22話「それぞれの魔法」






   22話「それぞれの魔法」




 ☆☆☆




 

 恋人になったばかりだというのに、その相手が家にいるというのは不思議な気分だった。

 朝起きて、顔を会わせてお互いにはにかみながら挨拶をする。それが、妙に気恥ずかしくも嬉しくて、空澄は笑ってしまう。希海も同じようで「まぁ……何だ、これからもよろしくな」と言って空澄の髪に小さく口づけを落とした。

 そんな事だけで、胸がくすぐったくなるのだから、恋愛というのは不思議だなと思ってしまう。

 



 「今日は店に尚美さんの店に行ってみるか?」



 希海の提案は、空澄が待ち望んだものだった。ずっと行ってみたかった両親の魔女魔王としての仕事場。どんなお店で、どんなお客さんがいるのか。それが、とても楽しみだった。



 「初めは俺のやり方を見てればいいから。少しずつ仕事内容を覚えてみよう。薬とかになるから、間違えは絶対出来ないから、慎重に」

 「うん……そうだね!!」



 希海が真面目にそう話すのを、空霞は少し強張った表情で頷く。その顔を見て、希海は苦笑した。



 「悪い。怖がらせるつもりはなかったんだ。………お客さんと話をしたりするのも大切だから、そんなに怖い顔しなくてもいいさ」

 「………そんなに怖い顔してた?」

 「あぁ。眉間に皺があった」



 希海は空澄の眉間を指で優しく押しながら、そう言った。

 緊張しすぎて怖い顔になってしまってはダメだ。きっと両親は空澄に見せてくれたようにいつもニコニコと優しい雰囲気でお客さんに接していたはずだ。

 空澄は大きく呼吸をして、自分に「落ち着け」と言い聞かせながら、希海と店まで向かう事にしたのだ。



 両親の店は、歩いていける距離にあった。けれど近い訳ではなく約40分ほどかかる場所だった。街から離れた山沿いの小さな町を2人で歩く。こんな住宅街に店があるのかと驚きながら、空澄は彼の隣を歩いた。

 途中で彼が「手繋ぐ?」と聞いてくれたので、空澄は小さく頷くと希海は手を取って優しく包んでくれた。緊張してしまっていた気持ちが、別のドキドキに変わってしまう。



 「こうやって学生デートみたいなのしてみたかったんだよな」

 「………そうなの?」

 「俺は呪われた身だったし、普通の人と交際しても迷惑だろうし、不気味がられるだろ?夜しか会えなくて、しかも昼間は鴉になってます、なんて言ったらみんな逃げるだろ」

 「…………希海」


 苦笑しながら話す希海、昔の話。

 先祖代々の呪いのせいで自由に生きれなかった希海の事を思うと切なくなる。空澄が思っている以上に彼は辛いことを経験しているのだろう。これからは好きなことをして生きて欲しい。そんな風に思い、空澄は彼の手をギュッと強く握りしめた。



 「着いたぞ。空澄の両親の家だ」



 彼がそう言って目を向けた先。そこは、住宅街のひっそりとした袋小路の一番奥。小さな小さな古びた店があった。小さな出窓とドアがあり、看板はなかった。よく言えばおしゃれなアンティーク風の店構えだが、悪く言えば古家だった。

 けれど、空澄はそこがとても温かい雰囲気があるように思えた。袋小路などなかなか人が来ない寂しい場所に見えたけれど、そこだけがほんのりと光ってみえたのだ。



 「時間は不定期。入り口のランプがついたら開店中の合図にしてる」

 「それで来てくれるの?」

 「あぁ。よく効く薬があるって人気なんだぞ。花里家は癒しの薬を作るのが得意だって有名だからな」

 「そうなの?」

 「あぁ。その家系によって得意魔法も違うんだ。俺は戦闘系の方が得意だけどな」

 「いろいろあるのね」



 希海が古びた鍵で店のドアを開けてくれる。

 すると、生薬の香りが2人を出迎えてくれた。

 カウンターと、長いソファが何点か並んで置かれていた。カウンターの奥には瓶が並べられ、その中に薬に使うものたちが入ってるようだった。計りやすり鉢、ビーカーなど、実験室のようだった。



 「お客さんが来たら話を聞いて、その人に合った薬を調合するんだ。だから、すごく時間がかかる。けど、話しを聞くことでその人の事を詳しく聞けるはずだから、その時間は惜しまないこと。それが、尚美さんの教えだったよ」

 「そうなんだ………。いいお店なんだね」



 彼から話を聞くだけでも、両親がいかにお客さんを大切にしていたのがよくわかった。まだまだ薬の知識も足りたいので、一人で店先に立つ事は出来ないけれど。それでも、いつかは希海の力をかりなくても一人でお店に立てればいいなと思った。



 その後は、顧客リストや両親のメモ書きのノートを見せて貰いながら話しを聞いている時だった。

 突然、店のドアがゆっくりと開いたのだ。


 そこから、顔を出したのはおばあさんだった。真っ白な髪は短く切られ、まあるい顔は頬がピンク色に染まっていた。少し腰の曲がったそのおばあさんは、「すみません。今は、開いてますか?」と聞いてきたのだ。

 そのおばあさんを見て、希海は「北本さん。こんにちは」と笑顔で出向き、すぐにおばあさんの元へ駆けていった。そして、おばあさんの体を支えながら、客人用のソファまで案内した。



 「ごめんなさいね。あなたがお店に入るのを見かけたから、開店するのかなって思ってしまって。大丈夫だったかしら?」

 「大丈夫ですよ。いつものお薬でいいですか?」

 「えぇ。お願いします」



 そう言うと、希海はカウンターに戻り薬の調合をし始めた。その様子はジッと見学をひていると、おばあさんがこちらを見つめているのに気づいた。



 「あなた………もしかして、花里の娘さん?」

 「あ………はい。そうです」

 「そうだったの!あなたのご両親には大変お世話になったの。娘さんがいるとは聞いていたけれど………もしかして、魔女になるつもりなの?」

 「………はい。まだまだ勉強中なのですが………」



 そう言うと、そのおばあさんは花澄の事を手招きして、「こちらにいらしてくれる?」と呼んだ。空澄は、おばあさんの傍に向かい、目線を会わせるように、その場にしゃがんだ。


 すると、北本は「見ていてくださいね」と言うと、何かを呟いたかと思った瞬間、手のひらから花が次々に出てきたのだ。



 「すごい……魔法、ですよね?」

 「そう。私も魔女に端くれなのよ」



 そう言って笑うと、ジッと空澄を見つめた。そして、北本は優しく微笑んだ。



 「私には、こうやって花を出すしか出来ないの。魔力もそんなにないから、薬を作っても効くようなものは作り出せなかったの」

 「おばあさん………」

 「あなたのお名前を聞いてなかったわね。教えてくださる?」

 「花里空澄です」

 「空澄さん………あなたは魔女になると決めた事、私はとても嬉しく思うわ。あなたの力を必要としている人は沢山いるはず。だから、自信をもって頑張ってくださいね」

 「ありがとうございます」



 北本の言葉は、空澄の心を大きく揺さぶった。必要としてくれている人がいる。そう言葉で言われるより、実際に必要とされているとわかると、感動は大きかった。

 人に望まれる力がある。それは、責任も大きく、プレッシャーもあるかもしれない。けれど、だからこそやり遂げなければいけない。北本はそんな事を優しく教えてくれたような気がした。



 カウンターに戻ると、希海が「よかったな」と、微笑みながら言ってくれる。

 ここに連れてきてくれた希海、そして偶然に会えたお客さんに感謝をしながら、空澄は立派や魔女になる事を改めて決意したのだった。




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