第2話寿限無の発表会

「お前ら、前回は自習になってすまなかったな。それじゃあ、自習をサボってなかったかどうかのテストだ。寿限無の名前を言ってもらう。暗記だからな。盗み見はダメだぞ。それじゃあ、先頭の席から始めてもらうか」


 古典の授業だ。鈴木先生がなんだか妙に張り切ってるな。なにがそんなに楽しいんだか。

お、寿限無の名前の発表が始まった。ふん、みんなダメね。どうせ、学校の授業なんだから、適当にやってるのが見え見えよ。それじゃあ、聞いている人は退屈でしかないわ。発表する時くらい、人に見られていることを意識しなさい。


 あたしはこの生まれ持ったかわいさのせいか、いつも人に見られてることを意識してるからね。それ相応の立ち居振る舞いが自然と身についたけれど、そうじゃない人の方が世の中には大多数みたいね。おっと、あたしの番が回ってきた。見てなさい。これが見る人を意識したしゃべりってやつよ。


「寿限無 寿限無 五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポ パイポのシューリンガンシューリンガンのクーリンダイクーリンダイのポンポコナーのポンポコピーの長久命の長助ちゃん」


 ふふふ、クラスのみんながざわついてるわ。無理もないでしょうね。あたしのしゃべりは研究に研究を重ねた結果のものなんだから。その努力の成果が、この反応よ。ああ、周りの羨望の眼差しが気持ちいい。


「ほう。なかなかいいじゃないか。たいしたものだ。それじゃあ次は……」


 鈴木先生、もっと褒めちゃっていいんですよ。なんだか、賛辞が足りないんじゃない……あ、あたしの次はリツのやつだ。さあ、醜態をさらすがいいわ。リツ君。


             「寿限無 寿限無 五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末食う寝るところに住むところ

             やぶらこうじのぶらこうじパイポパイポ パイポのシューリンガン

              シューリンガンのクーリンダイクーリンダイのポンポコナーのポンポコピーの長久命の長助ちゃん」


 これは……想像以上にきついわね。こいつのボソボソ声で長ったらしい寿限無の名前を聞かされると。しかも、間に変な間が空いてるし。こいつ、今まで人と話したことあるのかしら。


「も、もうすこしはっきり喋れるようになったほうがいいかな。まあ、暗記はできているようだからいいとしよう」


 ほら、鈴木先生も呆れると言うよりは、あまりのボソボソっぷりに戸惑っている感じじゃない。あ、こっち見た。あたしの哀れみの視線に気づいたのかな。あれ、なんだか肩をプルプルふるわしてる。ひょっとして、あたしにあきれられて怒ってるのかな。でも、こいつが怒ってどうにかなるのかなあ。怒っても、あのボソボソ声がどうにかなるとは思えないけれど。


 あ、何かノートに一心不乱に書き始めた。おーい、まだクラス全員の寿限無の名前の発表会は終わってませんよ。って、もうあたしを見ようともしない。


「よし、みんなよくできていたな、自習をきっちりしていたようだな。では、この名前の由来について説明しよう。寿限無が寿ことぶきが限りないってことで、五劫のすりきれが一年に一回下界に降りてくる天女様が水浴びするために脱いだ服を置いた岩が擦り切れてなくなっちゃうくらい長い時間が五回ってくらい長い時間。海砂利水魚が海の砂や魚みたいにたくさんあること。水行末雲来末風来末が水や雲や風はいく末にはてがないってことだな」


 おーい、リツ君や、鈴木先生が説明を始めましたよ。黒板にいろいろ書いてますよ。ノートに写さなくていいんですか……あたしの顔どころか、鈴木先生の方だって見ようともしない。そんなに必死に何を書いているんだか。


「食う寝るところに住むところが衣食住に困りませんようにってことで、やぶらこうじは生命力であふれてる木の名前だ。ぶらこうじはその木にくだものがぶらぶらしてることで、パイポパイポ シューリンガンのクーリンダイクーリンダイのポンポコナーのポンポコピーは昔長生きしたって言う王様の名前。長久命が長く久しい命。長助が長く助けるってことだ。要するに、縁起がいい言葉を寄せ集めたってわけだな」


 へえ、あの寿限無の名前にそんな意味が。前回の授業だと、鈴木先生が『お前ら、落語は知ってるか』なんて言って、誰だかが『なんちゃらとかけてなんちゃらととく、その心はってやつですか』って言ったら、『正確にはそれは大喜利だな。落語と言うよりは小ネタみたいなものだ。しかしまあ、日本には笑点があるからな。あれを落語と思うのも無理はない。あれは正確には落語ではなくて、落語家がやるバラエティー番組なんだが……』なんて話をして終わっちゃったんだよね。


 そのあと、鈴木先生が、『でも先生はコンビニのビニール傘じゃないんだから、東南アジアのスコールみたいに急に振られても対処できないよ』とか、『下手な落語家とかけて、定員割れの大学入試と解きます。そのこころはどちらも落ちません』とかって大喜利大会始めて授業時間が終わっちゃったんだよね。


 けっこうクラスのみんなには受けてたけど。あ、チャイムが鳴った。


「おっと、もうこんな時間か。じゃあ、今日のところはこれでおしまいだ」

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