兵たちの夢の跡
緑風の月初め頃。アロンシャムの町にて――――
町の郊外にある小高い丘で、赤髪にうっすらと髭を生やした青年ロジオンとややがっちりした体つきの金髪の女性サマンサが、頂上に立っている立派な石碑を水で濡らした布で丁寧に磨いていた。
「ん~ふふんふ~ん♪ この~墓は~♪ この~墓は~♪ 我ら~のなかま~の、名誉の証~♪」
「ちょっとちょっとぉ~、そりゃ「墓」じゃなくて「旗」だってのっ!」
冒険者がよく歌う歌を、変え歌で口ずさむロジオンと、笑いながらツッコミを入れるサマンサ。今日も二人の夫婦仲は絶好調のようだ。
かつてリーズとともに冒険したメンバーでありながら、途中で戦力不足を悟って戦線を離脱した彼は、その後サマンサと結ばれ、現在はアロンシャムの町で冒険者向けの道具屋を営んでいる。
親友のアーシェラやかつて親しかったメンバーたちのコネを生かして、あちらこちらから必要な物資のやり取りができただけでなく、ロジオン自身も元々商才があったせいか、町の復興特需に乗って、あれよあれよという間に世界でも有数の大規模な店を持つに至った。
ここ数か月間は、店を急速に拡大しすぎたせいで夫婦ともに死ぬほど忙しかったが、隊商を率いて遠出した時以外は、わずかな時間を作ってでも、この石碑の手入れを欠かした日はなかった。
このところは町の経済も軌道に乗ってきたおかげか、殺人的な忙しさから解放され、朝からこうして二人でのんびりと石碑の手入れにいそしむことができるようになった。
ところが、そんな二人のもとに、突然新たな忙しさの種が舞い込んできた。
「あっ…………そこにいるのは、もしかしてっ! ロジオンとサマンサ!」
「あれ、この声は―――――――って、ぬわええええええぇぇぇぇぇ!!??」
「ちょっ、ちょっとちょっとちょっと! ゆ、勇者様じゃないですか!?」
聞き覚えのあるかわいらしい声に呼ばれてそちらを向いた二人は、そこにいた人物の姿を見てびっくり仰天。ロジオンは石碑に側頭部を軽く打ち付け、サマンサは慌ててバケツの水を石畳にこぼしてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫……少し驚いただけだ」
「あはは、みっともないところを見せちゃってごめんねぇ~」
思いきり驚いた二人を心配したリーズだったが、二人は大丈夫と言ってすぐに体勢を立て直した。
二人のところを訪ねてきたリーズは、鎧を着て背中に大きめの背嚢を背負っており、手には聖花の花束を持っていた。勇者となってから、王国貴族の仲間入りを果たしたと思われた彼女は、かつて共に戦った時とあまり雰囲気は変わらなかった。
「お久しぶりですロジオン、それにサマンサ…………そのっ」
「ああ、待ったリーズ。普段からもうそんな口調で話してるのか? リーズらしくないぜ?」
「ほかの仲間はどうか知らないけどぉ~、少なくとも私たち二人の前では、楽なしゃべり方でいいですよ~」
「あ、いいの? じゃあそうするっ! やっほーロジオン! サマンサ! 元気だった?」
リーズの口調が少し硬いと感じたロジオンは、自分たちの前では堅苦しい口調で話さなくてもいいと言ってあげた。ロジオンやアーシェラとも親しかったサマンサも、リーズは本当は子供っぽい性格だという事を知っている。
リーズは性格まで完全に「勇者様」になってしまったのか少し不安だったロジオンだったが、楽にしていいと言われたリーズはすぐにニパッと笑顔を輝かせ、年相応よりやや幼い子供のような口調に戻った。ロジオンにとって、やはりリーズはこうでなくてはむしろ落ち着かない。
「それにしても勇者様――――いえ、リーズさん。ここまで来るのが、随分と早かったんですね」
「初めの方で訪ねられた仲間たちからいくつか手紙をもらっていたから、いつか来ることは知ってたが……それはもう少し先、そう、秋くらいになってからだと思ってたぜ」
「えっへへ~、みんなに一日でも早く会いたいから、リーズは途中の道を大急ぎで走ってきたんだよっ!」
「ぬっ、リーズ……早く会いたいだなんてっ」
「嬉しいこと言ってくれますねぇ~」
もちろん、早く会いたかったというのはお世辞ではなく、リーズの本心からの思いだ。
そして「みんな」というのは、ロジオンとサマンサだけでなく…………二人の背後にいる「彼ら」のことも指すのだろう。
ここ「勇者の丘」の上に立つ大きな石碑には「勇者の碑」と記されており、その下にいくつもの人名が刻まれている。
彼らは魔神王討伐の戦いで武運拙く戦死した者たちで、近くにあるアロンシャムの町に住むロジオンとサマンサが、メンバーたちを代表して手入れをしているのだ。
もっとも、名前が記されているメンバーの遺骨はそれぞれの故郷に運ばれて、彼らの親類縁者や関係者などによって丁重に弔われているが、彼らの生きて戦った証と栄誉をたたえるために、ここを訪れる人は多い。
「ロジオン。リーズもこの聖花を、ツィーテンたちにあげても……いいかな?」
「ああ、俺からも頼む。リーズがここに来てくれて、姉貴や天国に行った彼らはとても喜ぶはずだぜ」
「うん…………」
リーズは、いったん背負ってきた背嚢を邪魔にならない場所に下ろすと、手に持っている聖花の花束を石碑の正面に横たえた。
石碑の周りには、すでにロジオンたちや町の人が供えた聖花の花束がきっちり並んでいたが、リーズが持ってきたより綺麗な聖花が加わったことで、華やかさがぐんと増したように見える。
「ツィーテン、バーレント、ルカス、パストラ、レアンナ、アーデルハイト、ジョフロ、オリヤン、アルフ、ヨランダ、リクハルド、エルネスタ……………やっと、お墓参りに来ることができたよ。遅くなったけど、みんながここに居るって聞いて…………リーズは、リーズはっ!!」
上から順番に、一人ずつ名前を読んでいくリーズ。
彼ら全員の名前と顔、それにそんなものが好きでどんな活躍をして……どんな最期を遂げたのか。すべて覚えている彼女は、次第に笑顔が泣き顔に変わり、声を震わせた。
特に一番上に名前が刻まれているツィーテンは、アーシェラ、ロジオン、そしてエノーに並ぶ、パーティー最古参メンバーの一人であり、初めて失った身近な人でもあったので、一際思い入れが深い。
ところが王国は、彼らのことを追悼しなかったばかりか、存在自体をなかったことにしている。
王国の公式発表では、勇者パーティーでの戦死者は「なし」。勇者リーズの偉業をより強調する狙いもあるが、亡くなった彼らが全員「二軍」だったことも要因だろう。
リーズは周りに流されて、王国の上層部に対して彼らを追悼しようと言えなかった。そのことも含めて、リーズは申し訳ない気持ちがぐんぐん沸き上がり、亡くなったメンバーたちとの思い出も混ざって―――――とうとう大粒の涙を流して泣き始めた。
「ごめんね………みんなっ! ほんとうに、ごめんねっ……! うぐっ…………えっ、えぐっ……ごめん、ね……」
「リーズ…………っ、………くぅっ」
「…………」
石碑の前で涙を流すリーズの姿はあまりにも痛々しく、サマンサとロジオンは見ているだけでたちまちもらい泣きしてしまった。
何か言葉をかけてあげたいのはやまやまだったが、泣くのをやめてほしいとも言えず、かといって、もっと泣いていいと言うわけにもいかない。
(こんな時こそ、あいつが……アーシェラがいてくれたら)
リーズの扱いにかけて右に出る者はいないであろう親友のアーシェラなら、今のリーズに的確な言葉を優しくかけてあげられるに違いない。その方が、リーズの心の負担もかなり少なくなるだろうし、わだかまりも残らないだろう。
だが、今ここに居ない人間に頼ることはできない。せめて自分たちが心を強く持ち、リーズがこれ以上悲しまないようにすることで手いっぱいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます