23話「遺された手紙」
23話「遺された手紙」
魔女へとなる意味や決意。
それを心に留めた空澄は、より一層練習や勉強に力を入れた。
けれど、子ども頃から魔女の訓練を受けた人間と、大人になってから魔女になった人間では大きな力の差があるのを実感していた。
希海は「魔力が強いのだから大丈夫だ」と言うが、空澄は希海に勝てるのはいつのなるのだろつと思っていた。それに、少年を操っていた魔女か魔王。その力は強かったように空澄は思った。今でも、あの少年の狂気に満ちた表情と赤い瞳を忘れる事は出来なかった。
午前中は、希海と共に秘密の地下部屋にこもって魔女の知識を深めていた。
そんな時、玄関のベルが鳴り来客を告げた。玄関のドアの前まで来ているので、魔力を持った人間ではなかった。
宅急便のスタッフで、荷物は璃真の職場からだった。職場にあった荷物が送られてきたのだ。
空澄はその荷物を、璃真の部屋まで運ぶ事にした。璃真の部屋は彼がいなくなった日のままだった。部屋に入るのが怖く、魔女官が調べに入ったきりになっていた。
空澄は閉まっていた部屋のドアの前で段ボールを抱えて大きく息を吐いた。
そして、ドアを開ける。そこには、いつもと変わらない綺麗に整った璃真の部屋があった。
ベットの布団もホテルのように直してあり、机もノートパソコンだけが置いてあった。本棚には彼の趣味の本や仕事用の物が並んでいるだけだった。他の物はクローゼットに閉まっているようだった。いつきても物がない部屋だ。
少し埃っぽい部屋なので、空澄は「璃真、部屋掃除しなくてごめんね………これからはちゃんとするね」と小さな声で謝罪をして、ベランダに続く窓を開けて換気をした。
段ボールを開けて、彼の荷物を確認する。
ほとんどが書類ばかりで、彼の私物は文房具やパソコン関連のものばかりだった。その中で
、空澄が気になるものがあった。
それは赤いノートだった。彼はモノトーンが好きで、鮮やかな赤のものを選ぶのは珍しいと思ったのだ。どちらかというと空澄が好きな色だ。
そして、そのノートを手に取ると何故かページが捲れないのがわかった。普通のノートのはずなのに、捲れない。魔力を持っていない人間にはきっとこのノートは存在に気づいても、開こうとは思えない。そんな魔法がかかっているような直感を空澄は感じた。
しかし、璃真は魔法は使えない。魔王ではないのだ。それなのに、何故そんなものを持っているのか。
空澄はそれを早く読まなきゃいけない。璃真がそう言っている。そんな焦る気持ちになったのだ。
空澄は覚えていた鍵などを解錠する呪文を唱えた。すると、音はしないがノートから力が消えたのを感じた。
厳重に守られたノートのページを恐る恐る捲る。
すると、1ページから衝撃的な文字が並んでいた。
『 空澄へ
このノートを読んでいるという事は、空澄は魔女になったんだろうね。そして、僕は予定日通り死んだのだろう。
一人残してしまってごめんね、空澄。』
彼の綺麗な字。それは紛れもなく璃真の字でかかれた、空澄への手紙だった。
空澄は目を大きくしてそのノートの字を見つめた。ドクンドクンッと鼓動が早くなる。
璃真は彼女が魔女とは知らないはずだ。それに、予定日に死ぬとはどういう事なのか。全くわからなかった。けれど、彼自身が自分が死ぬ事をわかっていたのだろうか。
呼吸がおかしくなり、混乱に陥りそうだった空澄だったが、何度か大きく呼吸を繰り返し、何とか落ち着きを取り戻した。
長い手紙の続きに視線を落とした。
『魔女になったのならば、きっと君が狙われる事があるだろう。だから、気を付けてほしい。君の両親が残した魔法が地下室にあるから、それを使って欲しい。もしかして、君が鴉と呼んで可愛がっていた海、希海も一緒なんだろうね。その人にもいろいろ教えて貰うといいよ。
そして、僕が遺した物は全て君の物だよ。部屋にあるものも、もちろん、僕のお金も。通帳は、クローゼットの二段目。赤と黒のセーターの間に隠してある。暗証番号は君の誕生日。
大切な君を残していくのはとても寂しい。けど、死んだはずだったのに、ここまで生きれたんだ。僕は幸せだったんだろうね。
今まで僕に楽しい時間をくれてありがとう。
空澄と過ごした時間が何よりも楽しくて、君の笑顔を見れる瞬間が何よりも幸せだったんだ。
空澄が僕を選ばないのはわかっているよ。きっと、僕たちは近くにいすぎたんだろうね。君は誰かと幸せにならなきゃいけない。君が僕を好きになっていたとしても、それを僕は拒まなきゃいけなかったのだから………それより、ずっといい。ずっと僕は君と楽しく過ごせたのだから。
幸せに生きて。
それが、僕の願いだよ。
新堂璃真』
ノートに書かれた手紙を読み終わる。
すると、紙にポタポタと涙の粒が落ちてきて、空澄は泣いている事に気づいた。
彼が魔女になった事や死ぬ時をわかっていたのが何故なのか。そして、希海を知っている事
そんな事を考えられるはずはなかった。
彼の手紙は、自分への愛に満ちていたのだ。
彼は死ぬまでずっと自分の事を思っていたのだろう。そして、一人になるのを心配していたのかもしれない。泣き虫の空澄を知っているから。
彼の願いを叶えてあげられなかった。
それでも、自分の気持ちに嘘はつけなかった。それは仕方がない事なのかもしれない。
けれど、涙が溢れてくるのだ。
最近は忙しいことで涙を流す暇もなかった。いや、忙しくしている事で彼の事を考えないようにしていたのかもしれない。
「ありがとう………璃真。私も、あなたが大好きで大切だったよ。幼馴染みになれて幸せだった」
空澄はノートを抱きしめながら、空から見ているであろう璃真に伝えた。
「……璃真が心配しちゃうから。もう泣かないよ。私は大丈夫だからね」
泣きながら笑うだなんて、きっと酷い顔をしているだろう。
けれど、それでも璃真に笑顔を見せたかった。
「大丈夫。だから、ゆっくりしてね」と、空澄は伝えたかったのだ。
しばらくして届いた荷物を片付けていた。涙はしっかりと止まったけれど、彼の部屋にある思い出あるのもを見つけると、目の奥が熱くなったけれど、グッと我慢をして過ごした。
彼の手紙にあった通り、彼のクローゼットの引き出しには、璃真の通帳が入っていた。彼は給料からほとんど手をつけずかなりの大金が残されており、空澄を驚かせた。
少しずつ冷静になってきた頭で、空澄は璃真の手紙の内容を考え直した。
璃真はきっと花里家が純血の魔女の家系だと知っていたのだろう。空澄はそんな気がしていた。希海が鴉だったことを知っていたのだから、そう考えてしまう。
そして、璃真は何故自分が死んでしまうとわかっていたのか。それがわからなかった。誰かに予知でもされたのか。けれど、魔女はそんな占いをしないのは希海から聞いていたので、それは考えられない。
そして、希海は、空澄が魔女の娘だと璃真が知っていた事を知っていた………?
空澄や璃真を鴉という存在で見ていてくれたのだ。希海は全て知っているのではないか。
「空澄ー?荷物、片付け終わったのか?」
「っっ!!」
突然璃真の部屋に入ってきたのは、もちろん希海だった。
空澄はビクッと体を震わせて、そして咄嗟に持っていたノートをクローゼットの中に押し込んだ。
「あ………希海。ごめん。いろいろ懐かしくて……ついつい眺めてたら遅くなっちゃった」
「………そうか?あんまり、無理するなよ?」
「うん。ありがとう。もう少しで終わるから、終わったらまた地下室行くね」
「あぁ……」
きっと、希海は空澄の目が赤くなっていたのに気づいたのだろう。あまりその事には触れずに、すぐに部屋を出ていってくれた。その配慮に感謝しながらも、空澄の頭の中は疑問でいっぱいになっており、迷いの眼差しで希海の背中を見送ったのだった。
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