第12話12ヶ月寿限無の反省会

「いや、おみごとおみごと、桂林。古典担当の先生の解説の分まで残してくれるなんて、ずいぶんサービス精神豊富じゃないか」


 お褒めの言葉どうもありがとうございます、鈴木先生。なにせ、あそこからさらに太陰暦の閏月の説明を入れる余裕がなかったもので。


「これで、みんなも英語の月の言い方を覚えられたんじゃないかな。なにせ、英語は古典と違って英作文があるからな。『ジョンは何々をしました』なんて文に簡単に『何月に』なんてつけられるから、月の英単語を覚えていないとすぐテストの点が下がるんだ。先生も中学の頃には苦労してな。とりあえず、その月の名前の英単語やら由来やらが書かれた紙を回収して席に戻ってくれ。桂林」


 だって、褒められてるわよ、リツ。良かったわね。


「で、桂林のお望み通りの閏月の解説だな。今は太陽暦と言って、地球が太陽の周りを一周するのを1年とする。これ以上詳しく話そうと思ったら理科の領域になるから省くとして、それを12分割したものが1ヶ月だ。だいたい1ヶ月が30日だな。だが、日本は昔は太陰暦と言って、月の満ち欠けを1月としてたんだな。と言うよりも、例えば満月から次の満月になるまでだから1ヶ月なんだが……」


 ほうほう。さすがは教師だけあって教えるのが上手いなあ。リツのぼそぼそ声とは大違い。


「この太陰暦だと、1ヶ月が28日になって、その12ヶ月分を1年とすると、太陽暦の1年とズレが出る。そのままだと、真夏に12月の師走なんてなりかねないから、1月余分に入れることになったんだな。それが閏月で、だいたい三年に一度入れていたみたいだ。どの月に閏月を入れるかは決まってなくて、8月の次に閏8月になったり……これだと夏休みが増えるからみんなにとっては嬉しいかもな。6月の次に閏6月になったりもした。これだと、みんなにとっても嬉しくないだろうし、なによりややこしい」


 なるほど。太陰暦だとそんなシステムになるのか。鈴木先生にこの辺りを丸投げしておいて良かった。


「そういうことで、明治維新のおりに太陰暦から太陽暦になったわけだな。ちなみに、イスラムの国では今でも太陰暦で閏月なんてシステムがないから、断食月のラマダンが夏になったり冬になったりするんだな。ここのところは地理の先生に聞いてくれ。ジャニュアリーうんぬんかんぬんちゃんは、1年が13ヶ月になっちゃって怒っちゃったわけだな」


 そういうことみたいね、リツ。あんたももうちょっと人に聞かせるということを意識したほうがいいんじゃない?


「では、授業の方に入る。教科書を開いて……」


 ……


「……それでは今日のところはこれくらいにするか。キンコンカンとベルもなったことだしな」


 やれやれ、リツの12ヶ月寿限無もなんとかできたな。わ、クラスのみんなが寄ってきた。


「志子ちゃん。ああいうのもっとやってよ。先生の授業よりよっぽど面白い」


「本当だぜ。俺、桂林さんのお話もっと聞きたい」


「ああいう話、どうやったら思いつくの?」


「思いつくだけじゃなくて、それをあんなに面白くみんなの前でやれるのもすごいよ」


 まずい。4番目はあたしが褒められてるのかもしれないが、それ以外はリツのお話作りを褒めていることになる。なんだかんだで、12星座寿限無とか12ヶ月寿限無とかがリツのお話だってことはおおっぴらになってないし……どうしよう。ここでリツが、『あれは僕のお話なんだ』って自筆のノートを見せびらかしたりしたら……


 「……」

 おい、リツ。自分の手柄を誇るどころか、沈黙までぼそぼそ物静かにするんじゃない。ほんと、なんであれだけの話が作れるのに、それを表ざたにしようとしないんだろう。一人でお話を作って一人で面白がってればそれで満足なのかね。


「ええと、それはその。今度いつやるかははっきりとは言えないものの、みんながそれだけ楽しみにしているのなら、新作をやらないわけにはいかないといいますか……みんな、あたしのことでしゃばり目立ちたがり屋のおじゃま虫なんて思ってたりしてないの? 例えば、『授業を邪魔するんじゃない』とか、『自分だけ表舞台に立ってなにワンマンショーやってるんだ』とか思わないのかな? それなら、あたしはとりあえず引っ込むけれど」


 これで、次の授業は鈴木先生の話だけを求められたり、だれか他の人が何かやろうとするのならこの場はしのげるんだけれど……


「そんなことぜんぜんないよ、志子ちゃん。つまんない授業よりずっと楽しいんだから」


「少なくとも俺は、自分が人前に立って何かやるより桂林さんの落語を聞きたいな。なあ、みんな」


 あ、みんなあたしの落語を聞きたいって言葉に同意してる。どうしよう。引っ込みがつかなくなっちゃったかも。ひょっとして、これリツの復讐だったりする? さんざんあたしを調子付かせておいて、舞い上がったところで化けの皮をはがして……自分をあざ笑ったあたしをやりこめるつもりなんじゃ……

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