第17話 効果音付きの。

「日暮警部補、ちょっといいかな」


 倉橋課長が三課の席へ近寄ってきた。


「この日誌の、『札ってなんですか』のあとの、ダラララララララララって何かな」

「それはドラムロールの音です」

「ドラムロール?」

「えっと、効果音? クイズ番組でやるじゃないですか。だから、私の質問に課長の答えが書きやすいようにドラムロールを入れてみました」

「じゃあ、あの、私はこの後ろに『逮捕状のことです』とか書けと?」

「はい、よろしくお願いします」


 周りから何人かの押し殺すようなかすかな笑い声が聞こえる中、倉橋はのんのに朝から説教をする羽目になった。


「警部補、課長はめっちゃ怒ってましたよね」


 山根がそっと、のんのに声を掛ける。


「おっかしいなあ。絶対あっちの方が読んでて楽しいじゃん。意味わかんない」


 どうやら、全く反省の色がないみたいだ。倉橋課長の説教にも動じないその強心臓っぷりに、逆に山根はおかしくて仕方ない。


「あっ、そうだ。警部補は銃の訓練にはもう行きましたか」


 警察官には、定期的に拳銃の操作訓練があり、全員を同じ日に集めることは不可能なので、一定の期間に訓練を受けなければならない。


「それなんだけど」

 のんのが机の影に隠れるようにして、声を潜めるので、ついつい山根もそっと話をしてしまう。


 ——なんすか。

 ——私の代わりに行くって無理?

 ——どういうことです?

 ——私の影武者で訓練に出てくれない?

 ——はっ?

 ——私、拳銃って苦手なの。触るのも怖いし。

 ——いやいや、さすがに無理っすよ。研修の教官、知り合いなんですぐにバレちゃいます。

 ——私、警察学校の訓練でさ、『構え』って号令で構えてもないのについ撃っちゃってさ。警察学校の訓練場の天井に二箇所、穴開けちゃったのよ。そのうち誰か殺しちゃいそうで怖いの! 後ろに立ってた教官もビビってた。

 ——そりゃビビりますわ。

 ——だから内緒なんだけど、私の拳銃の玉は最初から抜いてるの。

 ——そりゃさすがにまずいっす。よし、訓練いきましょう! 僕が教えますから!


 拳銃が得意な山根はのんのを引っ張るように訓練場に連れて行き、基礎からのんのに拳銃操法を教えたのだが、いきなりまたひとつ天井の穴が増えたのは教官と課長には内緒だ。


「力が入りすぎてるんです。そうだなあ、普通と違うやり方だけど、構えたときに目を閉じて深呼吸でもしましょうか」

「はい」

「自分の中でリズムをとりましょう。構えたときに肩の力を抜いて、ゆっくりと同じリズムで呼吸をしながら、鼻から息を吸うときに目蓋を軽く閉じて」

「はい」

 課長には頑固だが、案外素直に山根のいうことは聞く。

「ゆっくりと目を開けて、腹式の呼吸で、ゆっくりと口から吐く」


 ——フゥゥゥ。


 呼吸が落ち着いてきたみたいだ。

「じゃあ、次は本番。もう一度最初から。さっきのリズムのまま、3回目に息を吐くときに、ゆっくりと引き金を引くけど、そのときに意識として絶対に人差し指に力を入れないこと」

「人差し指に力を入れないと引き金が引けないじゃん」

「違うんだよ。手全体を固定して、ゆっくりと全ての指で銃を握りしめるようにするんだよ。人差し指だけで撃つと、銃口がブレるよ」

「全体を握りしめるように……」

「そう、人差し指を意識しない。僕は『闇夜に霜の降るごとし』って教わった。吐く呼吸に合わせて、じわっと時間をかけて全部を握りしめる感じかな」

「うん、やってみる」


 いつの間にか、2人はタメで話しているのも気が付かず集中していた。


 ——闇夜に霜の降るごとく。


 ——バン!


 銃のすざまじい破裂音が響いた。残念ながら、的の真ん中には当たらなかったが、少しだけ端をかすめるように当たったのだ。のんのにとって、初めてだったらしい。


「やったあ!」


 ——バン!


 のんのは喜びのあまり再び上に向けた銃の引き金を引いてしまったのだった。山根が腰を抜かしたのも仕方あるまい。

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