第3話12星座寿限無・其の1
え、いま誰か何か言った……ってリツのやつじゃない。ボソっと何か言ったと思ったら、あたしの机にノート置いていきやがった。そう言えば、鈴木先生が寿限無の説明している間ずっとなにか書いてたな。あたしへの恨みつらみでも書きなぐったのかね。なになに……
「ご隠居、おいらのかかあに子供ができましてね」
「それはめでたいじゃないか。熊さんもとうとう人の親かい」
「そうなんですよ。それで、ぜひともご隠居に名前をつけていただきたいんですが……」
「名前かい! あたしが名付け親になってもいいのかい?」
「それはもう。なにせおいらには学がありませんので。ひとつご隠居にいい名前をつけてもらおうと思いまして」
「なら、何か子供にこんなふうに育ってほしいっていう希望はあるのかい? 希望があるって言うのなら、こちらとしてもその希望にそった名前をつけるけれども」
「ご隠居がそう言われるのなら……やっぱり、夜空の星みたいにキラキラした子供に育ってほしいねえ。お日様やお月様とはいかないまでも、一番星や二番星くれえにはなってほしいのが親心でして。人間も星もたくさんまずはありますけれど、その中でキラリと輝いてもらいたくて……」
「夜空のお星様かい。それならお日様の通り道にある黄道十二宮がいいんじゃないかな。まずはアリエスだ。牡羊座のことなんだけれどね。寝そべった羊の格好の星座で、その中でも北のユリって名付けられた星がきれいだよ」
「ほう、牡羊座のアリエス。いいですねえ」
「タウラスなんてのもあるよ。牡牛座のことなんだけれどね、ツノを突き出した牛の格好で、その中のアルデバランって星はだいだい色の輝いていて、それはもうきれいなんだから」
「へえ、牡牛座のタウラス。素敵じゃないですか」
「お次はジェミニだね。双子座のことだよ。双子が寄り添っている格好をしていて、双子らしくカストルとポルックスって言う二つの星が仲良く光ってるんだ」
「一つの星座に二つもきれいな星があるんですか」
「で、キャンサーだね。蟹座だよ。これには目立った星はないんだけれどね、プレセベ星団っていう、小さな星が集まってぼんやり輝いてる星団があってね、これはこれできれいだよ」
「一人一人では小さくても、何人も集まれば力を発揮できるってことですか。そいつは考えられさせますね」
「そしたら、レオだ。獅子座だよ。獲物に襲いかかろうとしているライオンの形の星座だね。レグルスって言う、『王様』を意味する星が代表格だね」
「『王様』ですか。少しばかし大げさな気もしますが、夢はそれくらい大きく持った方がいいのかも」
「次に、バルゴさ。こいつは乙女座だね。この星座はとにかく大きくてね。その中でもスピカって星が青白く輝いてて美しいよ」
「大きい星座ですか。でっかいことはいいことですものね」
「そして、ライブラだね。天秤座だよ。これは、とくに目立った星はないんだけれどね、その中に、一番年寄りの星がある。年齢が古いってことだね」
「ご隠居みたいに年を取りなさっているんですか。それは長生きできそうですね」
「で、スコーピオンだね。蠍座だよ。獲物に尻尾の針を刺す格好をしている星座で、その中のアンタレスは、赤くて元気な心臓を表してるんだよ」
「おいらもかかあのお腹にいる赤ん坊の心の臓の音をよく聞いてましたよ」
「そして、サジタリウスだ。射手座だね。さっきの蠍座を狙ってるんだ。この星座があるあたりは星がとにかく多くてね、逆に目立った星がないんだ」
「その他大勢ですか。どうせなら子供には目立ってほしい気もするし、しかし、蠍を狙っているって言うのはなんだか格好がいいですね」
「でもって、カプリコーンだね。山羊座だよ。山羊なんだけれど、下半身は魚なんだ。そして、明るい星もない。地味と言えば地味だけれど、きれいに三角形を作ってる星座でね。そのあたり通好みなんだ」
「なるほど、メインは張れないけど、キラリと存在感を見せつける脇役ってところですか。縁の下の力持ちってところですね」
「そして、アクエリアスだよ。水瓶座だね。水瓶から水を注いでいる神様の星座だ。どこに注いでいるかと言うと、みなみのうお座っていう地味な星座なんだけど、そんな地味な星座にも気配りができる優しさが魅力的だね」
「周りへの気配りですか。人間、助け合わないと生きていけませんものね」
「最後にピスケスだよ。魚座だね。紐で結ばれた二匹の魚の星座だ。正直なところ、星座としては地味なんだけど、最後をきっちりしめるという点ではいい仕事をしている星座だね」
「終わり良ければすべて良しなんて言いますものね。いや、ありがとうございました、ご隠居。こんなにいい名前を教えてくださって。こうしちゃいられねえ。いますぐかかあに知らせてやらなきゃあ」
「あ、熊さんのやつ行っちまった。いったい、どの名前にするんだろうねえ」
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