026 初夜(4)
――美しく着飾った
幾本もの蝋燭に童女はぐるりを囲われている。明々と灯る火に照らされる
これは己が夢幻の中に見ている像である――と、五郎太にはそれがわかった。あの昼下がりの蔵で、下女の大きく開いた袂から
こうなってはじめてそのことを思い出し、再び女のために気を失った自分がまたこうしてこの童女を眺めている不思議を思いながら、五郎太は、夢幻の中に浮かび上がる童女の、その愛くるしい姿を観照した。
肩できれいに切り揃えられた
ただ
見れば、童女の膝元には香炉が置かれており、そこから立ち上る煙が薄ぼんやりと童女を取り巻いている。……何か
やがて童女の前に、
襖の奥の暗がりには閨が
――その襖の向こう側で何が行われようとしているのか、五郎太は知っているのである。
果たして襖の向こうから
悲鳴はやがて泣き声に変わる。苦痛に喘ぐ童女の泣き声が、地獄に救いを求めるように大きくなり、また小さくなる。五郎太はもう堪らず、己の頭を割れんばかりに締め上げながら、
――だが、やがて五郎太は己の耳に届く泣き声が童女のそれとは別のものに成り代わっていることに気付いた。
恐る恐る目を開ける。そこに五郎太は、ランプの灯を受けて一人椅子に腰かけ、悄然とうなだれるエルゼベートの姿を見た。
薄暗い部屋の中、何かを
その姿を目にした五郎太は胸を掻きむしられるような思いで、再び声ならぬ声をあげはじめる。
(……泣かせるつもりはなかった。お前様を泣かせるつもりはなかった)
だがエルゼベートに、五郎太の声は届かない。
この世に二人とない
* * *
――夢から覚めたときには、既に朝であった。
夢の中さながら、部屋の隅の椅子に腰掛けていたエルゼベートは、五郎太が身を起こすや弾かれたように五郎太を見て椅子を立ちかけ、けれども立ち上がることなくまた悄然と俯いてしまう。
「お目覚めになられたのですね……良かった」
「これは……いったい、どういう……」
己の置かれた状況が掴めずに狼狽する五郎太を気遣わしげな目で見つめたあと、静かな声でエルゼベートは言った。
「昨夜、ゴロータ様は気を失ってしまわれたものでありますから……」
「……それをエルゼベート殿が、朝まで看病を……?」
「はい……どうやらわたくしのせいのようでありましたので」
消え入るような声でそう告げるエルゼベートの
ぼんやりとした朝日を受けるエルゼベートの
「重ね重ね申し訳ありませんでした。ゴロータ様のお気持ちも考えず、わたくしは何というはしたない真似を……」
「いや……違うのだ、エルゼベート殿。俺は――」
言いかける五郎太を、エルゼベートは小さく頭を振って抑えた。それから、どこか泣き腫らしたようにも見える、真摯な目で五郎太を見た。
「ゴロータ様……貴方様のそのやさしさは、時として残酷ともなり得るものです。もしわずかなりとも今のわたくしを哀れにお思いでしたら、そのことをお心の片隅にでも留め置き下さいませ」
エルゼベートの言葉に、五郎太は何も返せない。……何か返さねばと思いはするのだが、言葉が出てこない。
「……婚約に関しましては、わたくしから兄に断りを入れます。わたくしは負けを認めていない……そう言えば、兄もそれ以上は押してこないでしょう」
エルゼベートはそう言って再び目を伏せる。そのまましばらく俯いていたあと……わずかに逡巡する様子を見せて、それからまた五郎太に向き直り、真っ
「ただひとつ……皇女ではなく、貴方様に恋した
そう言って、
息を
かける声が見つからなかったのではない。生まれたての朝日の中、苦しい胸の内を告げ涙する女の――そのあまりのいじらしさに、声をかけることが躊躇われたのだ。
「これ以上はもう……失礼致します」
そう言ってエルゼベートは椅子を立ち、足早に部屋を出ていこうとする。
「エルゼベート殿」
そこではじめて、五郎太は声を出した。
五郎太の声にエルゼベートは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。その頬を、また一条の涙がつたい落ちてゆく。
「……
喉の奥から絞り出すような、五郎太の声だった。
扉に手をかけ、頭だけ見返ったぎこちない姿勢のまま、エルゼベートはいつまでも五郎太を見つめ、動かなかった。
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