東北へ
一
私たちは、西山恭子の母方の従姉妹に当たる人物に会うため、彼女に教えられた住所を訪ねることにした。
「ここですかね……」
「ああ、恐らく……」
その住まいは、青森県青森市にあった。近くに八甲田山が望めるこの地は、探偵事務所がある本川越よりかは、気持ち空気が美味しく感じられた。
「そういえば、村松泰三さんの実家も青森市にあったんですよね……」
「ああ、あとで確かめてみようか」
火災があり消失してしまった跡地だが、何か手掛かりがあるかもしれない。そう思い、従姉妹の訪問の後に、巫部さんと訪れることにした。
「ごめんください」
ピンポーンという電子音が響く。少々間があった後に、「はーい」という女性の声が聞こえた。ややあって、一人の白髪の女性が玄関ドアから現れた。
「はじめまして。私、巫部探偵事務所に所属する、巫部と申します。隣にいるのは夏生という者です。どうぞ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる巫部さんに合わせ、私も頭を下げた。どうも今回の事件は、頭を下げる回数が多い気がする。
「いえいえ、ようこそお越しくださいました。恭子さんから話は伺っています。どうぞ、中へお入りください」
「随分とお美しいお二方ですこと。おほほほほ……」
その眼鏡の奥の瞳が、私たちをガッシリと捉えた。まるで肉食動物のような獰猛な印象で、すっかり私は縮こまってしまった。
「恭子さんの話では、和美さんの他に、もう一人いらっしゃるとのことでしたが……」
「ええ。
そう言うと和美は、紅茶を淹れますと告げ、一人キッチンへと向かった。遠慮がちに部屋を見渡してみると、いたる所に、高そうな宝石を施した調度品が並んでいた。かなり裕福な生活を送っているのだろう。本川越の落ち着いた雰囲気にすっかり慣れてしまった私にとっては、この空間はあまり落ち着けるような場所ではなかった。どうやら巫部さんもそうらしく、珍しそうに辺りの調度品を眺めては、うーんと息を漏らしている。
「できましたわよ、さあ、召し上がってくださいませ」
かなり香り高いアールグレイのようで、部屋中に高貴な香りが広がっていった。巫部さんは猫舌なため、目の前にたっぷりと注がれた紅茶を一旦冷まそうと、早速本題を持ちかけた。
「清美さんがまだお見えになっていないところ恐縮ですが、少しでもお話をお聞かせいただけたらと思いまして」
淹れたアールグレイをズズズと美味しそうに頂く和美は飲むのを止め、ティーカップを受け皿へと戻した。カチャリと鳴る音がやけに響く。
「はい、何でもお答えしますわ」
堂々とした態度の和美は、話しかけた巫部さんを射るような目で見つめる。どぎまぎする私とは裏腹に、そんな様子に怯えることなく、巫部さんは引き続き話し始めた。
「まず、亡くなった西山龍興さんとのご関係についてお伺いしたいです。亡くなった日に山荘を訪れておりましたが、仲が良かったのですか?」
「ええ。
いきなり核心をつく話題が飛び出したため、私も巫部さんもゴクッと息を飲んだ。
「その宗教についてですが、知っている範囲でよいので、教えていただきたくて」
「わかりましたわ。お話しましょう」
和美はひと息入れるために、残りの紅茶を飲み干した。巫部さんも私もまだ紅茶に手を付けていなかったので、そっとひと口含んだ。口の中に、強めの香りが広がっていく。
「龍興さんの宗教は、天気によって吉凶を占うものでしたわ。晴れなら、その日は一日豊かに過ごせる。雨なら、その日は病み、生命が削られていく。不思議ですわよね。人は毎日、天気に関わらず、死に近づいておりますのに……」
おほほほほと笑う和美。どうやら、この宗教の存在に深く興味を抱いているようだった。
「どうも、この宗教の恩恵を授かれるのは、信者だけのようでしてね。その信者だけは、天気によって寿命が延びたり、縮んだりするそうでしたわよ。不思議なものですわね……。ちなみに私は興味を持っているだけで、信者ではございませんでしたわよ。だって、馬鹿馬鹿しいじゃないですか。天気で寿命が決まるなんてねえ……」
和美は目を細めて笑う。和美は、誰か信者がいたことを知っているのだろうか。
「和美さん、話の途中ですみません。どなたか、信者がおられたことはご存知ですか?」
「ええ、知っておりますわよ。時々龍興さんのお宅に、その方が通っておりましたもの……」
「ちなみに、その方のお名前は……」
和美はもう紅茶の入っていない自身のティーカップを物足りなさそうに眺め、答えた。
「この前焼死体となった、
私と巫部さんは、思わずガタンと飛び上がった。
「え、そ、それは……」
私は言いかけて、口ごもった。酷く動揺してしまっている。ついでに確認しておこうぐらいの気持ちで寄ろうとしていた村松宅の跡地を、何としてでも入念に確認しなければと誓った。
「えーっと、村松久仁子さんと、龍興さんの間で、何かトラブルのようなことはありましたでしょうか」
「あー、ありましたわね。今日も雨じゃない、どうしてくれるのよ。私の命、あと僅かじゃないのと泣き喚いていたことがありましたわ……。その宗教は、もう恭子さんから聞いているかもしれないけれど、天気を操る儀式も行っていましたのよ。ですから、雨になったのは龍興さんのせいだと……」
あと僅かとは、どういうことだろうか。
「何か、久仁子さんはご病気だったりしたのですか?」
「あー、その辺りは妹の清美の方が詳しいですわね。久仁子さんと、仲が良かったものですから……」
なるほど。これは、清美さんの帰りを待つしかない。
「わかりました。清美さんを待つことにします……」
「ええ、そうしてくださいな。あら、紅茶、すっかり冷めてしまっておりますわよ?」
私のティーカップに残った紅茶とは比べ物にならないほど並々と残っている巫部さんのティーカップを見て、残念そうに和美は言葉を漏らした。
「ええ、大丈夫です。どうも、猫舌なものでして……」
「あらまあ、可愛らしいこと。おほほほほ……」
やっぱり巫部さんは和美が苦手なのか、頭を掻いて俯いてしまった。
妹の清美が帰宅したのは、そこから二十分ほど後のことであった。大量に購入してきたのか、ノソノソと歩く足音とビニール袋のカサカサと擦るような、重たい音が聞こえてくる。
「どうも、お待たせいたしました。私が、清美でございます」
荷物を下ろし、私たちの前に現れた清美は、和美と大変顔立ちが似ていたものの、話し方や表情が穏やかだからか、和美ほどの毒々しい印象はなかった。
手短に挨拶を済ませ、巫部さんは早速、清美に話題を持ちかけた。
「この前亡くなった久仁子さんについてお伺いしたいのですが。和美さんのお話では、清美さんが久仁子さんと親しい仲だったということでしたが、いかがでしょうか」
「ええ、仲良くしておりましたわ。久仁子さんとは歳も近かったですし、あの宗教の信者ということもあり、楽しく宗教の話ができましたもの」
「なるほど。和美さんのお話では、久仁子さんはご自分の寿命について心配していたようですが、何かご存知ですか?」
「ええ。久仁子さん、どうも、ガンでしたのよ。つい一か月前くらいだったかしら。お会いしたときに話を聞いたときは、余命三か月と診断されたそうで」
「なるほど。かなり、切羽詰まったような印象ですね」
「ええ。久仁子さんはどうも、生に執着しているようでしたから。だからこそ、晴れれば寿命が延びるこの宗教を面白いと感じ、入信したのでしょうね……」
なるほど。この宗教に興味を持った理由はわかったのだが、何故、この宗教に入信したのだろうか。
「もしかして、久仁子さんにこの宗教を勧めたのは、清美さんですか?」
「いえ、私ではございませんわ。たしか、
「龍敏さん、とは……」
「ええ。龍興さんの弟さんですわ」
ここで、西山恭子の叔父にあたる、龍敏の名前が挙がった。
「ありがとうございます。最後に、当日の行動をお聞きしたいのですが」
これにはまず、和美が答えた。
「ずっと清美と一緒に居りましたわ。午後二時くらいに着いて、それからずっと恭子さんと三人でお話しておりましたわ。龍興さんと話したのは……五時頃でしたかねえ?」
和美は清美へと問いかけた。
「ええ、そうですね。それくらいの時間になってようやく、龍興さんがあの部屋から出てきたのです。でも、酷く疲れた様子でしたね……」
「午後一時まで、取材があったとか」
これは私のセリフである。これには清美が答えた。
「ええ、恭子さんから聞きましたわ。まあ、驚きましたわねえ……」
「龍興さんが、取材を受けるなんて……」
やはり、龍興は取材を依頼するようには見えなかったのか。そして、鈴城卓馬とはこの姉妹は顔を合わせていないらしい。
「何時頃、帰られましたか?」
「本当は、泊まっていきたかったんですけど、急用がありましてねえ……午後六時には帰りましたわ」
「ええ、久仁子さんに呼ばれたものですから……」
「久仁子さんに?」
「ええ。何でも、話したいことがあるからと……」
「大した話ではなかったんですけどねえ……」
二人は顔を見合わせながら、話し終えた。
何故、久仁子さんは突然二人を青森へ呼び戻したのか。
しかし、その証人はもう、この世にはいない。
「なるほど。ありがとうございます。これでかなり、情報が整理できたと思います」
「良かったですわ。また、是非お越しくださいまし……」
清美はニッコリとほほ笑んだ。和美もその後ろでニンマリとほほ笑んだ。
二
私たちは、従姉妹宅を出ると、そのまま村松家の跡地へと向かった。従姉妹宅から非常に近い場所にあり、徒歩二十分ほどで到着した。約五十坪ほどのスペースは全て焼失したのか、真っ黒に焦げた木材が無造作に散らばっている。
そんな跡地を眺めていると、ブロック塀と木材の間に、キラキラと光るものを見つけた。
巫部さんがそれを拾い上げる。私は拾われたそれを眺めた。
「これは、ブレスレットのようですね。デザインは女性もののようですから、恐らく久仁子さんのものでしょうか……」
「うん、そうだと思うよ。ん? 内側に、何か文字が刻まれている……」
巫部さんが、金色に輝くブレスレットの内側を覗いた。土で汚れている部分をふき取ると、そこにはアルファベットが彫られていた。
「これは、イニシャルでしょうか……」
「そうだね。KとTか……」
「Kは久仁子さんのKでしょうか。でも、Tは……」
私と巫部さんは考え込んだ。
「……うーん、現状ではあまりにも情報が少なすぎる。これは証拠品として、こっそり持ち帰ることにしよう」
「はい」
Tが名前の人物は、私たちがこの事件で出会った人物の中でもかなり多い。西山龍興、西山龍敏、村松泰三、鈴城卓馬……。どうやら、現状は絞り出すのが難しい。
「この焼失は、事件性があるのでしょうか」
「うーん。話によると、出火元はリビングのストーブ辺りらしい。その中の灯油がぶちまけられていたとか。遺体には灯油が掛かった形跡がないことから、事件性は低いとされているようだよ。とくに、犯人に関する目撃情報もないらしい」
「なるほど。亡くなったのが、龍興さんが亡くなった後ということも、意味があるのでしょうか」
「恐らくあると思う。きっと、清美さんにでも聞かされたのだろう。信じていた宗教を唯一守る龍興さんが亡くなったとなると、間もなく病気によって死に至る久仁子さんを救う手立てが無くなってしまうからね。もしかすると、その知らせに絶望して、自殺したのかもしれないね」
「なるほど。本人がいない以上は、もう推測するしかありませんが……」
「うん、そうだね……」
現場の状況を確認した私たちは、最後に跡地の前で静かに手を合わせた。
「……さて、龍敏さんに会いに行かねばならないな」
「龍敏さんは……たしか、九州でしたよね」
「そう。夏生くん、今回は大変な長旅になりそうだね。交通費が、嵩むなあ……」
そう漏らす巫部さんを横目に、それでも絶対に直接話を聞くことを辞めないんだよなあと思い、思わず苦笑した。
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