第6話12星座寿限無の本番
「さて、授業を始めるぞ……」
「鈴木先生。あたし、寿限無の名前言うだけじゃ物足りません。寿限無の話を最初から最後までやらせてください」
「お、気合いが入ってるじゃないか、桂林。たしかに、寿限無は名前を言ったら終わりじゃなくて、お話として起承転結があるからな。それを通しでやりたいと言うのなら、やってもらおうじゃないか」
「鈴木先生、座布団持ってきましたから、教卓の上でさせてもらってもいいですか」
「ほう、高座と言うわけか。準備がいいな。先生そう言うの大好きだぞ。いいぞ。さっそく始めてくれ。みんな、落語をやる舞台のことを『高く座る』と書いて高座と言うんだ。それはとにかく、桂林。準備ができたみたいだな。それじゃあ始めてくれ」
「わかりました」
……
「……もう一歳の年を取っちまった」
やんややんや
「ほう、てっきり古典落語の寿限無をやると思っていたが……12星座のパロディときたか。しかも結構良くできているな。最後あたりの魚座の『溺れている女の子を放っておくよりはマシだけど』の部分なんてもとの寿限無の歴史を知らないとちょっと作れないぞ。お、みんなの表情を見ていると、どういうことかよくわからない人もいるみたいだな」
案の定、鈴木先生には『溺れている女の子を放っておくよりはマシだけど』のくだりは受けたみたいだな。誰にも理解されないって結果にならなくて良かった。
「桂林、自分の芸についてああだこうだ言われるのもどうかと思うかもしれないが、ここはひとつ、お勉強ということで桂林の寿限無について解説させてくれるかな。基本、褒める方向で行くから」
「はあ、構いませんが」
「じゃあ、先生が解説を始めるぞ……その前に、星座の絵の紙を拾ってと、はい、桂林。自分の席に座ってくれ」
鈴木先生、解説までするのか。よっぽどリツの寿限無が気に入ったのかな。
「まず、先生は桂林が星座の絵を使ったことに感心したんだな。一応言っておくが、ああいうのは少なくとも伝統的な落語ではない。だが、別に正式な舞台と言うわけでもないしな。エンターテイメントとしては良くできているだろう。なにより、星座だから、理科のお勉強という点ではたいへん優れている。学校の授業でやるぶんにはナイスな教材だ」
よかったわね、ほめられてるわよ、リツ
「で、後半の畳み掛けは星座の元になったギリシャ神話の話を下敷きにしているんだな。ギリシャ神話を知らなければ、ちょっとわかりにくいかもしれないが……この話は長ったらしい名前をいちいち言うのが肝だからな。要は『アリエスタウラスジェミニキャンサーレオライブラバルゴスコーピオンサジタリウスカプリコーンアクエリアスピスケスちゃんがなにかたいへんな目にあっているんだな』ということが伝われば、十分だろう。おや、どうした桂林。ポカンとした顔をして」
「いや、鈴木先生、よくアリエスタウラスジェミニキャンサーレオライブラバルゴスコーピオンサジタリウスカプリコーンアクエリアスピスケスちゃんの名前を覚えられたなと思いまして」
あたしだって、すらすら言えるようになるまで少しかかったのに。鈴木先生が一回聞いただけで、それもかまずにアリエスタウラスジェミニキャンサーレオライブラバルゴスコーピオンサジタリウスカプリコーンアクエリアスピスケスちゃんって言えるなんて。
「ああ、それは、先生は四十を過ぎたおっさんなんだが……先生が子供の頃星座をモチーフにしたアニメが大ヒットしてな。先生と同世代のおっさんなら、たいていはこのくらいは言えるはずだ。ああ、桂林の寿限無が良くできているのはもちろんだがな」
アニメのおかげか。リツのやつも同じアニメ見てたりするのかな。最近リバイバルが多いし。
「そして、最後らへんの『溺れている女の子を放っておくよりはマシだが』の部分だが、寿限無のオチはもともとは溺れた子供が名前が長過ぎたせいでそのまま溺れ死んだというオチだったんだ。それが縁起が悪いということで、たんこぶが引っ込んだオチが今では一般的だな。桂林、おかげで寿限無の歴史のついて説明ができた。ありがとう。また何かあったら言ってくれ。それでは授業を始めるぞ」
さあ、リツ。あんたの原作は好評でしたよ。どうします。『実はこの話は僕が作ったんです』なんて誇らしげに言っちゃうのかしら。それとも、一人こっそりドヤ顔なんかしてるのかしら。さあ、今あたしが確かめてあげる……
ぜんぜん無表情! あたしが、あんたの、長ったらしくノートに書いた文章をついさっき披露したってのに、なんなのその無関心さは。少しは感情を表に出しなさいよ。あ、鈴木先生の黒板を真面目くさってノートに写してる。そのノートには、あんたの直筆のアリエスタウラスジェミニキャンサーレオライブラバルゴスコーピオンサジタリウスカプリコーンアクエリアスピスケスちゃんの話が書かれてるんじゃないの?
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