3話「別れの宣告」






   3話「別れの宣告」






 璃真は幼馴染みで、大切な家族だ。


 それ以外の感情を覚えたことは空澄にはなかった。よく彼と一緒にいると「恋人ですか?」と聞かれたり、友達にも「まだ付き合わないの?」と、言われてた。それに、数回恋人が出来たことがあると「幼馴染みと暮らすとかないだろ」と、幻滅されたこともあった。

 けれど、空澄にとって璃真は家族であり、家族が一緒に住んでいるだけなのに何かだめなのだろうか?と思ってしまうのだった。




 だけど、璃真は違ったのだ。

 璃真は空澄をお馴染みとも家族とも………そして、好きな相手と見ていたのだ。


 それに気づけなかった自分が申し訳なかったし、今まで酷い事をしていたのでは?と、空澄は心配していた。

 確かに、璃真は過保護なまでに空澄を見守っていてくれたし、とても優しかった。彼と喧嘩する事などなかったし、いつも空澄を微笑みながら見てくれていた。

 そんな彼に空澄は家族だからと甘えていたのかもしれない。璃真の気持ちなど考えもしなかったのだから。





 「ん………眠れないな………」



 今は夜中の日付が変わる時間。

 璃真に告白されてから、「ごめん………言うつもりはなかったんだけど。何か言いたくなったんだ。空澄、今のは気にしないで」と言った後、彼は普段通りに戻ってしまった。

 それでも一緒に居るのが、気恥ずかしくなってしまい、空澄はお風呂から上がるとすぐに部屋に戻り、早々にベットに入ったのだ。

 お酒も入っているのですぐに寝れるだろう。そう思っていたけれど、なかなか寝れなかった。



 『きっと、僕は明日も告白すると思う。だけど、それには答えてはダメだ。もし何かあったら、空澄のお母さんの呪文を唱えて』


 璃真が言った、この言葉の意味もわからなかった。明日の告白には答えてはダメ。その意味がわからなかった。

 今日の告白は良くても明日はいけない。どうしてなのか。考えても考えてもわかるはずもなかった。

 それに母から聞いた、絶体絶命になった時に唱える呪文。それを使えと言うのはどういう事なのか。

 いずれにしても、璃真は何かを知っているのだろう。そう思いつつも、彼に会うのが気まずくて、空澄は聞く事など出来るはずもなかった。


 

 「ん…………考えてもわからないな」



 いろんな事を考えている内に、やっとの事で眠気に襲われる。うとうとした頭で璃真の事を考える。明日は、しっかりと話を聞こう。話してくれた言葉の意味を聞かなければならない。そう思った。




 どれぐらいの時間が経っただろうか。

 微睡みの中でガチャンッとドアが閉まる音が聞こえた。璃真がまだ起きているのだろうか。その後にはベランダからバサバサッと動物が羽ばたく音がした。海はいつも空澄の部屋の前のベランダに止まって寝ていたので、きっと海だろう。

 それを感じながらも空澄は眠気に勝つ事が出来なく、そのまま、また眠りに入ってしまったのだった。




 

 いつも通りの時間にスマホのアラームが鳴る。

 空澄はモゾモゾとベットの中で体を動かしてあくびをしながらアラームを止めた。カーテンから明るい朝日が見える。いつもと変わらない朝のはずだが、何かが違う。空澄は首を傾げながらも理由がわからず、そのまま身支度の準備をする。それもまた変わらないルーティーンだった。


 準備を終えて大きなあくびをしながら1階に降り、その時にやっといつもの違いに気がついた。コーヒーや朝食の美味しい匂いがしないのだ。

 ダイニングに行くといつも「おはよう」と、笑顔で迎えてくれる璃真の姿がなかった。そして、テーブルに並べられている朝食もお弁当もないのだ。



 「………璃真?………今日って朝早くに出勤する日だったのかな?」



 空澄は玄関に行くと彼がいつも履いている革靴がなくなっていた。もうすでに家を出てしまっているようだった。

 空澄より早く出社する事も時々あったけれど、その時でも朝食やお弁当は準備されていた。珍しく寝坊でもしたのだろうか。そう思って、空澄は食パンをトースターに入れ、インスタントコーヒーを準備し、焼けたパンにジャムを塗って食べた。テレビの音だけが聞こえる静かな朝食だった。



 「璃真と話したかったんだけどな……夜は会えるよね」


 

 朝、璃真と会えなかっただけなのに、空澄は何故か不安を感じてしまっていた。

 いつもと違う朝は、酷く寂しいからかもしれない。

 いつもより早く朝食を食べ終えてしまった空霞は、早めに家を出ることにした。海のためのチーズを冷蔵庫から出して、玄関に向かう。

 それだけで、ため息が出てしまった。



 「海………うみー?」



 いつものように庭を探すけれど、海の姿はなかった。今までそんな事は1度もなかったので、空澄は心配になり家の周りをまわってみたが、海の姿はなかった。



 「………どこいったんだろう。海までいない朝なんて……なんか、寂しいな」



 海を探したかったけれど、仕事に遅れてしまうため、空澄は庭にある岩の上にチーズを置いていく事にした。帰ってきて海が居る事を願いながら、空澄は空を見上げる。まだ肌寒い朝だけれど、風は少しずつ温かくなっている。そんな春を感じられる天気だけれど、空澄はため息と共に家を出たのだった。

 

 すると、近くでサイレンの音が鳴っていた。パトカーや救急車の音が辺りに鳴り響いていた。何かあったのだろうか?そう思いながらも、空澄は音が聞こえる反対の方向の駅へと向かった。

 サイレンの音の事は、駅に着く頃には全く忘れてしまっていたのだった。











 「花里さんがコンビニ弁当なんて珍しいわね」



 職場で昼食をとっていると、同僚が声を掛けてきた。いつもは璃真の手作り弁当なので、物珍しかったのだろう。



 「寝坊しちゃったみたいで……」

 「しっかり者の幼馴染みくんが?珍しいね」

 「そうなんです。帰ったら体調悪くないか聞いてみます」



 そう会話をしている時だった。



 「花里さん、休憩中ごめん」



 職場の上司が手を挙げて空澄を呼んだ。急用なのだろうと思い、急いで駆け寄ると上司は周りを確認した後、小さな声で話を始めた。



 「警察から連絡が来てるよ。同居人の事で確認したいって」

 「………え」

 「奥の会議室空いてるから、そこで電話していいから」

 「…………あ、ありがとうございます」



 上司から電話の子機を預かり、空澄は急いで会議室へと向かった。静まり返った会議室の電気をつけず、空澄はすぐに子機の通話のボタンを押した。同居人というのは璃真の事だろう。不安や恐怖もあった。何かあったのだろうと、緊張で震えそうになりながら、空澄はやっとの事で声を出して電話に出た。



 「………お、お電話変わりました。花里です」

 『あぁ。こちら宮森警察署の小檜山という者です。花里空澄さんで間違いありませんか?』



 電話口から若い男の声が聞こえた。とても落ち着いた、そして低く少し冷たさを感じる声だった。



 「はい、そうです」

 『新堂璃真さんと同居されているのですね』

 「はい」

 『新堂さんの親族がいらっしゃらないと言う事だったので、同居人である花里さんにご連絡させていただきました。………花里さん、落ち着いて聞いてください』

 「…………璃真に何かあったのですか?」



 相手の声のトーンが更に低くなったのを耳にして、空澄は嫌な予感がした。

 次の言葉を聞きたくない。何か悪いことを言われるのが何となく予感していた。

 声も体も震えている。

 頭の中には優しい笑みで空澄を見る璃真しか考えられなかった。


 しばらく間があった後、小檜山が口を開き息を吸うのがわかった。その瞬間、空澄は体に力が入り、全神経が耳に集中しているような錯覚に陥った。


 怖い。聞きたくない。何も知りたくない。


 そう思っても、次の言葉は無惨にも告げられてしまう。




 「…………新堂璃真が遺体で発見されました」




 この瞬間、空澄の周囲の時間が止まったように、音が消えた。

 窓の外には、真っ黒な鴉が空澄を見ている事もなく、空澄は独りきりでその宣告を聞いていたのだった。


 


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