神様が見捨てたこの世界で、僕に何ができるだろうか
いぬぶくろ
プロローグ
生まれたときは幸せだったのかもしれない。
最低限、両親は居ただろうし生きていくだけの衣食住はあっただろう。
それが壊れたのはいつごろだっただろうか?
俺の頭が悪いことに気づいた頃から?
父の暴力を受け止めきれなかったから?
母の言いつけを守れなかったから?
クラスメイトのカツアゲに逆らったから?
イジメがないという学校側を無視して警察に駆け込んだから?
たぶん全部、違うしみんなそう。
「ガハッ――……あっ――あぁっ――!」
ザァザァと激しい雨が降る中、俺は大口を開けて空を仰いでいた。
手足や頭は廃棄されたベッドに縛り付けられ、口は閉じれないように木の板で強制的に開けられている。
「ギャハハハハハ!!!!」
遠くから笑い声が聞こえる。
早い話、俺は殺されかけている。
口に雨が溜まるのが早いか飲み込み息をすることができるか。
「死にたくない」その一心で水を飲み込むが、もう腹一杯で飲めない。
息も苦しい。
何度も何度も咳き込んで、水が混ざった空気を吸い込みまた咳き込む。
意識が朦朧としてきた。
「「「
大合唱に耳が、心が、魂が押しつぶされそうになる。
恨みなんかじゃない、ただただ遊ぶための人殺し。
本人たちは、イジメとも思っていない。
そんな遊びのために俺は――
「うっ――!?!?」
ゲボッゴホゴホッ!
不味い!
水ごと思い切り息を吸い込んでしまった!
息ができない!
助けてッ!
助けてッ!
【その願い、聞き入れよう】
瞬間、周囲の雨音は止み、「死ね」の大合唱は聞こえなくなる。
そして、俺の胸の上には光り輝く何かが乗っていた。
【暇つぶしに、この世界を少しだけ変える。生きるも死ぬも、救うも壊すも好きにすれば良い。君たちにはちょっとしたプレゼントをしてあげよう】
これは死の瞬間に見る走馬灯のようなものか、と軽くなった呼吸に安堵しつつも思う。
走馬灯なら、俺の胸の上に乗っているのはだれだろう?
そもそも、プレゼントとは一体……?
【なぁに、ちょっとした気まぐれさ】と言い残し、光は消えていった。
再び雨音と「死ね」の大合唱が耳を責める。
――と同時に、ズォオン! という巨大な地響き。
「は――あぁっ!?」
視線だけ動かし音がした方を見ると、そこには鯨に手足が生えたような化け物が横たわっていた。
そして、その下には潰れた――潰れた――
「へひゃっ――」
思わず笑みがこぼれた。
殺そうとしていた奴らが殺そうとした奴より早く死ぬ。
これほど滑稽なことがあるか!?
いや、ないッ!
パキン、と手足と頭の拘束が切れる。
手に持っている氷でできたような剣で切った。
これがプレゼントだろう。使い方も頭に、勝手に入ってくる。
口に突っ込まれていた木の板を抜き出す。
ジュジュッ、パキパキッ、ぬちっぬちっ――。
「痛い! 痛い痛い痛い痛いイダァァァァァァァア!!!!」
潰されなかった生き残りが、鯨の化け物に少しずつ咀嚼されている。
悲鳴は絶叫に変わり、そして静かになる。
「なっ、なんだよあれ!? なんだよ、アレは!?」
このイジメのリーダー格が、目の前に起きている惨劇に悲鳴を上げる。
尻餅をつきながら後ろに
そして、ドン、と俺の足に当たる。
「ひぃっ!? あっ――坂咲」
コイツの名前は――覚えていない。
俺の名を呼んだクラスメイト、恐怖に染まる顔を見られたことで羞恥にかわり、そして怒りへ、次いで怒りに染めた。
「なんだよテメェ! 邪魔だ殺すぞ!!」
「そうか。好きにするぞ」
あの光が言っていた「救うも壊すも」というのはこういうことだろう。
そいつの襟首を掴むと、思い切り鯨の化け物の口へ向けて放り投げる。
50キロ以上、体重があるはずなのに、今の俺には軽々と持てた。
「お前も」
「きゃぁっ!?」
ケバケバしい化粧をしたヤンキー女を同じように放り投げる。
「逃げるな」
「うわぁっ!」
投げるさまを見て逃げだそうとした奴を捕まえ、同じく放り投げる。
そこからさらに、同じことを数度繰り返すと、辺りは咀嚼音と雨音だけになった。
「逃げなきゃ……」
あの化け物が食い終わり、俺を狙う前に。
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