九州へ

 私と巫部さんは、青森訪問から約三日後に、九州にある壱岐島に訪れた。博多港から約二時間の船旅でやって来たこの島は、ターコイズブルー色の海を一望できる、美しい自然豊かな島であった。

「綺麗なところですね、巫部さん」

「ああ、是非、次は旅行で来てみたいものだね」

 これまでに、北へ南へあちこち飛び回ったような気がするが、この地は事務所のある本川越並みに落ち着く場所であると感じた。

 西山恭子より教えてもらった住所を頼りに探してみると、無事に西山の表札を見付けることができた。

「ごめんくださーい」

 チャイムが取り付けられていなかったため、直接私は玄関の扉をドンドンと叩き、大声を掛けた。

「はーい、どうぞお入りください」

 男性特有の太めの声が聞こえた後に、ガラガラと扉が開き、やや大柄の西山龍敏たつとしは、私たち二人を出迎えた。

「お邪魔します」

 かなり大きめに作られている玄関口から室内を眺めた。部屋と部屋の間に、ほとんど仕切りがない。風通しの良さそうな空間であると感じた。

「突然お邪魔してすみません」

 巫部さんが丁寧にお辞儀する。ついでに恒例の挨拶を済ませた。

「ご丁寧にどうも。私は、西山龍敏と言います」

 綺麗な銀色の髪を、ガラッと開いた縁側からの冷たい風で靡かせながら龍敏は名乗った。顔立ちは柔和で、話しやすい印象だ。

「さあ、こちらにお座りください」

 よく日が当たっているからだろうか。若干黄色みが出ている畳の部屋に案内された。真ん中に四角い茶色の机が備わっている。その上には、先ほど淹れたばかりであろうか。急須と湯飲みが置かれていた。

「いやー、寒いでしょう。すみませんね。この家は、年中こんな感じで……」

「いえいえ。関東と比べると、この寒さは心地よく感じます」

「そう言ってもらえるならよかったよ」

 龍敏は、三人分の湯飲みに茶を注ぎ始めた。綺麗な緑色のお茶からは、温かそうな湯気が立ち込めている。

「さて、訪問してきた理由は、何となくは伺っていますが……」

「ええ。いくつかお伺いできればと思いまして」

「電話越しでも構わないでしょうに、わざわざおいで下さったのは、何故でしょう」

 こんな島までどうしてと言いたげなのか、龍敏は前のめりになって巫部さんに問い掛けた。

「ええ。私の性格ですかね。どうしても、直接お顔を拝見して、話を伺いたいと思いまして。その方が、相手の話す内容に信憑性があるか等も、把握できますから」

 そう。巫部さんは、相手の表情をよく見て、言葉にならない部分もしっかりと捉えて推理を進めていく。その方法を直接見知った私は、その方法を信じて推理の手段として取り入れている。

「なるほど。でしたら、今日は正直に何でもお話しましょう」

 白い歯を見せて、龍敏は優雅に笑った。それに反して巫部さんは、何やら緊張した面持ちだった。突っ込んだ質問をするのだろう。それでも彼は本当に、全て正直に話すだろうか。

「まずは、十二月十九日の行動についてお聞かせください」

「アリバイですね。いいでしょう。私は、午前十時頃にあの山荘に辿り着いた。その後、お昼くらいまでは恭子さんと話をしていた。龍興の取材が終わったら、鈴何とかっていう記者と話し、その後は龍興やあの姉妹と話をしていたな……」

 どうやら、この事件の登場人物ほぼ全ての人物と会話をしているようだ。

「次に、龍興さんが亡くなった部屋の扉を開ける際のことです。どうも扉が開かないことから、斧を用いて無理やり突破したとか……。その時の様子を、龍敏さんからお伺いしようかと」

「なるほど。そうですね。すみません、煙草を吸っても?」

「……ええ、構いませんが」

 そう言うと龍敏は煙草を取り出し、火を付けた。たっぷりと煙を吸い込み、身体全体によく循環したであろう具合になってから、ふっと吐き出した。

「扉が、びくともしなかったんです。恭子さんに聞きましたが、鍵もなかったものですから。気が動転していたのもありますけど、とにかく中の様子が知りたくて。思わず……」

 私はどうしても気になってしまい、ついつい発言した。

「扉が動かないということは、もしかすると、龍興さんが扉に寄りかかっていた可能性もあったのではと思うのですが……」

 そう。もし寄りかかっているとしたら、怪我をしていたかもしれない。

「ああ、たしかに、そうですね。そうとは、思いつきませんでした……」

 嘘か本当か。龍敏は再度煙草をふかした。

「とりあえず、無我夢中で扉を壊した。壊れた扉の先に、龍興さんは倒れていた……」

「そうですね」

 龍敏は名残惜しそうに、吸い込んだ煙を吐き出した。

「なるほど。ありがとうございます。もう一つ聞きたいのが、久仁子さんについてです」

 龍敏は、煙草を吸う動作を止めた。

「久仁子さんに、龍興さんがされていた宗教を勧めたのは龍敏さんだとお聞きしたのですが。久仁子さんとは、どういうご関係だったのでしょうか」

「なるほど。あの従姉妹からも話を聞いていたのですか」

 出会った当初の柔和な表情から打って変わって、彼もまた、緊張した面持ちになった。

 再度、龍敏は煙草の煙をしっかりと吸い込んだ。そしてまた、名残惜しそうに吐く。

「……恋人に近い関係だったと、思いますね」

 私と巫部さんは何となく察してはいたものの、愛する人物を失った彼の心情に共感し、気持ちが翳った。

「そうですか……。すみません、お気持ちを悪くされるようなことを……」

「いえ、いいのです。それよりも、この事件の真相を追求しようとしていただけることに、非常に感謝していますから……」

「それは、何故ですか?」

 何気なく聞いた一言だったが、私は少し後悔した。

「それは、そうですね。何故、久仁子さんが、そんなに死を早まったのかを。私は、知りたいのです……」

 ――死を早まった。それはまるで、あの全焼した火事を引き起こしたのは、久仁子張本人であると言いたげに聞こえた。

「たしかに彼女は、余命三か月と診断されていました。ですが、彼女は生きたいから、あの宗教にすがりついていたはずなのです。それなのに何故、あの宗教にもう依存できないからと、わざと命を落としたのかと」

 ――わざとという表現といい、先ほどの表現といい。何か久仁子の死は、彼にとってひどく不満があるような、そんな気がしてならない。

「私は、彼女の死の原因は、龍興さんが亡くなったことにより、宗教に依存できなくなっただけではないと思いますよ」

 突然、このモヤモヤした気分を晴らすように、巫部さんが切り出した。

「それは……」

 この後の言葉を、龍敏は続けようとしない。

「いいのです。言い難いこともあるでしょう。直接貴方の口から聞かなくても、いずれわかることでしょうから……」

 そう、意味深なセリフを巫部さんは端正な口元から吐き出した。久々に、やや毒のある言葉を聞いた気がする。

 その言葉の後、事件について我々三人が話すことはなかった。

「ここは龍敏さん、一人で住まわれてるのですか?」

「はい、そうですね」

「それにしては随分と、広いような気がしますが……」

「まあ、そうですね」

 龍敏は多くを語らなくなった。もしかすると、彼女と共に暮らす予定があったのかもしれない。

「もうそろそろお暇しましょうか」

 スッと巫部さんが立ち上がった。

「お邪魔しました」

 丁寧に巫部さんがお辞儀する。私もそれに倣った。しかし、顔を上げて龍敏を眺めたが、決して目が合うことはなかった。じっと俯いたままである。

 そのまま玄関から外出したが、見送りに来ることもなかった。

「あ」

「どうした、夏生くん」

「うっかり、このブレスレットの持ち主について、聞きそびれてしまいました」

「ああ、たしかに」

 巫部さんは残念そうな表情を見せたが、心は別のことでいっぱいになっているようであった。

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