第14話Michael寿限無・其の2

「おや。今出ていったとばかり思っていた熊さんがもう戻ってきたよ。いったいどうしたのかね」


「ご隠居、産まれました。玉のような赤ん坊です。立派な男の子です」


「そうかい。そいつはよかったね。それで、なんて名前をつけたんだい?」


「『名前』って、ご隠居さんがいいMichaelの発音をたくさん教えてくれたじゃありませんか。だから、そいつを名前にさせてもらいました」


「だから、どのMichaelの発音を息子の名前にしたんだい?」


「そんな、せっかくご隠居が教えてくださった名前ですから、ありがたく全部ちょうだいしましたよ」


「全部って、それじゃあお前さんは息子にマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルて名前をつけたって言うのかい?」


「はい。今日からおいらにはマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルという息子ができました」


「しかし、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルと言うのは名前としては少し長すぎるんじゃあないのかい?」


「そんなことありませんよ。全部ご隠居が教えてくれたありがたい名前です。ひとつだって無駄にはできませんや。それじゃあ、おいらマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルの早く顔を見に帰りたいので、これで失礼します」


「そうかい、それじゃあ、おっかさんとマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんによろしくね」


 ……


「へへへ、おいらのかわいいマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん。待っててねと……おや、子供の泣き声が聞こえてくる。なにが起きたんでい」


「あ、あんた、大変だよ。マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、前にハイハイしてると思ったら、後ろのハイハイしてるんだ」


「なに言ってるんだい、前にハイハイしてると思ったら後ろにハイハイ? そんなことあるわけが……本当だ。マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、前にハイハイしてると思ったら後ろにハイハイしてる。いったいどうなってやがんでい」


「それだけじゃないんだよ。マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、未来へ戻ったり、過去に進んじゃったりしてるんだ」


「それこそありえない話だよ。未来へ戻ったり、過去に進む? そんなことできるわけが……本当だ。マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが未来へ戻ったり過去に進んだりしてる。不思議なことがあるもんじゃねえか」


「そして、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが空を歩きながら飛んでるんだ」


「空を歩きながら飛ぶ? ますますもってわけがわからねえな……その通りだな。マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが空を歩きながら飛んでらあ」


「で、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが『はてしない物語』を書くなんて言って、本の装丁にこり始めちゃったんだ」


「なんだって、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが本を書き始めたと思ったら、装丁にもこりだしたって。ずいぶんませてるじゃねえか」


「そして、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、ベビーカーに乗ってブオンブオンとエンジンをふかすまねをしているんだ」


「ひえっ、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが赤ん坊なのにそんな暴走族みたいなまねを? せめて免許をとってからにした方が……」


「したらば、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、『余は初代ロマノフ王朝皇帝である』なんて言い出しちゃって」


「なにをトンチンカンなことを。マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんはおいらとおめえの息子で庶民もいいところじゃねえか。皇帝だなんてあるものか」


「お次にマイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが手で鉄砲の形を作ってバンバン撃つふりをしてくるんだ」


「『バーン!』『うわっ、やられた!』てか? ここは江戸の町だぜ。そんな大阪みたいなことをする必要はないんだよ、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん」


「それで、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが『やはり社会主義は理想的だが現実的じゃない』なんて言い出しちゃって……」


「『社会主義』? そんな難しいこと言われてもおいらにはわけがわからないよ、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん」


「そして、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、『1999年第7の月に恐怖の大王によって人類は滅ぶだろう』って予言しだすんだ」


「1999年! そんなのとっくの昔の話だよ、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん」


「で、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが、『みんな俺のことをジョジョの登場人物だと思ってきやがる。俺の名前を使ったキャラの方が有名になっちまった』なんてぼやくんだ」


「『ジョジョ』? いったいなにを話してるんだい、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん」


「さらには、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんがおもちゃの風車ふうしゃを巨大な風車かざぐるまだと勘違いして怖がってるんだ」


「マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん。これはおもちゃだから、巨大な建物じゃないから怖がらなくてもいいんだよ」


「最後に、マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃんが天使となって神様に会いにいこうとしちゃってるんだ」


「マイケルミハエルミハイルミシェルミゲルミカエルちゃん、まだ産まれたばかりじゃねえか。神様のところに行くのは少しばかり早いんじゃねえか」


「だって、こんなに長い名前をつけられたらangelもangerしちまうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る