声に出して読みたい寿限無
@rakugohanakosan
第1話隣の席のあいつ
まったく、隣の席ののあいつったら、どうしてああボソボソしか喋らないのかねえ。名前をリツとか言ってたっけ? ゲタ箱で顔を合わせた時だって、
なんて、男なんだからはっきり喋りなさいっての。これでも、あたし、自分でも結構……いや、間違いなくこのクラスで一番可愛いと自負してるんだけど。そのあたしと隣の席になれたっていうのに、喜ぶ顔一つ見せやしない。なんなのよ、あいつ。あんたの幸運を、どれだけの男子がうらやんでると思ってるの?
おっと、そろそろ一時間目の古典の授業が始まるな。リツのやつ授業中も真面目くさって黒板ノートに写してるのよね。誰かとムダ話なんてしようともしない。いったい何考えてるんだかわかったもんじゃないわ。あーやだやだ、なんであんなネクラなやつと隣になっちゃったのかしら。
あれ、教室に入ってきたのは古典の鈴木先生じゃないな。担任の佐藤先生だ。何があったんだろう。
「はい、みんな席に着けー。静かにしろ。古典の鈴木先生は交通事故の渋滞のため、遅刻されるそうだ。そこで、課題を出してきた。落語の寿限無の名前の部分だけを覚えておくようにとのことだ。なんでも、先日鈴木先生が落語の寿限無について解説されたそうだな。一席披露したそうじゃないか。鈴木先生も芸達者だからな。その時に、寿限無の話のプリントを渡してあるから、それを参考にして暗記しろとのことだ。次の授業でテストするからくれぐれもサボらないようにだと。では、先生も自分の受け持ち授業があるからこれでいくが、お前ら、自習だからと言ってサボるんじゃなあいぞ」
あ、佐藤先生が出てっちゃった。自習ねえ。寿限無の暗記か。鈴木先生、前回授業で落語について説明してたな。『江戸時代の文化を知るのに落語はぴったりだからな。君たちにも落語を教えていくぞ』なんて。で、プリント配って寿限無の解説を始めたのよね。なんか、長ったらしい名前をつけられてどうのこうのって話だったけれど……その名前を暗記しろってのか。鈴木先生、自分の趣味を押し付けてるだけじゃないのかね。どれ、プリントを出しましてと。
なになに、『寿限無 寿限無 五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポ パイポのシューリンガンシューリンガンのクーリンダイクーリンダイのポンポコナーのポンポコピーの長久命の長助ちゃん』か。これを覚えろって言うのが自習の課題ですか。まあ、名前だけくらいなら覚えられなくもないかな。
あれ、リツのやつ、自習の課題出されたってのに、ぼんやりしてる。どうしたんだろ、てっきり、おとなしくプリント見て暗記にふけりそうだって思ってたのに。ははん、さてはプリントを持ってきてないのね。鈴木先生が『次回も寿限無を説明するから、このプリントを忘れずに持ってくるように』なんて言ってたのに、リツ君はプリントを忘れてしまったんですね。
しょうがないなあ。隣の席のよしみだ。プリントを貸してあげよう。あたしなら覚えちゃったから。ほれ、リツ君。このあたしがプリントを貸してあげるって言うのよ。言ってみればボランティアってところね。さあ、ありがたく受け取りなさい……あれ、受け取らない。遠慮して手なんか振ってるけど……なによ、このあたしの好意を無視するって言うの。どういうこと? ほら、受け取りなさいよ……あれ、ノートに何か書き始めた。すごい勢いで書きなぐってるけど、なんだろう。あ、書き終わったみたい。ノートをあたしに突きつけてきた。なになに……
『寿限無 寿限無 五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポ パイポのシューリンガンシューリンガンのクーリンダイクーリンダイのポンポコナーのポンポコピーの長久命の長助ちゃん』
……
あらら、リツ君、もう寿限無の名前を暗記してたのね。これは失礼しました。しかし、意外だな、前回の授業だけでリツ君寿限無の名前を暗記しちゃってたのかな。こいつ、たしかそんなに成績は良くなかったような……
おっと、ノートを返さなきゃ。リツ君は寿限無の名前の暗記をとっくの昔に終えてたのね。プリントなんて必要ありませんでしたか。はい、どうぞお返しします。
いまボソッとあたしに文句言ったわね。蚊の鳴くようなか細い声だったけれど、たしかに聞こえたわよ。なによ、こいつ。せっかくの人の好意を。気に入らないわ。せいぜい、そのボソボソ声で発表して、クラスのみんなの前で恥をかくといいわ。いくら覚えていたって、そのボソボソ声じゃあ意味なんてないわよ。
あたしはあたしで、あんたが無用としたこのプリントで寿限無の名前を覚えて披露してやるんだから。自慢じゃないけど、あたしはクラスでもカースト上位なんだから。そんなあたしがちょっと美声を発揮すれば、クラスメートの拍手喝采間違いなしよ。
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