休息という名の闘い

 リーズは、たっぷり10分以上涙を流し続けた後、ようやくその場に立ち上がった。

 ロジオンは、リーズが泣いている間にほかの誰かが来て、連鎖的に悲しみださないか心配だったが、まだ朝早い時間だったからか、幸いにもロジオンとサマンサ以外の人が来ることはなかった。

 顔を上げたリーズは目の周りを腫らしていたが、彼女の中で何とか気持ちに決着をつけたのか、すっきりとした表情をしている。


「えへへ……二人とも、かっこ悪いところ見せてごめんね」

「いや、いいってことよ。リーズだって笑う日もあれば、泣く日もあるだろう」

「でもせめて、その腫れた目の周りだけはなおしとこっか。リーズさんのかわいい顔が台無しだし、なにより……あたしたちが泣かせたって噂されたらたまらないもん!」


 サマンサにそう言われたリーズは、まだ少し残っていた涙を丁寧にふき取ってから、簡単な治癒術で目の周りをなぞって、すぐに腫れを引かせた。

 確かに、目の周りを腫らしたまま人々の前に出てしまうと、ロジオンとサマンサが要らない疑りを掛けられてしまう。せっかく久しぶりに会えた二人に、迷惑はかけられない。


「どう、治ってる?」

「うんうん、大丈夫~! やっぱりリーズさんは笑顔でなくっちゃ!」

「まったくだ。ところで、リーズはまだアロンシャムには来てないよな。町に泊まらないでこの丘にはまっすぐ来たのか?」

「まあね、さっきも言った通り……みんなには早く会いたかったのもあるけど、朝早い時間なら、誰にも見られないで…………好きなだけ泣けるかなって」


 リーズはここに来る前から、亡くなったメンバーの名前が刻まれた勇者の碑を見たら、悲しい思いを止められないと、自分自身であらかじめわかっていた。

 勇者として人前で泣くことは憚られるが、だれもいない時ならば我慢しなくてもいい…………そう考えた彼女は、わざわざ野宿して朝一番にここにたどり着けるように歩いてきたのだという。

 結局、ロジオンとサマンサという先客はいたが、二人なら勇者の仮面をかぶらずに感情の赴くまま話しても、失望させることはない。そのうえ、一緒に見守って悲しんでくれたのだから、リーズにはとてもありがたかった。


「よし! そうと決まれば、俺たちでこれから町に案内してやるよ! せっかく来てくれたんだ、すぐに次に行くとか言うなよ!」

「リーズさんとはずっと会ってなかったし、私たちも話したいことがたっくさんあるんだからぁ~! たっぷり、付き合ってもらうわよ~!」

「うん! ありがとう二人ともっ!」


 リーズは仲間の為に十分以上に涙を流した。今度は、リーズが平和に過ごす姿を見せて、天国の仲間たちを安心させる番だ。

 町への案内を申し出るロジオンとサマンサに、リーズは喜んで応じた。


「それに、リーズも二人には聞きたいことがたくさんあるの! ほかの仲間たちのこととか、ね♪」


 ただ、リーズが「ほかの仲間のこと」と言った瞬間、二人は内心でギクリと驚いたが、何とか顔にも態度にも出すことなく、そのままリーズとともに歩き出した。



 リーズが二人とともにアロンシャムの町に入ると、町の人々はすぐに歓迎ムード一色になって、世界を救った勇者の来訪を大いに喜んだ。町のあちらこちらには、まだ破壊の跡が所々に残っていたが、人々の表情は明るく、無理をして笑顔を取り繕っている雰囲気は微塵もない。


「勇者様だ! いつ見ても素敵なお顔だ!」

「わわ! 手を振ってくださったわ!」

「伝説の勇者様をこの目で見られるなんて……感動ですぅ!」


 朝早くから駆け足で来たにもかかわらず、リーズは疲れを全く見せることなく、全力で人々の声援に応え続けた。

 町長や町の有力者と挨拶をし、中心部の高級レストランでの昼食を摂り、ロジオンの経営する道具屋に集まる冒険者たちと語り合う。それらを、ほぼ休みなしのノンストップで行うものだから、むしろロジオンとサマンサのほうが心配になってしまう。

 一応、途中で遠回しに「無理しなくてもいい」と伝えたが、リーズは………


「ええ、ですから王国にいた時より気楽にやらせていただきますわ」


 ――と、意にも介さない。相変わらずリーズの体力は底なしなようだが、王国にいた頃は毎日これ以上忙しかったというのだから驚くほかない。

 だが、夕方になるとさすがのリーズも疲れたのか、夕食はロジオンとサマンサの二人と一緒に食べたいと申し出てきた。そのためロジオンは、自宅にあるVIP用の応接室に豪華な夕食を用意し、リーズを労った。


「うん、おいしいっ! ロジオンの家には、いいシェフがいるんだね!」

「おうよ、町でも一番の自慢のシェフの料理だ! 王宮の料理にだって負けないはずだぜ、遠慮せずに食ってくれよ!」


 テーブルの上には、中心に七面鳥の香草焼きがドドンと鎮座していて、それ以外にも郊外の畑で今日とれたばかりの夏野菜サラダや、牛のテールが入ったスープなどなど、様々な食材をふんだんに使った豪華な食事が並ぶ。

 確かに、これほどの質と量を兼ね備えた料理は、王宮でもそう毎日食べられるものではないだろう。


「ところで二人とも、シェラがどこに住んでるか知らない? あっちこっちで聞いてるんだけど、誰も知らないって」

((きたか……))


 料理に手を付けてすぐに飛んできたリーズの質問に、二人は同時にごくりとつばを飲み込んだ。

 この質問が来ることは、二人ともあらかじめ覚悟していた。そして、どう答えるかもあらかじめ決めてある。


「すまない、リーズ。実は、親友である俺も、あいつの居場所は聞かされてないんだ」

「あたしたちも暇を見て探してるんだけどね……影も形も見つからなくて」

「ええっ!? 二人も知らないの!? でも、みんなシェラの行方を知っているのはロジオンくらいじゃないかって」


 アーシェラが今どこに住んでいるのかと問うリーズに対し、二人は「知らない」と首を振った。

 ロジオンなら知っているだろうと期待していたリーズはとても落胆したが、それでも念には念を入れて何度も聞いてみた。だが、何度聞いても二人は知らぬ存ぜぬで押し通した。


「誰にも言わないから! 知ってたらこっそりリーズに教えてよっ! シェラにだけ会えないのは、シェラがかわいそうだよ!」

「とはいっても、俺があいつと最後に会ったのは、パーティーが解散した直後だったし……」

「むしろ、アーシェラさんのことだから、てっきりリーズさんに手紙書いてるんだと思ってたけど~」

「…………そっか。ロジオンも知らないんだ。ごめんね、無理言っちゃって」

「いや……いいんだ。リーズの気持ちは俺もよくわかるからな」


 知りたい知らないの問答の応酬はもっと長く続くと思っていたが、意外にもリーズは途中であっさりと引き下がった。

 まだ完全には納得しておらず、かなり落ち込んでいるようにも見えたが、少なくともこれ以上ロジオンたちに聞いても無駄だということはわかってくれたようだ。そして、それ以降アーシェラの話題はきれいさっぱり出てこなくなり、リーズは豪華な料理を丁寧な手つきで食べながら、今までの旅のことについて、笑いを交えながら語り合った。

 数年ぶりにリーズと顔を合わせながらの夕食はとても楽しかったが、一方で二人は後ろめたい思いがずっとぬぐい切れなかった。


(本当に……悪いな、リーズ。お前には、アーシェラの居場所を教えるわけにはいかないんだ)


 やや心苦しいが、アーシェラの居場所に関しては、これ以上追及されることはなくなった。二人は安心し、これでいいとアイコンタクトを交わした。

 二人がアーシェラの居場所を知らないというのは、もちろん嘘である。

 何しろアーシェラは、限られたメンバーにしか自身の居場所を教えておらず、しかもほかの人には決して教えるなとくぎを刺している。そして、ここでいう「ほかの人」にはリーズも含まれている。

 ロジオンも、出来ることならリーズに嘘などつきたくはなかったし、込み入った事情がなければ教えることも吝かではない。今はタイミングが悪いだけだ。


 こうしてリーズは、豪華な夕食を食べ、要人専用の風呂を使い、そして高級な宿の部屋でゆっくりと休んだ。遠くからほとんど休みなくずっと歩き続けてきたリーズに、少しでも疲れをいやしてもらおうと、ロジオンはできる限りのもてなしをした。


「でもさっ、ロジオンとサマンサが結婚したって聞いた時も、リーズはびっくりしたんだからね! 知らせてくれれば、すぐにお祝いしたのにっ! 結婚式だって出たかったんだよ!」

「あはは、それも悪かったわ~。リーズさんにも当然知らせたかったけれど、手紙をどこに送ればいいかわからなくて……」

「結婚式かぁ……そいえば、あの頃は本当に忙しくて、パパっと終わらせちまったな。この先落ち着いたら、改めて結婚何周年記念とかいって大々的にパーティーをやろうか!」


 意外なことに、あの夕食の後から、リーズの口からアーシェラの話題はほとんど出なくなった。その代わり彼女は、ロジオンとサマンサがいままでどう過ごしてきたかと、アロンシャムの町のあれこれについていろいろと聞いてきた。


「あの丘にある「勇者の碑」ってロジオンが名付けたの?」

「あぁ、まあな。俺だけじゃなくて、戦死した仲間と親しかった人たちと話し合って決めたよ。気に障ったか?」

「とんでもないっ! リーズだって、ツィーテンたちの方が、よっぽど「勇者」だって思うもん。いい名前だと思う! 二人は毎朝あそこの掃除を?」

「そうそう! この町にいるのはあたしたちだけだからっ! あっ、もちろん好きでやってるのよ~? できるならやりたいっていう仲間は、ほかにもいっぱいいるんだからね~」


 リーズとの会話はあまりにも楽しかったので、ついつい会話が弾んでしまう。

ロジオンとサマンサは、楽しさのあまりアーシェラのことについて口を滑らさないよう、時折思い出したかのように慎重にならざるを得なかった。そしてリーズが寝た後家に戻ると、二人ともすっかりくたくたになってしまった。


 だが、ロジオンとサマンサは、リーズの執念を甘く見ていた。

 リーズは正義の勇者であり、またロジオンにとっては昔とあまり変わらず、本質はちょっと子供っぽいままだと思っていたのだ。

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