2話「今日だけの愛の告白」






   2話「今日だけの愛の告白」



 

 璃真は4月2日生まれ。

 空澄は3月31日生まれ。



 約1年早く生まれている璃真だけれど、ギリギリ2人は同級生だ。そのため、いつも空澄は璃真に手を引かれて歩いたり、助けて貰ったり、教えて貰ったりしていた。思えば、きっと小さな頃は友達より兄のように感じていたのかもしれない。

 けれど、小学生の中学年ぐらいになると幼馴染みという言葉を知り、彼とはそんな関係なのだと知った。彼は優しく穏やかで、どちらかというと外で遊ぶよりも本を読むのが大好きな男の子だった。逆に空澄は活発で休み時間になると外へ遊びに行っていた。性格が違う2人だったけれど、登下校は必ず一緒だった。お互いにその時間が好きだったのかもしれない。



 そんな時、小学生高学年の時にお互いの両親を亡くした。空澄と璃真のお互いの両親も仲がよく、4人で車に乗っている時に事故にあったのだ。空澄はずっと泣き続け、この先を考え不安になった。両親がいなくなってしまったら、自分はどうすればいいのか。

 そんな時にずっと隣で「大丈夫だよ」と言って慰めてくれたのは他でもない璃真だった。彼も同じように両親を亡くしているというのに、ずっと空澄を抱きしめたり、頭を撫でたりして「大丈夫。僕がいるよ。僕がいるから、いっぱい泣いたらまた笑ってね」と励ましてくれたのを空澄は今でも覚えていた。







 「んー………遅いなーメッセージも来ないし」



 空澄は先程からスマホの画面を見つめたり、電話やメッセージを送っていた。その相手はもちろん璃真だ。

 空澄は定時で仕事を終わらせて急いで待ち合わせ場所に向かった。いつもならば彼が先に待ち合わせ場所に来て待っていてのだが、今日は璃真の姿はなかった。


 仕事終わりの社会人や学生が行き交う駅の出入り口の脇で空澄は彼を待った。


 今日は4月1日。

 2人の誕生日の真ん中だった。真ん中バースデーなんて昔流行ったなと思いながらも、2人はその日を大切にしていた。どんな用事があってもこの日だけは空けていたし、お互いにプレゼントを準備したりしていた。同級生であっても、2日間しか同じ年齢ではない。そのうちの1日がこの日だ。昨日も「おめでとう」と言われたけれど、空澄にとって今日の方が誕生日のような気分だった。



 「まだ15分しか遅れてないし………でも、あの時みたいに何かあったら」



 空澄は持っていたスマホをギュッと握りしめた。

 あの時のように、璃真が居なくなるかもしれない。唯一の家族がいなくなるかもしれない。

 10年前の今日という日。

 その日を思い出して、空澄は体がブルッと震えた。4月の頭で確かに夕方は寒いけれど、自分の手は氷のように冷たくなり、頭の中「璃真がいなくなったら、どうしよう」という事ばかりだった。

 お兄ちゃんという頼れる存在。

 親友という何でも話せる存在。

 家族というどんな事も相談出来、信頼できる存在。


 そんは空澄の中で大きすぎるほどの存在である璃真がいなくなる。


 それを考えただけで動悸が早くなり、そして、ふらりと眩暈さえ感じ始めた。


 私は独りになる………?



 空澄は何とか建物に壁に寄りかかり、やっとの事で立っていた。待ち合わせをしている人が多いこの場所で、空澄の行動はおかしいものだったのだろう。周りの人々が眉をひそめて、チラチラとこちらを見ていた。


 ダメだ。まだ、彼に何かあったと決まったわけではない。そんな事が起こるはずもない。そう自分に言い聞かせながら、空澄は落ち着くために大きく深呼吸をしてから、そろそろと壁から体を話した。ザラザラとした素材の壁だったのか、手のひらにはポツポツと小さな凹凸の穴が出来ていた。




 「空澄っ!!どうした………?!」



 すると、遠くから聞きなれた声が聞こえ、空澄はパッと顔を上げた。すると、焦った表情で駆けてくる璃真の姿があった。



 「顔が真っ白じゃないか………何かあった?体調悪いのか?」

 「………よかった、璃真が何ともなくて……」

 「………空澄。……ごめん、連絡もしないで。来る途中もタクシーの中で電話対応とかしててなかなかメッセージ送れなかったんだ」



 空澄の言葉を聞いて、璃真はどうして空澄がこのようになったのかを全て理解したようで、申し訳なさそうに謝罪をした。

 けれど、空澄にとってそれはどうでもいい事だった。

 彼が無事だった。それがわかれば良いのだ。



 「今日の食事会止めておこうか?」



 璃真は空澄の体を支えながら、優しく顔にかかった髪を指でよけ耳にかけてくれる。そして、心配そうに顔を覗き込んだ。



 「大丈夫……今日は楽しみにしてたから行きたい。それに璃真の顔見たら元気になった」  「そう。……なら行こうか」

 「うん」



 空澄は心配そうな彼に笑顔を見せて、立ち上がった。やはり不安になっていただけなのか、先程の目眩や寒気は感じなくなっていた。



 「心配だから、僕の腕に掴まって歩いて」

 「大丈夫だって。心配症なんだから」

 「それは空澄だろ?」

 「そんな事ないよ。いざって時は、お母さんから教えてもらった呪文があるもの」

 「………それ、早く聞いてみたいんだけど」

 「ダメだよ、本当にピンチの時しか口にしちゃいけないって言われてるんだから」

 「なるほど」



 得意気に笑い、空澄は歩き始める。それを見て、ホッとした苦笑しながら璃真は歩き始めたのだった。







 「美味しかったね!いつもより豪華な所だったし……それに、ご馳走さまでした」

 「いいんだよ。俺の方が稼いでるし」

 「そうなんだけど………お料理も美味しかったし、雰囲気も素敵だった。デザートのチーズケーキ、また食べたいなー」



 今日のバースデーの食事会はいつもより高級感がある場所だった。真っ白なテーブルクロスにピカピカ光る食具たち、そしてスーツ姿に身を包み、姿勢をよくして立っている紳士的な男性。照明は落とされ薄暗い雰囲気だったが、テーブル毎にキャンドルが置かれており、とても神秘的だった。コース料理もとても美味しかったし、それに合うお酒も教えてもらい、普段飲まないようなワインも楽しめた。

 2人は、その雰囲気を味わいながらお酒を飲んでしまい、少し酔ってしまい歩いて帰る事にしたのだ。


 家の近くの公園を通って近道をする。それも、いつもと変わらない2人の帰り道だった。



 「あ、そうだ!何だかあのお店でプレゼント渡すの恥ずかしくて渡せなかったんだけど。お誕生日おめでとう、璃真。明日だから、ちょっぴり早いけど」



 鞄の中に大切にしまっていた小さな紙袋を彼を差し出すと、璃真は少し気恥ずかしそうにしながらも「ありがとう」と受け取ってくれた。



 「これは………お財布だね」

 「そうだよ。璃真の財布、少し痛んできてたでしょ?だから、いいかなって……革製品好きだったから選んでみたの。ダークブラウンで少し璃真の髪にも似ているから………。どうかな?使えそう?」

 「もちろん。大切にする」

 「うん!」



 プレゼントを受け取った璃真はすぐに開封して中身を見てくれた。嬉しそうに微笑む姿を見ると、空澄は嬉しくなる。




 「空澄にはこれ。遅くなったけど誕生日プレゼント」

 「ありがとう。私も開けてみる。」



 空澄は彼から貰ったプレゼントを丁寧に開封した。すると、そこには丸いガラス細工が入っており、革製の紐もあった。



 「これは………ペンダント?………わぁ……中に何かある!」

 「これは宇宙ガラスっていうんだ。この丸の中に宇宙のような惑星や星達が入ってるんだよ」

 「………綺麗………青緑の綺麗な惑星がある。本当に宇宙みたい」


 

 空澄はそのガラスを手に取り夜空に浮かべた。公園の街灯から光が入り、キラキラと光っていた。まるで夜空に惑星が浮かんでいるようだった。



 「素敵なプレゼントありがとう。大切にするね」

 「………うん。喜んで貰えてよかったよ」



 空澄は宇宙ガラスをひとしきり見つめた後、箱に戻そうとした。割れてしまっては大変だと思ったのだ。けれど、そこから璃真がひょいとそれを取って「つけてあげるよ」と、空澄の首にかけてくれた。

 落ちてしまわないか心配したけれど、自分の胸の辺りで輝く宇宙を見ると、自然と笑みがこぼれる。



 「やっぱり、綺麗だね…………っっと、ど、どうしたの?」



 顔を上げる直前。空澄は璃真に正面から抱きしめられていた。背の高い彼の胸元に空澄はすっぽりと埋まってしまう。

 突然の事に驚き顔を上げると、そこには璃真の切なげな瞳で空澄を見る彼の表情があった。

 それは触れれば壊れてしまいそうな、とても悲しく今すぐに泣き出してしまうのでは、と思うぐらいの顔だった。


 

 「璃真…………どうしたの?」

 「空澄。僕は君が好きだ」

 「…………え………」



 璃真はゆっくりと空霞の頬に手を添えた。

 やはり彼の手はひんやりとしている。まるで新雪のようだった。



 「………僕は空澄が大好きだよ。でも、この気持ちを伝えたら、君を迷わせてしまうし、きっと辛い思いもさせる」

 「………璃真」

 「きっと、僕は明日も告白すると思う。だけど、それには答えてはダメだ。もし何かあったら、空澄のお母さんの呪文を唱えて」

 「え?………それはどういう事?」



 璃真が何を言っているのか理解することが出来ず、彼に質問するけれど璃真はそれには答えず、優しく微笑むだけだった。



 「けど、覚えていて。今日までの僕は君が何よりも大切だった。君が大好きだったんだ。誰よりも可愛くて、寂しがり屋で優しい………空澄の笑顔が好きだよ」



 ゆっくりと大切に言葉を紡ぐと、璃真は先程より強く強く空澄を抱きしめた。

 璃真の告白を聞いて、ドキドキしたはずだった。1番近い人に「好きだ」と言われて、喜ばない人はいないだろう。けれど、彼を恋愛対象手して見ていなかった空澄は驚きが多きかっま。

 そして、璃真の言葉や雰囲気、そして表情が空澄を不安にさせていた。



 それはしばらくの間続き、空澄は彼の体温や鼓動を感じながら、言い様のない不安に襲われていたのだった。




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