第15話Michael寿限無の練習

 なるほどねえ。後半のマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんがどうのこうのって言うのは、元ネタを意識したネタなんだろうな。マイケル・ジャクソンのムーンウオークにちなんで前向きにハイハイしてるみたいなのに後ろにハイハイしてるっていうのはなんとなくわかるけど……ほかはどうもわかりにくいわね。


 まあ、それはあとであたしがネットで調べればいいか。リツがぼそぼそしゃべるのを聞くよりはそっちのほうがよっぽど話が早そうだし。それよりも……


「ねえ、この『Michael』の部分はどう発音すればいいのよ」


 「それはその……」

「あんたが『Michael』の発音の仕方には国ごとに違うんだよってことを面白がらせたいってことくらいは読めばわかるわよ。12星座の寿限無と12ヶ月の寿限無で息子に長ったらしい名前を付けた熊さんが『今度はありきたりな名前にしようかな』なんて言うから、ご隠居さんがじゃあ、『Michaelはどう?』なんて提案したけど、その『Michael』の発音が何通りもあって、その何通りもの発音を熊さんが息子に全部つけてまた名前が長くなっちゃったってことなんでしょう」


 「そう……です……」

「じゃあ、肝心のご隠居さんは一番最初に『Michael』をなんて発音したかが問題になってくるじゃない。マイケル、ミハエル、ミハイル、ミシェル、ミゲル、ミカエルのどれにしてもおかしくなっちゃうんじゃない」


 「だから、これ」

 ん? リツがなにか書いた紙をあたしに渡してきたな。Michael寿限無以外にもなにかあるのか。どれどれ……Michaelって紙に大きく書かれてる。この紙、あたしがプリントアウトした星座の絵や、月の英単語とかを書いた紙と同じサイズのような……ああ、そういうことか。


「御隠居さんが熊さんに西洋のありきたりな名前を教えるシーンで、あたしはMichaelを発音せずにこの紙を差し出せばいいってことなのね。それで、見ている人は『Michael? マイケル? なんでわざわざ英単語を紙に書いて見せるの?』って思うってことなのね。日本じゃ英語が一番メジャーな外国語だから。で、そのあと観客に『なるほど。いろんな発音の仕方があるんだなあ』なんて思わせるってことなのね」


 「そういうこと」

 ふうん。こいつも、あたしがいろいろな紙でしゃべり以外にビジュアルで演出したことにあわせた作品を作ってきたのか。悪い気はしないかも。少なくとも、『かってな演出をするんじゃない』なんてダメ出しをされるよりは。


 「で、これ」

 ん? リツがまた何枚か『Michael』って書かれた紙と同じサイズの紙を渡してきたな。いろんな人の顔写真とか肖像画とかみたいだけど……ははあ、リツ、少しあんたが書いてきた文章参考にするわよ。


「これがマイケル・ジャクソンの写真。これがマイケル・J・フォックスで、これがマイケル・ジョーダン。そして、これがミヒャエル・エンデでこれがミハエル・シューマッハね。お次がミハイル・ロマノフの肖像画で、これがミハイル・カラシニコフでこっちがミハイル・ゴルバチョフ。で、ミシェル・ノストラダムスにミッシェル・ポルナレフ……これだけ左右に二分割されて左にサングラスつけた外国人、右に漫画のキャラクターがあるけど、なんでなの?」


 「右が『ジョジョの奇妙な冒険』のポルナレフってキャラなんだけど、名前の元ネタが左の歌手。

 元ネタよりも、ジョジョのポルナレフのほうが有名になっちゃったんだ。特にアニメの話だと」

 なるほどねえ。そんなこともあるのか。


「そういうことね、わかったわ。で、ミゲル・デ・セルバンテスの肖像画に大天使聖ミカエル様ってわけね……ねえ、ミヒャエル・エンデに、ミゲル・デ・セルバンテスは作家なんでしょう。だったら本人の写真や肖像画よりも、本の表紙を見せた方がいいんじゃない?」


 「それいい。断然そっちのほうがいい。だったら、ミハイル・カラシニコフも

 彼がデザインした銃の写真を使った方がいいかも」

「そのほうがいいわね。じゃあ、新しいバージョンをあたしが家で作ってくるから、別の日にあんたにこっそり見せるわね。いちおうこの文章はあんたの作品なんだから、あんたもあたしがどんな絵を使うか確認するのよ」


 「わかった」

「で、最後の紙か。

    angelエンジェル天使 

    angerアンガー怒った

      ……なるほど。

大天使聖ミカエル様にちなんだオチってわけね。最後のエルとアールが変わるだけで発音も意味も違うものになるのね。あんまり長い名前を付けられたマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが怒っちゃったと」


 「どう、面白い?」

「面白いし、よくできてるわよ。この内容なら授業中にやっても問題ないだろうし……これは古典より英語かな。なら、英語の先生に許可取った方がいいかな。リツ、あんたもそれでいい?」


 「うん……その、ありがとう。いいアイデア出してくれて」

 どういたしまして。できればそういうお礼はもう少し大きな声で言った方がいいと思うけれど、言葉にしただけでもリツにしては上出来か。


 それにしても、『いいアイデア出してくれて』か。これだけ長い文章を書いておきながら、そんなふうにあたしに感謝しちゃうんだ、リツ君は。誰とも話さないやつと思ってたけど、共同作業もできるのか。こいつのぼそぼそ声に付き合える人間がいればの話だけど。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る