第7話12星座寿限無の反省会

「あんた、どういうことよ!」


 放課後の教室。あたしはリツと二人きり。これはなんでリツがあたしの落語に無反応だったかを問い詰めるチャンス。さあ、きりきり締め上げてやるんだから。


      「どういうことって、どういうことだよ」

 ああ、例によってボソボソと聞き取りにくいわね。なんでこんな根暗な奴があたしの隣の席なのよ。


「あたしは、あんたの文章を披露したのよ。しかも、星座の絵なんて要素も加えちゃったのよ。それについて何かないの。『凄かった』とか、『余計なことするなよ、変なオリジナリティ発揮しようとしてるんじゃねーよ』とか、ないの」


    「上手かったとは思う」

 それだけ? そんなボソボソほめられても、こっちは嬉しくもなんともないわよ。


「じゃあ、あたしの評価はこの際どうでもいいわよ。でも、あんたの原作も鈴木先生は褒めてたじゃない。『溺れている女の子を放っておくよりはマシだけれどの部分は良くできている』なんて。あんたの文章が他人に褒められたのよ。それについて、何か思うとことはないの?」


            「別に、あんなの誰だってできるよ。一揃えの単語をそろえて、その単語を解説して

            その単語に関連付けた小オチを言って、最後に大オチつければいいんだから」

 こいつは……無口ならまだいいってのに、ボソボソ小声で話すわりにはやたらネチネチ理屈っぽいと来た。ああイライラする。話さないなら話さない。話すならはきはき話す。どちらかにしなさいよ。


「ああもう、あんた。そんなんでこの先生きていけると思ってるの? いい、今からあたしについて喋りなさい。あ、え、い、う、え、お、あ、お、」


           「あ、え、い、う、え、お、あ、お……なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ」

「それは、あたしがあんたに借りを作ってしまったからよ。あんたの作った話をあたしが披露したことで、あたしは先生に褒められたの。それなのに、あんたは『あれは自分が作ったお話なんですよ』なんて言おうともしない。これじゃあ、あたしがあんたの手柄を横取りしたことになっちゃうじゃない」


         「僕は横取りされたなんて思ってないよ」

「あんたがどう思うかじゃないの。問題は、あたしがどう思うかなの。あたしは、あんたみたいな陰気でボソボソしか喋らない暗い男子に借りを作ると思うなんてまっぴらごめんなの。だから、あんたをはきはき話せるようにして借りを返すの。どう、わかった?」


       「そんな。僕はそんなことをされても借りを返されたなんて思えないよ」

「だから、あんたの問題じゃなくてあたしの問題だって言ってるでしょ。あんたがどう思おうと、あたしが満足すればそれでいいの。そもそも、ちっともできてないじゃない。ないよ、そのか細い声。あんた、ちょっとおなか出してみなさいよ」


       「これでいいの? 痛い! 何するんだよ」

「悲鳴もか細いわね。それに、女の子にちょった叩かれたくらいでそんなに痛がるのは腹筋が足りないからよ。それじゃあ、そんな小さな声しか出せないのも無理はないわね。そもそも姿勢が悪い。そんな猫背だからそんなふうにボソボソしか喋れないのよ。とりあえず、横に寝転びなさい」


      「なんで僕がこんな目に」

「はい、そのまま深呼吸。息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いて。今度は小きざみに吸って吐いてを繰り返して……よし。立ちなさい。もう一回あたしについて喋るのよ。あ、え、い、う、え、お、あ、お」


      「あ、え、い、う、え、お、あ、お」

「ちっとも上達しないわね。まあ、あたしのこの美声だって長年の努力の結果だからね。いきなりあんたみたいなのにあたしみたいになれと言っても無理な話かしら。いいでしょう。あんたの短所を克服するのはやめにしましょう。あんたの長所を生かすことにするわ」


      「長所? 僕にそんなものないよ」

「あるでしょ。立派な面白い文章を書けるという長所が。そうね。またアリエスタウラスジェミニキャンサーレオライブラバルゴスコーピオンサジタリウスカプリコーンアクエリアスピスケスちゃんみたいな話を作ってきてよ。それをあたしが面白がったら、それで貸し借りなしってことにしてあげるわ。あんた、『あんなもの誰にでもできる』って言ったわよね。そんな誰にでもできるものをあたしがわざわざクラスのみんなの前で披露したってことは、あたしとしては屈辱よ。だから、その誰にでもできるものをもっと作ってきなさい」


     「そんな、僕にだってプライドが……駄作を量産するなんてマネ……」

「あんたがそのボソボソ声を改善するのと、あんたがあたしを満足させるお話を書いてくるのとどっちがいいの? それに、誰が駄作を作ってこいなんて言ったの。あたしは面白い話を作ってこいと言ったのよ。つまんない話作ってきたら、もっと厳しい発生トレーニングが待ってるんだからね」


     「わかったよ。作るよ。作ってくればいいんだろ」

「わかればよろしい。それでは、今日のところはこれでバイバイとするわ。あたしはこれで帰るから、あんたはしっかり創作にはげむのよ」


 まったく、リツのやつったら。あんた、先生が褒めるような文章書けるんじゃない。だったら、バンバン書いてバンバン発表すればいいのよ。それを駄作がどうのこうのなんて。とりあえず、人に見せなければ始まらないじゃない。


「お、桂林じゃないか。少しいいか?」


「あ、鈴木先生じゃないですか、何かようですか?」


「桂林の落語だがな、まくらを入れなかったのに何か理由でもあるのか? いや、別に入れなくてはいけないと言うわけでもないし、桂林がいいならそれでいいんだが」


「まくら? なんですか、それ」


「おいおい、まくらも知らずにあんな話を作ったのか? まあいいや。まくらってのはな。話の本筋に入る前の小話で、例えば桂林の寿限無なら、『星占いなんてのがございまして、あたしの星座は天秤座。今朝のテレビの占いによると今日の天秤座の運勢は絶好調だと言うことで、これは今からやる話がうまくできそうですな』なんて言ってから本筋に入るんだ。まあ、参考にしてくれ。桂林の寿限無は良くできてたからな」


 まくら……そんなものがあったのか。リツのやつ、なんでまくらを入れなかったんだ。それにしても、クラスのみんなの前ではあたしを褒めちぎって、質問は二人きりの時にするなんて……これが教育術ってやつか。


 あたしがみんなの前でリツを褒めちぎったら……絶対あいつは喜ばないだろうな。どう見ても、あいつは大勢の前で注目されることに喜びを感じるタイプには見えないし。

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