31話「黒幕」






   31話「黒幕」





 「おい!おまえ、何やってんだよ!」



 せっかく捕まえた空澄を横取りされたリアムは大きな声をあげて、空澄の傍までやっていた。


 「こいつは俺の獲物だろ?おまえが鴉を捕まえている間に、純血の女は俺が捕まえる。そう約束したはずだ」

 「…………え、どういう事!?希海が捕まったって………それにあなた達は仲間なの?」



 空澄は驚いて2人を交互に見つめると、小檜山がにっこりと笑った。



 「黒鍵さんは殺人罪で逮捕されました」

 「なっ!!希海はそんな事してない!何を言ってっ」

 「そして、そこのリアムとも交渉はしました。花里の女を捕まえろと。けれど…………あなたに渡すとは一言も言っておりませんが?」

 「なんだとっ!?」

 「あなたは用なしです」



 そう言うと、どこからともなく軍服の男達が飛び出し、一斉にリアムの元へ向かい、それぞれの得意魔法で彼を攻撃した。

 驚きながらもリアムは迎撃するが、それでも人数が多すぎるのだろう。どんどんと押されている。

 状況が変わりすぎて何が起こったのかわからず、空澄はその様子を唖然としまま見守った。



 「逃げなくていいのですか?純血の魔女さん」

 「………小檜山さん………」



 耳元で囁く声が聞こえる。

 それはさきほどまで離れたところに居たはずの彼だった。いつの間にか、空澄のすぐ隣に立っていた。その表情はとてもニコやかで、今までの無表情が嘘のようだった。



 「………あなたの目的は私………なの?」

 「えぇ。ずっとあなたの事しか考えていませんでした。いつか魔女になるのを楽しみにしていたのですよ」

 「魔女になった方が魔力が増えるから?」

 「その通りです。しっかりと勉強してるんですね」



 カツカツとヒールを鳴らし、空澄に近づく。 そして、冷たい指で空澄の頬に触れた。



 「ですが、あなたは違う男に魔力を渡していますね?それは許せません。………私にもいたはだけますか?」



 そう言うと、小檜山は綺麗な顔を空澄に寄せた。すると一気に空澄の回りの空気が凍ったように冷たくなったように感じた。キスをされる。そう思った瞬間、空澄は手をあげた。彼の体を押そうと思った。が、それは敵わなかった。


 「っっ!!………何………?」



 突然動かなくなった腕を見ると、手首が氷の手錠のようになり、氷の床にピッタリとくっついていた。強く押しても全く動かない。

 ならば呪文を、と思った瞬間に冷たい感触を唇に感じる。



 「魔法を使ってはダメです。口も凍らせてしまいますよ。…………まぁ、今はいいです。これから夫婦になって毎日あなたの魔力をいただく事になるのですから」

 「何を勝手にっっ!!」



 大きな声を上げて反論した時だった。

 ドザッという大きな音が辺りに響いた。



 「………くっ………いって………」



 空澄が動けないまま目だけを下に向ける。

 すると、透明な氷の下で、赤い髪の男が軍服の男に捕らえられているのがわかった。

 どこか怪我をしたのだろうか。苦痛の声が聞こえてくる。



 「リアム…………」

 「あの男も逮捕されます。魔法により死体の隠蔽をしていたのですから」

 「そんな!!………でも、あの人がいなかったら私は璃真と………」

 「10年も過ごせなかった?だから、彼を許すのですか?」

 「あなた、知っていたのに何も止めなかったのね?」

 「………それが必要だと思いましたから」



 小檜山は暴れながらもパトカーに乗せられていくリアムを見つめながらそう言った。その横顔はとても楽しそうで、今のも笑い声をもらしそうなほどだった。



 「………私はあなたと夫婦になるつもりも、魔力を使うつもりもないわ。これは私の魔力。私のために使う!あなたにはあげない」

 「………新米の魔女のくせに、何を言ってる?」

 「くっっ!!」



 手首の氷が増殖し、手や腕が、次々に氷に覆われ始めたのだ。

 あまりの冷たさ、そして固さに空澄は顔を歪めて悲鳴を上げた。体を起こしているのも難しくなり氷の地面に体が着いてしまう。



 「あなたのような力を使いこなせない下等な魔女はそうやって寝ているのがお似合いです。何、あなたの魔力は私が使った方が人々のためになりますよ。この力があれば私が世界で1番の魔女になれる。魔力の高い純血と特殊な純血が混ざり合えばどんな魔王になれるか!!」

 「…………特殊な純血?………小檜山さんも純血……………」



 空澄がそう言うと、小檜山は嬉しそうに微笑み「そうですよ」と返事をした。



 「私は特殊なんです。属性魔法が2つもある、世界でも類を見ない特殊な魔王です。ただ、魔力が少し低いのが難点でしてね。それを補ってもらう存在が必要だったところにあなたを見つけました」



 そう言うと、小檜山は横になっている空澄の真横に歩みより、腰を下ろした。愛おしそうに空澄の髪を撫で始める。



 「だから、あなたを監視するために警察なんかになった。花里家は、純血だからと国からも保護される存在でしたからね。この街の担当になれるように頑張りました。そして、あなたを見張っていたが、残念ながら魔女になるのが、遅すぎた」



 髪からゆっくりと首元に指が降りてくる。ぞわぞわした感触に襲われてしまい、空澄は声が漏れそうになるのを必死に抑えた。

 冷たい彼の指は、胸元まで来るとピタリと止まった。



 「あなたが私の夫婦にならないというなら私に考えがあります」

 「…………え…………」

 「私の属性のもう1つは木。そのため、薬草をを扱えまして。あなたに一生毒を与え続け動けなくなるのはどうですか?魔力だけを私に与え、快楽だけを感じながら私と交わり魔力をもたらすだけの存在になるというのも………面白いですね」

 「……………」



 この男は何を言っているのだろうか。

 私は彼の人形になるという事なのかもしれない。ただ体を重ね彼に魔力を与えるだけの存在。生きているのか死んでいるのかもわからない生き方。


 そんな自分の姿を想像しただけで、空澄は恐怖でガタガタと震えてしまう。

 魔法を使わなければ。早く呪文をとなえて彼から離れなければ。

 そう思っているのに、声がかすれて何も出なかった。



 「怖がらなくてもいいさ。君が大人しくしていればそんな酷いことはしない。可愛がってあげるよ。…………私のお嫁さん」

 「……………」


 

 無力だ。

 魔女の力があるというのに、何も出来ない。

 怖がって助けを呼ぶことしか出来ない。

 そんな事で人を助けられる魔女になんてなれるのだろうか。

 必死に守ってくれた璃真。いつも見守って優しく励ましてくれていた、希海。

 彼らに守られているだけだとわかっているのに。魔女としての力が足りない。どうしていいのかわからない。

 …………怖い。

 もう、何も出来ない。



 「………はぁ………また、邪魔が入ったな」

 「………え?」



 空澄から離れ、小檜山は立ち上がると遠い空を見つめていた。そこには、赤い光が見え、それがどんどん大きくなってきた。



 「空澄ー!!」

 「…………あ…………、希海?……希海なの………」



 遠くから聞こえてくる微かな声。

 けれど、それは愛しい彼の声で、聞き間違える事はないものだった。


 彼は炎を纏いながら、真っ直ぐにこちらに向かっている。



 冷たくに睨む小檜山と真っ直ぐ強く見つめる希海の視線がぶつかった時。

 2人は同時に魔法を放ったのだった。




 

 

 


 

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