まるで、本当に小説の話のようだと感じた。秘密の部屋へと続く隠し扉が存在していたとは。ワクワクするような雰囲気だが、事件のせいかすっかり不安に包まれている。これから一体、どんなものが待ち受けているのだろうか……。
「結構狭いので、気を付けてくださいね」
彼女は私たちを案内するように、第二の密室へと再び入っていった。その部屋の左奥にある、収納場所へと歩みを進めた。
「ここです。すみません。最後に入ったのは、一年ほど前でして……。ホコリ臭いかもしれません」
それはお構いなく、と告げ、私たちは彼女の後へと続いた。
「これは……」
真っ暗な収納場所の奥の側面を彼女が指に力を入れて触る。するとガタガタと軋みながら右へとスライドした。少しだが、光が差し込んできた。
「……ほら、結構狭いでしょう? まあ、お二人なら、問題なく通れそうですね……」
全て開けきっても縦横約六十センチの幅を何とか潜ると、木目板の廊下へと辿り着いた。
扉の端に擦ったのか、肩に付いてしまったホコリを手で払い除ける。
間取りは、突き当りの廊下を向かって左が和室、右が洋室となっていた。
和室は、ただの畳を敷いた部屋であった。とくに物が置いてあるわけでもない。この部屋はあまりにも手付かずな印象だったため、右の洋室から確認することにした。
「わあ、立派な暖炉がありますね」
私は思わず、声を弾ませた。そこには、テレビで見た北国の家にあるような、大きな暖炉が備わっていた。何度か薪をくべた跡がある。
「やっぱりこの部屋はいいですね。懐かしい……。昔、父とここで楽しく過ごしたような……」
彼女は、恐らく幼少期の経験を思い出し、懐かしんでいるのだろう。たしかにこんな部屋で、お昼寝前に絵本を読んでもらいたいものだ。
壁に設置された大きめの本棚には、びっしりと分厚い本が詰まっていた。
「これらの本、眺めてみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ……」
「ありがとうございます。では、夏生くん。端から全部調べてみよう」
どうやら巫部さんは、西山家の宗教に関わる本がこの本棚の中にあると踏み、探そうとしているらしい。
「わかりました」
私たちは本棚の中に収まった本を全て床に置き、片っ端から広げていった。
しかしどれも全て、日本の歴史や文学作品などの書籍ばかりで、宗教に関する本ではなかった。
「どうやら、ないようですね……」
私はガッカリしながら、苦労して全て取り出した本をしまっていると……。
「ん?」
巫部さんの口から、何かに気付いたような声が漏れた。
「巫部さん、どうしましたか?」
巫部さんの方を見やると、これまでに見たこともないような不思議な表情をしていた。
「夏生くん、こっちへ来てくれ」
只ならぬ雰囲気を巫部さんから感じ取った。一体何だろう。たった数十センチ先だが、怪訝ながらも私は巫部さんに近付いた。
すると……。
「あれ?」
今、風が……。
「そうだろう? この暖炉から、微かだが風が吹いてくるのだよ」
「巫部さん、もしかして……」
「……ああ。夏生くん、その服、煤で汚れても構わないかい?」
「……ええ。もちろんです」
私は、暖炉の鉄格子を外した。
薪をどける。その先は真っ暗で何も見えなかった。
「恭子さん、懐中電灯を」
「はい」
彼女から懐中電灯を受け取り、その先を照らした。
すると……。
「これは……」
すっかり煤で黒くなっているが、たしかに廊下が、横一直線に続いていた。
三
一直線の廊下を進んでいく。ザラザラとした感触の廊下を歩いていくと、突き当たりの場所に、一つの扉を見付けた。
「……巫部さん、ビンゴですね」
私は思わずガッツポーズを決めてしまいそうになったが、まだ中を見ていない。一体、どんな部屋が待ち受けているのだろう。
巫部さんが扉に手をかける。扉はすっかりボロボロになっており、簡単に開いてしまった。
「巫部さん……?」
扉を開けた巫部さんの動作が止まった。まるで、とんでもないものを見てしまったかのように……。
「巫部さん……?」
もう一度名前を呼ぶと、ようやく返事が返ってきた。
「夏生くん、これは、びっくりだよ……」
まるで幽霊でも見たかのような、不安定な声を出す巫部さんの上から覗き込むように、部屋の中を確認した。
「…………え?」
……これは、どういうことだろうか。
懐中電灯に照らされた部屋の中には、二つのマネキンが置かれていた。……いや、正確に言えば、犯されていた。
一つのマネキンは、背中にナイフが刺さっていた。
もう一つのマネキンは、腹部にナイフが刺さっていた。
……これは。
「二つの密室で起きた死に方と、非常に酷似している」
「そう、一体、どっちが先なんだろうね」
このマネキンは一体、どんな意味を持つのだろうか。
「さて、この部屋にも、たくさんの本があるらしい。どうやら、この部屋こそが本命だろうね」
巫部さんが、懐中電灯を辺りに照らした。おびただしい量の本が、たくさんのホコリを被って無造作に積みあがっていた。
「夏生くん」
「了解です」
私たちは、積みあがった本のホコリを払いよけながら、本の中身を確かめていった。
「あの……」
すっかり置いてけぼりにしてしまった彼女が口を開いた。
「よければ、あの和室、調べものにご利用ください。別に汚れても、一向に構いませんので……」
「それは助かります。この部屋、暗いものですから……」
私たちは、彼女の厚意に甘え、大量の本を和室へ移動し、調べものを進めた。
四
「巫部さん、これ……」
私は気になった書籍を、巫部さんに差し出した。
「おお、西山家の占いに関する手記だね」
「はい。かなりわかりやすく記載されている気がします」
「たしかに。結構古いものだが、これは誰が書いたものだろう……」
「えーっと、龍……規でしょうか」
私は、背表紙に薄くなっているが残っていた署名を読んだ。
「あら、それは祖父のお名前ですね」
調べもののお供にとお茶を淹れてきてくれた彼女が答えた。
「なるほど、ではこれは、祖父が書いたメモですか」
「ええ、祖父は、かなりこの宗教に関して勉強されておりましたから……」
その祖父の意志を継いで、龍興が当主となったが……。
「龍興さんの手記は……?」
「いや、今のところ、そのようなものは見付からないね……」
巫部さんは、すでに持ってきた書籍にすべて目を通したようだ。どうも難しいことがいっぱい書かれた書籍しか見当たらず、事件に関係したものはなかったらしい。
「もう少し、あの部屋、探してきます」
「わかった、そしたら、私はこの手記を読み込むことにするよ」
私は立ち上がり、再び、あの暗い部屋へと赴いた。
「さて……」
ほぼほぼ持ち出したつもりだが、まだ確かめていない場所があった。
「この缶の中は、何が入っているのだろう」
お茶菓子が入っていたであろう古ぼけた缶を開けてみる。すると……。
「あれ……? これは……」
私は、先ほどの手記とよく似たものを見付けた。
その缶ごと、和室へと運び出した。
「巫部さん、これ……」
「おや、また手記が出てきたのか」
「これなんですが……」
缶に入っていた手記は、どうしても見覚えがあったのだ。
「なるほど、この手記と、書いてあることが同じだ……」
先ほどの手記の最初の数ページを見比べてみると、字体は違うものの、書いてあることは全く同じであった。
缶に入っている手記の方が、紙の年期は入っていないように思えた。
「写しですかね……」
「そんな気がするね……」
となると、これは、誰が写したのだろうか。
「龍興さんの字でしょうか……」
龍興の名前を出した瞬間に、彼女が近付いてきた。
「父が、どうかされましたか……?」
「ああ、ええと、この字なんですけど……。これって、龍興さんの字ですか?」
彼女は、首を横に振った。
「いえ、違います。この字、見たことはある気がするんですけど……」
どうも、龍興の字ではないらしい。誰かが書いた手記を眺めていると……。
「あれ? なんかこの部分……」
「どうした?」
「巫部さん、この部分です。この、雨の部分……」
「ふむ……」
「そちらの、龍規さんが書かれた手記は、どうなってますか?」
「〇〇は、○○……」
私は、手元にある手記とあからさまに違う内容に、戦慄を覚えた。
「巫部さん、全然違うんですよ! こちらに書かれているのと」
「何だって……?」
「○○は、○○……」
「まさか……」
私と巫部さんは、この恐ろしい殺人事件の謎を解く、重要な手がかりを、発見したのであった。
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