再会
私と巫部さんは、
「ここですか、鈴城が在籍すると思われる『
「うん、ここで大丈夫そうだ」
創明社は、雑居ビルの二階に居を構えていた。目立った看板はない。かなり小規模の出版社のようだ。
「さきほど受付係の人に電話をし、鈴城さんに用があるって話をしたら、あっさり面会の許可をもらったんだ。中でもう待っててくれているらしいよ」
「さすが巫部さん。ありがとうございます」
巫部さんは、アポを取るのがうまい。私の知る限りでは、これまでに突き返されたことは一度もない。
カンカンと階段の音を響かせ、二階へと上がる。土埃が空間に溜まっているのか、若干の煙たさを覚えた。
「お邪魔します」
巫部さんが扉を叩き、僅かに開けた隙間から声をかけた。「はーい」という女性の声が聞こえ、ややあって扉は開かれた。
「どうぞ、お待ちしておりました。鈴城さんは、あちらの仕切りの中でお待ちです」
私たち二人の来客に胸を躍らせたのか、彼女の弾んだ声が響く。彼女に連れられるまま、仕切りの中へと入った。
仕切りの中は、茶色いソファーが二つあり、ソファーの間に真っ黒な机が設置されていた。向かって左奥に鈴城は腰掛けている。私たちの様子に臆することなく、堂々とした態度だ。私たちは、鈴城と対面するように、右側のソファーに座った。
「お久しぶりです、鈴城さん。この度は、突然のご連絡にも関わらずお時間いただきありがとうございます」
巫部さんが丁寧に鈴城へと挨拶する。鈴城の顔には特に変化は見られない。非常に落ち着きを払っていた。そして相変わらずの美形だ。涼し気な切れ長の目、すっと筋の通った鼻、うっすらとピンク色の唇……。
「お久しぶりです、巫部さん。そして、夏生さん」
鈴城の声を久々に耳にした。やはり、イケメンの声そのものである。
「お久しぶりです。私のこと、覚えておいででしょうか」
「もちろんですよ。夏生さん。あの半年前の事件のときは大活躍でしたね」
悪気のない鈴城の声が響く。私は再び、半年前の事件の記憶が呼び起こされ、やや気持ちが陰り出した。その様子を見た巫部さんは、
「早速で申し訳ありませんが、とある山荘の事件についてお伺いしたくてですね」
と、話題を本題へと移してくれた。
「ああ、そうでしたね。あの山荘に住む龍興さんがお亡くなりになったとか」
鈴城の態度は、どこか余所余所しいものを感じた。
「はい。そのことなんですけど、何故取材することになったのか、経緯が知りたいと思いまして」
巫部さんの問いに、私は静かに頷いた。そう、そもそも、何故あのような山荘までわざわざ出向くことになったのか。それほど、西山家の宗教は有名なのだろうか。
「ああ、そうですよね。実は、龍興さんの方から、『取材してほしい』って依頼があったんですよ」
これには、私だけでなく巫部さんも驚いたようだ。てっきり、鈴城から押しかけたものだと思い込んでいた。となると、連続して殺人事件に巻き込まれたのは、ただの偶然なのかもしれない。
「取材自体は無事に行えたのでしょうか?」
「ええ、しかしまあ、龍興さんは不思議な方ですね。なかなか、掴みどころがわからないというか……」
鈴城は取材当時の様子を思い出しながら、苦い顔を浮かべて話を続ける。
「取材中も、こちらから特にお願いをしたわけではないのに、ずっと占いをされてたんですよね。おかげで、占いに関する記事は書きやすかったですが……」
「取材は十九日ですよね? 何時頃にされましたか?」
「お昼に入る前だったから、だいたい十一時頃だったかな。その日の占いが終わっていない、皆に伝えなければならない、急がねばとか何とか……。取材に対するコメントなのか、占いに関する独り言なのかよくわからないところもありました……」
どうやら、龍興はブツブツと念仏のように独り言を呟きながら取材に応じたそうだ。
「ボイスレコーダーで録音されたりしましたか?」
「あー、それがですね、録音していたのですが、ボイスレコーダーが、無いんですよ」
「ない……? 失くしたのですか?」
「うーん、失くしたというよりかは、盗まれたに近いですね」
その返答には、私も巫部さんも唸るしかなかった。うーん。これは、れっきとした証拠隠滅ではないか。
「参りましたね、それは。誰かがまだボイスレコーダーを持っている可能性はありますね」
「たしかに。持っているなら是非取り返したいところです。録音した情報がないと、どうも記事にするには情報が足りなくて……」
鈴城は唇を突き出し、困った表情を向けた。
ボイスレコーダーがあることで、何か不都合なことはあるのだろうか。
こう、誰かに知られては不味いようなことが……。
いや? そもそも何故、龍興は「取材してほしい」と申し出たのか。
「鈴城さん。少しお聞きしたいことが」
「はい、夏生さん」
鈴城は目を細め、少しばかり口元に微笑みを浮かべた。何故、巫部さんと私とで、ここまで態度が違うのだろうか。
「何故、龍興さんは占いのことを取材させ、世間に知ってもらおうとしたのでしょうか」
「ふむ……」鈴城は少し悩んだが、特に思いつかなかったのか、その後も無言である。
「とくに、龍興さんに質問はされなかったということですね。私が気になるのは、雑誌に特集され、広く知られることで、何かメリットがあるのかということです」
そう。西山家は、まるで隠れるようにあの山奥に館を構え、占いを行っていた。
それなのに突然、世間に注目されるような行動に出たのは何故か。
「こう言っては失礼かと思いますが、御社の刊行する『月刊 日本の信仰』は、あまり知名度がないように思えます。私は今回この事件をきっかけに初めて知りました。そのような雑誌に特集されることで、占いの活動にどう影響するのかと……」
鈴城の様子を伺ったが、とくに気分を害したような様子は見られなかった。
「そうですね……。私も、この雑誌の担当記者となったのは数か月前のことなので詳しくはないのですが。どうやら、熱心なファンはいるようで……」
なるほど。どんな分野にも、お金持ちのファンがいるということか。
「そういう人たちの目に留まり、活動の援助をしてもらおうとしていたのでしょうか……」
鈴城は首を横に振る。
「いえ、それはないかと。どうやら西山家には、莫大な遺産があるようですからね……」
私と巫部はほとんど同時に溜め息をついた。
「ということは単純に、占いのことを知ってほしかった。それだけかもしれませんね」
巫部さんは納得しない様子で述べた。うむ、何かもう少し、理由があってもいい気がするが……。
三人揃って考え込んだのか、少々の沈黙が流れる。しかしその沈黙は、受付の女性の声によって中断された。
「鈴城さん、お手紙が……」
鈴城は、彼女から手紙を受け取った。彼女は不安そうな顔をしている。
「どうやら、宛名がないみたいだな」
「このような手紙は、これが初めてで……」
彼女は酷く怯えている。鈴城は封筒の裏を見た後に、戸惑いながらも、ゆっくりと封を切っていった。その中から出てきた白い紙には、何やら黒い文字が何行か印刷されているようだった。
「これは……」
鈴城の顔がサーッと青ざめていく。先ほどの再会時に感じた堂々とした態度からは想像のできないほどの変わりようである。
「その手紙、読んでもよろしいですか……?」
鈴城は、巫部さんに無言で手渡した。巫部さんが受け取った手紙を、横から覗くように眺める。
「脅迫状……ですね」
巫部さんが鈴城に告げると、鈴城はその事実を受け止め、さらに顔が青ざめていく。
その脅迫状の中身は、このようなものであった。
創明社の皆さま
西山家に伝わる占いは、インチキです。
この占いを公にするようなことがあれば、
私は『月刊 日本の信仰』の制作に関わる
全ての人物を特定し、
制裁を下します。
「どうしましょう。巫部さん。夏生さん」
鈴城は、私たちをまるで救いの女神を見るような眼差しで見つめる。その表情は必死そのものだ。どうやら、相当参っているらしい。
「そうですね。警察に相談したいところですが、警察に相談するという行為も、占いを公にするという行為に結び付くことになります。ここは一旦、巫部探偵事務所にお任せください」
巫部さんの言葉は非常に頼もしく聞こえた。すっかり鈴城も、その言葉に安心したようだ。
「おお、ありがとうございます。とにかく私たちは、この占いに関する一連の情報を外部に漏らさないように徹底することにします。編集長に、一旦この記事の特集は取り下げてもらうように伝えておきます……」
鈴城は少しガッカリした表情だ。無理もない。せっかく書いた記事が、雑誌に載らないのは記者として非常にやるせないことであろう。
「そうですね。調査を進めて、少しでもこの脅迫状に関する情報が分かり次第、すぐに連絡するようにしますので」
「はい。そうしてもらえると、本当に助かります」
「いえいえ。ああ、最後に」
巫部さんは、脅迫状の一件ですっかり忘れてしまっていた当日のアリバイについて質問した。
「ああ、当日は取材を終えたらすぐに帰りましたよ。だいたい十三時ごろでしょうか。十六時くらいにはこの編集室に戻ってきました。あの受付の女性と編集長に聞けば、証人になってくれると思いますよ。それと、ボイスレコーダーが無いことに気付いたのは、編集室に戻ってからなんです……。あの山荘を出る少し前には、たしかにカバンに入っていることを確認したのですが……。」
「カバンの中が荒らされているなと感じたりは?」
「……すみません。もともとカバンの中が汚くて……」
鈴城は、見た目の割には意外と整理整頓が苦手らしい。
「色々とありがとうございます。では、この辺で失礼することにしますかね」
巫部さんが立ち上がる。私もそのあとに続くようにして立ち、一緒に玄関扉へと向かった。
「本当に、今日はありがとうございました」
巫部さんが、見送る鈴城、受付の女性の二人に向かって丁寧にお辞儀をした。この姿勢が、どんな人をも惹きつける魅力なのかもしれない。
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
鈴城は一礼する。受付の女性もペコリとお辞儀をした。
カンカンと音の鳴る階段を下りる。私の前を歩く巫部さんの足は、なかなか進まない。恐らく、考え事をしているのであろう。
「夏生くん」
「はい、巫部さん」
「どうやらこの宗教について、もっとよく知る必要がありそうだね」
「そうですね。私もそう思いました」
「次は、従姉妹に当たる人物を訪ねてみよう」
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