勇者ちゃんが帰らない! 外伝 ~約束~
南木
約束に臨む者
大陸最南端の港町ライネルニンゲンの郊外。
朝から活気づく港が観える丘の上で、勇者リーズはかつて勇者メンバーの仲間だった二人と、彼らがこの町で新たに作った友人たちに別れの挨拶をしていた。
ただ、別れの言葉を告げる前に、彼らに長い間顔を見せなかったこと、そして魔王討伐が終わった直後に彼らをねぎらえなかったことを、改めて詫び、深々と頭を下げた。
「ミティシア、ヴォイテク……今まで来れなくて、本当に、ごめんなさい。そして、最後にもう一つだけ謝らせて。勇者パーティー解散の日に、王都で一緒にお祝いできなくて………本当に申し訳ありませんでしたっ! この場で改めて、謝らせてくださいっ!」
「そんなっ! 顔を上げてくださいよ勇者様! あたしたちはもう……いや、勇者様が悪いとは最初から思っていませんでしたから!」
「勇者様には事情がおありだったのでしょうよ! 勇者様の真心は、俺たちにしっかり伝わっていますから、安心なすってくだせぇ!」
立派な服を纏っている勝気な女性ミティシアと、屈強な船乗りのヴォイテクは、今まで顔を見せられなかったことを謝るリーズに、慌てて頭を上げるよう促した。
確かに彼らも、「二軍」として区別され、魔神王討伐の栄誉にあずかれなかったことを不満に思ったこともあったが、今では新たな人生に希望が満ちていて、不満に思うことは何もない。
それに、彼らが不遇を買ったのも、リーズのせいではないことは理解している。むしろ、自分たちのことを忘れずにいてくれて、こんなところまで会いに来てくれたことの方が、よっぽど嬉しかった。
「むしろ、久しぶりに会えて本当に嬉しかったですよ、勇者様。もう王国に戻るようですけど、暇ができたらいつでもあたしたちのところに来てほしい」
「俺はもしかしたらなかなか会えないかもしれませんが、手紙か何かで呼んでくれれば、船と一緒にどこにでも駆けつけますぜ!」
「ありがとうございますミティシア、ヴォイテク! わたくしリーズはっ、この先もずっと仲間です! そして、いつかまた絶対に会いに来ますから!」
二人は、名残惜しそうに力強くリーズと握手を交わす。
去年の冬から、王国の計らいで各地にいる仲間の慰問に訪れていたリーズだったが、ここライネルニンゲンで訪問場所は最後になる。共和制国家の議員をしているミティシアと、船団の船長となって南方諸島の異民族との交流を進めているヴォイテクと別れれば、リーズはいよいよ王国に帰らなければいけない。
ただ、今回の旅で一人だけ会えなかった者がいる。
「それで、勇者様。結局、アーシェラとは会えなかったんですか?」
「えぇ…………やはり、皆さん行方を知らないと」
「意外と薄情なんだなあいつも。仲間の誰にも居場所を教えねぇでどっか行っちまうなんて。ロジオンやシェマ辺りなら知っているかと思ったんですがね」
「仕方ないさ。アーシェラさんの居場所がわかったら、今頃みんなから引っ張りだこだ。あたしだって、あいつがいてくれたら議長に担ぎ上げて、この国を王国に負けない一大交易国家にしてやるのにな」
「俺だって、船団の顔役としてぜひとも欲しいくらいだが、さすがに贅沢が過ぎるなぁ」
「ふふっ、皆さんもわたくしと同じくらい、シェ……アーシェラさんのことが気になるんですね」
勇者パーティーにおける縁の下の力持ちで、密かにリーズと最も仲が良かった人物…………アーシェラ。今回の旅で、リーズが一番会いたがっていたというのに、その行方は誰一人として知らず、結局道中で会うことができなかった。
「ですが、生きていれば、いつか会えるでしょう。二人も、これからの活躍に期待しています!」
「ああ、勇者様こそ、いつまでも笑顔でいてくださいね!」
「もしアーシェラの居場所がわかったら、すぐにご報告いたしやすぜ!」
こうしてリーズは二人と別れて、北に続く道を歩いて行った。
何度も振り返っては、いつまでも手を振って見送ってくれる彼らに手を振り返し、見えなくなるまで名残を惜しんだが――――――丘を越えて、町が完全に見えなくなった辺りで、リーズは周囲を見渡して人がいないことを確認した。
道には幾重もの馬車の轍が刻まれていて、それなりに交通量の多い場所であることが伺えるが、時間的にはまだ日が登ってしばらくしたばかりなので、人が通ることはあまりないだろう。
「うん……誰も、いない……ね」
誰もいないことを確認したリーズは、懐から小さな八角形の箱のようなものと、赤色の勾玉を取り出した。
この旅が始まる前に、王国からリーズに渡されたこれらの品物は…………いうなれば、リーズへの「枷」のようなものである。これがある限り、リーズは本当の意味での自由にはなれない。
リーズはふーっと深呼吸をする。
今から彼女は、生まれて初めて、人との約束を破る。
後ろめたい気持ちでいっぱいだが、それと同時に、自分を束縛してきたすべてのものへの反逆心が沸き上がってきた。
意を決した彼女は、まず赤い勾玉を手に取り、それを草が生い茂る平野に向けて、乱暴に投げ放った。勇者の強い投擲力で投げられた勾玉は、空中を一直線に飛んでいき、どこかへと消えた。
次に、八角形の箱を近くにある岩の上に置くと、それに手ごろな岩を持ち上げて、思いきりぶつけた。箱はグシャンと拉げたような悲鳴を上げて、破片を四方八方に飛び散らせた。
「これで、よし。リーズはもう後戻りはできないんだ。…………シェラ、遅くなっちゃったけど、今行くね……」
覚悟を決めたリーズは、いろいろな荷物が入っている大きめの背嚢をぐっと背負いなおすと、街道を外れて平野を西の方向に駆け抜けていった。
先程、ユリシアとヴォイテクには「アーシェラの居場所はわからない」と言っていたリーズ。けれども、知らないというのは嘘だった。リーズは密かに、だれも行方を知らないアーシェラの居場所をある人物から聞いていたのである。
リーズが、その「ある人物」のところに足を運び、アーシェラのことを無理やり聞き出したのは、今から2か月ほど前――――夏も半ばを過ぎた時期のことであった。
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