異能力

 行きは無理やり連れてこられた道を、帰りは一人で走って帰った。

 怖かったからだ。

 いつあの化け物が追いかけてくるとも限らない。

 手に持っていた剣はいつの間にか消えていた。

 怖い。怖かった。

 なぜあんなことができたのか。

 なぜクラスメイトを化け物に向かって放り投げることができたのか。


「ハァ――ハァ――ハァ――」


 降りしきる雨の中、やっとのことでたどり着いたのは一軒の廃屋。

 玄関はワイヤーで固く閉じられているが、お風呂場の窓にガタがきていて外すように動かすことができる。

 そこへ体をねじ込み、芋虫のように室内へ侵入する。


 鼻腔をくすぐる埃の臭いにクシャミがでそうになるが、何とか抑える。

 ここは、俺の隠れ家だ。

 父親に殴られたときはここへ逃げる、俺のセーフハウス。


「――ふぅ……」


 びしょ濡れになってしまった制服を絞ると、ハンガーにかけてドアの枠に引っかける。


『明日までに乾けば良いいけど……』


 ガタガタ、と湿気と経年劣化で動きが悪くなった押し入れから毛布を取り出し、体にまとい椅子に。

 いつから置いてあった毛布か分からないけど、何度も使っているのでたぶん大丈夫だ。


「あれ、何だったんだろう……」


 思い出すのは化け物のことだ。

 降りしきる雨の中で、一瞬の幻のように感じたが、クラスメイトの泣き叫ぶ音と、化け物が出す咀嚼音は今も耳にこびりついている。

 しかし不思議なことに、あんな化け物が出たというのに、外からはパトカーや救急車といったサイレンの音かひとつも聞こえなかった。

 「もしかしたら夢だったのかも」と思い込もうとするが、その度に傷から流れる血が口いっぱいに広がり、あれが現実のだったと思いしらせる。


「剣だって――たぶん、気のせい」


 『期待しただけ無駄になる』そう思いつつも、心のどこかではあの冷たい姿に出会えるんじゃないか、と期待しながら手のひらを見つめる。

 すると――。


「なぁっ!?」


 パキパキパキ、と水が凍るような音と共に、あの時と同じ氷でできたような剣が手のひらに現れた。

 見た目に反して冷たくなく、また重さもない。

 だが、不思議と安心感はあった。


「『原初の剣』……?」


 手のひらに現れた剣を見つめていると、そんな文字がポップした。

 これはあれだ。ゲームみたい、と表現すればいいんだろうか。

 携帯を持っていないからゲームの類いとは無縁な生活だけど、こう表現するのがしっくりくると思った。


 それ以外、どこを見ても何も書いていない。

 その文字だって、俺が触れてもスカスカと素通りするだけだ。

 「本物の剣なんだろうか?」と、疑問が湧きたち近くに転がっていた空の缶詰に切っ先を突き刺す。


 ――ッシュキ


「はっ!?」


 缶を切るつもりは微塵もなく、ただ刀身を缶にぶつけただけだった。

 それだけなのに、金属同士を滑らせたような背筋を寒くさせる音と同時に、空き缶は綺麗に真っ二つに切れた。

 これは切れ味とか、そんな次元の話ではない。


 恐る恐る刀身を指で触れると、温度は無いが確かな硬質感はあった。

 爪の先で刃に触れてみるが、缶詰を切った時のような切れ味が全くなく、それどころが指で強く触れても刃の跡すら指に残らなかった。


「スキルツリー?」


 硬質感だけの剣に魅入っていると、視界の端にそんな文字を見つけた。

 剣の名前には触れても何も起きなかったが、スキルツリーの文字に触れると画面が開くように円とそれをつなぐ線が書かれたイラストが現れた。


「なんだこれ……」


 長い菱形のように描かれているそれに触れて見るも、なんの反応もなかった。

 唯一、光り文字が表示されているのは、菱形の中央よりやや下の円に『原初の剣』と書かれているだけだった。


 「意味が分からない」というのが正直な感想だった。

 こんな剣が出てくるようになったからって、人前で出せるわけがなくイジメがなくなるわけでもない。

 あの化け物と戦えるはずもなく、つまり何も変わることはないということだ。


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