第13話Michael 寿限無・其の1

 「これ」

 古典の授業の後の授業時間になにか一生懸命書いてると思ったら、やっぱりあたしへの文章か。あのあと英語やら数学やらの授業そっちのけでいろいろ書きなぐってたもんね。ひょっとしたら、『別なの作ったからもういいだろう。いい加減に勘弁してくれよ』とか、『人の話になに勝手にまくらつけてるんだよ。余計なことするなよ』なんてあいかわらずのぼそぼそ声で文句言ってくるかもしれないと思ってたけど……そんなことを言いもせずに創作に一生懸命になってたわね。それにしても……


「あのさあ、リツ。あれはあんたの作ったお話じゃない。ほら、著作権とかあるんじゃないの? あんたには『あれは僕の作った話だ』なんて、手柄を誇る権利があるんじゃないの? これじゃああたしがあんたの手柄を横取りしてるみたいじゃない。あんた、それでいいの?」


 「僕は目立つのは好きじゃない。むしろ『あれはリツ君の作ったお話でーす』なんて大声ではやしたてられる

 ほうがよっぽど迷惑だ。権利をどうこう言うのなら、『教育目的の著作権の例外規定』があるから別にいい

 それに、前半のまくらはそっちのオリジナルじゃないか。なにも僕に遠慮することはないよ」


 相変わらずぶつぶつ理屈っぽいわね。よく聞こえなかったけれど、『著作権の例外規定』? なんですか、それ。あんた、そんなこといちいち考えてるの?


 「それより、新しいの作ったから早く読んでよ。クラスのみんなも聞きたがってたじゃないか」

 う、たしかに、ここでリツが新しいのを作ってこないほうがあたしとしてはまずい展開だし。とりあえず読ませてもらおうじゃないの。なになに、また寿限無のパロディみたいね。よくもまあ、同じ寿限無のパロディとは言えこんなに思いつくものだわ。いったいどんな脳みそしてるのかしら。それにひきかえ、アウトプットの貧弱なこと。いや、文字にしてるからアウトプットが貧弱なわけではないのか……




「ご隠居、おいらのかかあに子供ができましてね」


「それはめでたいじゃないか。熊さんもとうとう人の親かい」


「そうなんですよ。それで、ぜひともご隠居に名前をつけていただきたいんですが……」


「名前かい! あたしが名付け親になってもいいのかい?」


「それはもう。なにせおいらには学がありませんので。ひとつご隠居にいい名前をつけてもらおうと思いまして」


「それなら、なにかお前さんに希望はあるのかい? できる限りお前さんの期待にこたえるけれども」


「それでしたら、やはり突飛な名前は息子にとって良くないと思うんですよね。あんまりややこしい名前にしても、それが原因でいじめられたり、面接で笑われたりするだろうし……かと言って今のご時世に『太郎』や『はじめ』ってのもねえ。なにかいいアイデアはないですか、ご隠居?」


「アイデアときたか。これまたハイカラな言葉が出てきたね。じゃあ、そのハイカラにちなんで。西洋のありきたり名前を教えようか。海の向こうじゃ普通でも、こちらじゃハイカラってことになるかもしれないからね」


「さすがご隠居。西洋のことにもお詳しいんですね」


「それほどでもないけれどね。なんといってもあちらで1番ポピュラーなの『Michael』だね」


「え、あの、すいません、ご隠居。よく聞き取れませんでした。もう1回言ってくださいますか?」


「これは失礼。向こうの人の発音だと熊さんのようなチャキチャキの江戸っ子には聞き取りづらいかもしれないね。それじゃあ、アメリカではマイケルだ。キング・オブ・ポップスのマイケル・ジャクソンとか、『バックトゥーザ・フューチャー』の主演俳優マイケル・J・フォックス、バスケットボール選手のマイケル・ジョーダンなんてのが有名だね」


「ほほう。アメリカではマイケルと言うんですか。アメリカではと言うことは、他の国では違うふうに言うってことですか?」


「そうだよ、熊さん。察しがいいじゃないか。ドイツでは、ミヒャエルとかミハエルとかて言うね。『はてしない物語』の作者ミヒャエル・エンデとか、F1レーサーのミハエル・シューマッハとかが有名だよ」


「なるほど、ドイツではミヒャエルやミハエルですか。それでほかには」


「ロシアではミハイルなんて発音するんだ。初代ロマノフ王朝の皇帝ミハイル・ロマノフ、銃器デザイナーのミハイル・カラシニコフ、ソビエト連邦大統領でソビエト連邦共産党書記長のミハイル・ゴルバチョフなんてのがいるね」


「ほうほう、ロシアではミハイル。そしてそして」


「フランスではミシェルとかミッシェルだよ。大予言者ミシェル・ノストラダムス、シャンソン歌手のミッシェル・ポルナレフあたりがポップカルチャーの世界で有名だね」


「ほほう。フランスではミシェルにみっしぇるですか。それでもって」


「スペインだとミゲルだ。これはなんといってもミゲル・デ・セルバンテスだね。『ドン・キホーテ』の作者だ」


「スペインだとミゲルですか。なんだかいろんな国のいろんな言い方があってこんがらがってきちゃったなあ」


「安心していいよ。国別の発音はこれで終わりだ。でも、外せない発音があってね」


「外せない発音! なんですか、それは?」


「キリスト教の大天使聖ミカエルだね。と言うよりも、この天使の名前が由来で人命にマイケルだのミハエルだのミハイルだのミシェルだのミゲルだのつけられてるんだ」


「天使様のお名前に由来してたんですか。こいつはありがたいですなあ。いや、ありがとうございます。こんないい名前をいっぱい教えていただいて。さっそくかかあに知らせてやらなきゃあ」


「あ、熊さん……いっちまった。いったい、どの名前にするんだろうねえ」

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