30話「氷の魔王」
30話「氷の魔王」
「っっ……………あぁ………夢か」
起きたばかりの目を擦りながら、希海はゆっくりと辺りを見回した。そこは変わらずの白い天井。小檜山に捕まった時のまま、何処かの牢屋だった。ため息をつきながら起き上がり、自分の体状態を確認する。まだ、あれから血液をとられた様子はないようだった。そのため、自分の魔力が全快ではないが回復してきていた。
「そろそろ、血液の採取にくるはずだから………それがチャンスだな………」
独り言を呟き、希海はまた横になった。
魔力を使わせないように警官は希海のところに来て血液を採取するはずだ。その時が脱走のチャンスだと思っていた。
すると、タイミングよく外からカツカツと音がした。1人ではなく2人いるようで、足音が重なって聞こえる。見回りなのか、それとも希海の採血に来たのか。希海はジッとベットに横になり寝たふりを続けた。そのゆったりとした足音は、希海の前で止まった。ガチャガチャとカギを開ける音が聞こえたので、希海は緊張しながらも時を待った。
「………寝てるな」
「さっさと血だけ採ってしまおう。小檜山さんに報告しなければならないからな」
「あぁ」
そう言って、床に何かを置いて警察は、何か作業をしているのがわかった。注射の準備をしているのだろう。希海は物音を注意深く聞き、何をしようとしているのかを分析した。
そして、1人の警察官が希海の腕に触れた瞬間、希海はパチリと目を開けて、その手を取って自分に引き寄せた瞬間に、体を起こし相手のみぞおちを膝で蹴りあげた。その警察官は驚いた一瞬の隙をついて、あっという間に意識を失った。
あと一人。その警察官は壁際に立っており、辺りを警戒していたようで、すぐに外に出ようとした。
「やっぱりそうか………この部屋自体が魔法が使えなくなるってことだな」
ここで希海が逃げようとして魔法官が魔法を使って止めれば、何かの魔法にかけられていると思えた。だが、咄嗟に外に出ようとしたのならば魔法を使うために出たのだろうと希海は考えた。
「行かせねーよっ!!」
希海は残りの魔女官の背中に蹴りを入れてよろけた所に後ろ首を軽く叩いて気絶させた。
「こんな所か………」
パンパンッと手を叩きながらそう言うと、希海は魔女官が持っていた鍵を拾い、牢屋から出て入り口の鍵を閉めた。これでしばらくは脱走した事はバレないだろう。廊下で試しに掌に炎を出してみると、すんなりと赤い火が現れた。
「よしっ、待ってろよ……空澄!」
そう呟くと希海は風魔法を使って廊下を素早く走った。そこで見つけた窓を魔法でぶち破り、そのまま空から逃走をした。その音ですぐに他の警察官に脱走がバレてしまったが、それでも希海はかまわなかった。
その頃には、希海は遥か彼方の空を飛んでおり、追ってこれる警察官などいなかったのだった。
☆☆☆
「そんな事があったなんて…………」
璃真が10年前に死んでしまっていた事。そして、作り物の魔女になって、リアムを封じ、そして死んでからも空澄と共に過ごし守ってくれていたのだ。
そんな事実があったことに空澄は全く気づかなかった。
彼はずっと考えてくれていた。
死んでしまった後も常に。
それにも気づかずに自分は何も気づけなかった。最後に想いを告げてくれた本当の意味を考えようともしなかった。
守られているだけの女だった。
それが悔しくて空澄が涙が出そうになるのを必死に堪えた。けれど、今は泣いている暇などないのだ。目の前の男、リアムは空澄の魔力を狙っているのだ。
璃真が必死に守ってくれたこの体。
2回も死の恐怖を味わい、それでも自分のためではなく空澄のために力を覚え、それを使って守ってくれた自分を、今度は自分で守らなければいけない。
そう思い、空澄は小さく呪文を唱え始めた。
そんな空澄を見て、リアムは「俺と張り合おうっていうのか。面白い………新米魔女のくせにっ!!」と、声を上げたと同時に体から炎が飛び出て、空澄に向かってきた。空澄はそれでも呪文を唱え続け、目の前まで迫ってきた炎に向かって、属性魔法である風魔法を最大限放った。
純血の魔力は絶大だ。
あっという間に風の力で炎を押しよけた。
それにホッとした時だった。
「戦いは魔法だけじゃねぇんだよっ!」
「っっ!!」
大きな炎はリアム自身を隠すための囮だったのだろう。彼はいつの間にか空澄の真後ろまで来ており、空澄の耳元でねっとりとした口調でそう言ったのだ。
その瞬間、空澄みの周りを炎が包んだ。円柱のような形になり、空澄は炎の檻に閉じ込められていた。
「こんなものっ!!」
空澄が風魔法を発動させるが、風は檻の中をぐるぐる回るだけだった。それに熱風が空澄を遅い肌や喉、目が焼けるように熱くなり空澄は重い悲鳴を上げた。
「あーあー。その中で風魔法を使うなんて迂闊だな。まぁ、魔女になったばかりなんだ………仕方がないか」
「ここから出して!!」
「これから魔法も夫婦の営みも教えてやる。その代償はお前の魔力だけどな」
檻はゆっくりと動きだし。その中の空澄も同時に宙に浮かんでいた。
本当にリアムに拐われてしまうのか。
魔力のためだけに夫婦になり、一生彼に魔力を与えるだけの生活をしていくのか。
それを考えるだけでブルリと体が震えた。
思い出すのは、希海の微笑んだ顔。愛しい恋人の顔だった。
「………希海………助けて………何で、来てくれないの………希海ーーー!!」
誰かの名前を叫びながら助けを呼ぶなんて。
ドラマかアニメの世界だけなのだと思っていた。けれど、実際に恐怖を感じ、愛しい人に会えなくなると思うと、いてもたっても居られなくなるのだわかった。
希海に会いたい。
助けてほしい。
また、手を繋いで彼のぬくもりを感じ、彼に頭をポンポンと撫でられながら「大丈夫だ」と言って欲しい。
そう思って、火傷覚悟で炎の檻に触れて逃げようとした瞬間だった。
「…………助けに来たよ」
「え…………」
その言葉と同じぐらい、冷たい空気を感じた。
空澄が先ほどまで感じていた熱風は全くなくなっていた。それどころか寒いと思ってしまうぐらいだった。
「氷………?」
先ほどまであった炎はなくなり、大きな氷の器の上に空澄は居た。
唖然としながら、声が聞こえた方を見つめる。
すると、そこには軍服を着た銀髪の男が立って居た。小檜山だ。
「希海という男ではなく、申し訳ございません。ですが、お迎えに上がりましたよ。純血の魔女様」
まるで王子様のような台詞と、ゆったりとした華麗なお辞儀。舞踏会でダンスに誘われているような仕草にみえた。
だが、その声と視線、ニヤリとした笑みは、空澄を凍らせてしまうほど冷たく冷淡に見えてしまった。
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