インタールード

 私は再び、山荘へと向かった。もちろん、十数年ぶりに彼に会うためだ。

 彼との記憶は、当たり前だが、十数年前に会ったときの記憶しかない。

 その記憶も、歳を重ねるごとに、すっかり新鮮味は無くなり、所々ちぐはぐしてしまっているような――。


龍興たつおきおじさん。それは何?」

 私は、机の上に無造作に置かれた本を指差した。ところどころ日焼けしているのか、黒い表紙はくすみ、むしろ明るく映る。龍興おじさんは、その本を手に取り、はじめの何ページかをパラパラとめくったあとに答えた。

「……これはね、西村家に伝わる、大事な本なんだよ」

 そういう割には、あまり本を丁重に扱っているとは思えなかった。

「そうなんだ。その本が無くなるとどうなっちゃうの?」

 龍興おじさんは、私の発する言葉の意味をあまり深く考えずに答えた。

「そうだねえ……。無くなると、私はそうだけど、きっとこの家のみんなが悲しむさ。この本は、大事な本だからね」

 大事な本だからねという言葉を強調し、再びその本のページをめくり始めた。

「その本には、どんなことが書かれているの?」

 おそらくこの質問を待っていたのだろう。めくるのをピタッとやめた。そして、やめたページに書かれている言葉を声に出して読み始めた。

「太陽は生命の象徴である。太陽が昇るとき、生命は動き出す。太陽の光は、生命の活動を促す。光に誘われ、生命は活動し、増幅する」

 私は、これからどんな言葉が続くのか想像できなかった。

「太陽の光を浴びている私たちは、生命活動が活発になっているんだ。今もそうだ。光り輝く太陽に呼応するように、私たちの生命も輝いている」

 何を発していいかわからず、私は黙るしかなかった。

「太陽があれば、私たちの生命は輝き、増幅するのだよ。だから私は、太陽を昇らせないといけないんだ」

 どういうことだ? 太陽は、当たり前のように、東から昇り、西へ沈むのではなかったのか?

「太陽が昇らない日がある。それは、酷い雨の日だ」

 ……それは、単に雨雲が厚いから、太陽の光が届かないから昇っていないように感じるだけなのでは?

「酷い雨の日がやってくると、私たちの生命は活動ができなくなる。すべては、太陽の光によって支えられているからね」

 私は、彼の思考が少し歪んでいる気がした。少しどころではないかもしれない。雨は、ときに植物にとって貴重な水となる。海へ注げば、再び私たちの元へとやってくる。そして、晴れと雨は、循環するのだ。ずっと晴れることはない。

「雨が降ると、私たちはどうなるのですか?」

 私は、龍興おじさんの話に合わせるように問う。その言葉を待っていたかのように、間髪入れずに返答した。

「死に近付く」

「え?」

「死に近付くのだよ」

 私は、龍興おじさんが決して冗談を言っているようには見えなかった。至極真面目に、私の目を見据えている。

「僕らの生命を維持するためには、晴れを継続しないといけない……?」

「そうだ。晴れが長く続くことで、私たちは長生きできる」

「龍興おじさんは、僕たちが長生きできるように、毎日お祈りをしているの?」

「そうだよ。私が、この地域の人々を守っていると言ってもいい」

 龍興おじさんは、まるで何も知らない子どもをあやすかのように、私の頭を撫でた。

 私にはその手の感触が、酷く自分勝手で、穢らわしいと感じた。

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