インタールード

 私は、龍興さんのお宅で叫び声を聞いた。

 ……これで、何度目かしら。

「ねえ、なんで雨なのよ! 私、死んでしまうじゃない!」

 キンキンと響く声で叫び散らすあの女性の声を聞き、げんなりする。

「清美さん、また久仁子さんが怒ってらっしゃるわよ。わざわざ青森からここまで怒鳴り散らしにくるなんて……おほほほほ」

「あらまあ和美さん、そんなの、私たちも怒鳴らないだけで、似たもの同士ではございませんか」

「たしかに、そうかもしれませんわね……」

 私は青森から持ってきた紅茶を恭子さんの分も含めて三人分淹れ、キッチン横の机へと運んだ。

「本当にすみません……」

 そのクレームの原因が父にあることから、恭子さんはすっかり申し訳なさそうに縮こまっていた。

「いやねえ、恭子さんは何も悪くなくってよ。それよりも、こんな宗教に、興味もないのに毎日振り回されてる恭子さんの方が大変でしてよ……」

「それは、まあ、そうかもしれませんが……」

 宗教自体には興味のある私と清美の前ではとても興味がないとは明言できず、恭子さんはもごもごと口をくぐもらせる。

「それよりあなた、ご結婚は? もうあっという間に三十歳になってしまうわよ?」

 私の話を耳が痛そうに聞く恭子さんを、私と清美は、ほほほと笑った。

 しばらく談笑していると、先ほど怒っていた久仁子さんがやって来た。

「あら久仁子さん、今日は随分とお怒りのようでしたわね……」

「ああごめんなさい、私ったら、すっかり頭に血が上ってしまって。まさか、ここまで筒抜けとは……」

 すっかり顔を赤くした久仁子さんを、空いている椅子に座らせた。

「ちょっと待っててくださいね、今、紅茶を淹れてきますから……」

 私が席を立ち、紅茶を淹れている間に、清美が久仁子さんに話かけた。

「そういえば、最近は龍敏さんと連絡しておりますの?」

「ええ、何度か電話で連絡しております」

 そう答える久仁子さんはどうにも恥ずかしそうであった。

「あら、もしかして、龍敏さんと、いい関係なのかしら?」

 私がキッチンから茶々を入れると、久仁子さんはこれまた恥ずかしそうに俯いてしまった。

「私は龍敏さん、いいお方だと思いますわよ。この歳で独身だなんて、信じられませんわ。早くも美津子さんに出て行かれた龍興さんとは大違いで……。あら、恭子さん、ごめんなさいね」

 すっかり恭子さんが居ることを忘れ、うっかりと口を滑らせてしまった。

「いいんです、お気になさらないでください」

 そう言う恭子さんは酷く気にしてしまったのか、以降あまり口を開くことはなかった。

 出て行ってしまった美津子さんは、大層美人な方だった。

「そういえば久仁子さん、どこか、美津子さんに似てらっしゃいますなあ……」

 久仁子さんは何となく発言した私の一言に、酷く驚いたようだった。

「あら、そうですか……? それは、私もお美しいという風に捉えてよいですわね……」

 久仁子さんは意味ありげにほほ笑んだ。そのほほ笑みには、どこか裏がありそうな気配がしたが、当時の私には、何もわからなかった。

 そしてややあって、占いを終えた龍興さんがキッチンへとやって来た。

「お疲れ様でございました」

 私が声を掛けると、酷く疲れた表情の龍興さんは、ボソリと呟いた。

「どうもだめじゃ、私には、才能がない……」

「まあ、どうされましたの」

「しばらく、雨になる」

 それを聞いた久仁子さんは、あっという間に顔を真っ赤にし、また怒鳴り散らしたのである。

「そんなに怒ってらしたら、天の神様も、晴れにしてはくれませんわよ、久仁子さん」

 私の嫌味も届かず、大声で怒鳴り散らす久仁子さんの声は、空になった紅茶のカップに共鳴し、ビンビンと響くようであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る