第18話 よし、合格!

「……一、……二、……三」


 同じリズムを刻みながら、何度も山根とのんのの射撃訓練が続く。

 左利きののんのは左足を前に半身になり、左手で銃を構える。そして、息を吸うときに静かに一回、軽く目を閉じ、吸い切る前にゆっくりと目を開けて的に集中する。そしてお腹から吐く息に合わせて絞り込むように引き金を引く。繰り返すうちに、のんのの弾も三回に一回はちゃんと的に当たるようになった。


「だいぶよくなったよ」


 そう山根が声をかけると、「ほんと?」とうれしそうに言いながら、銃を構えたままのんのが振り向いたので、山根は慌てて腰を抜かして、


「銃口を人にむけるなあ」


と叫んだのだった。



「でもね、これは訓練だから一回目を閉じられるけど、本番だったら目なんか閉じたらだめなんだからな」


 山根の小言にのんのは、


「わかってるよぉ」


と、親に小言を言われる娘のごとく口を尖らせる。


「いいかい? 俺たちは警察官なんだ。市民を守るためなら、必要に応じて犯人を撃たなきゃいけないこともある。だから、ちゃんと銃にはいつも弾を込めておくこと。いいね?」

「はーい」


 山根が諭すようにいうと、のんのは渋々返事をする。これではどちらが上司かわかったもんじゃない。


 ⌘


「影山教官、ご無沙汰してます」

 

 指導教官の影山が訓練場に入ってきたのが見えた山根は、真っ先に挨拶をした。


「おう、久しぶりだな。今日は何だ」

「訓練日にあたってたので、二人できました。確認の検定をお願いできますか」

「ははは、お前に検定が必要なんて思ってないがな」


 そう言いながら影山の視線が山根の隣に立つ銃を持つのんのに向かった瞬間に、影山がサッと物陰に隠れた。


「ひ、日暮くん。そこで何を……」


 物陰から目を出して、声を震わせながら影山がのんのに声を掛けた。


「あっ、日暮警部補は今、うちの生活安全三課におりまして。自分の上司になります」


 山根が代わって答える。


「うちのってことは、えっ? 警察庁じゃなく、所轄に? 東江戸川署だっけ」


 相変わらず物陰に隠れた影山がいう。


「はい。現場の研修をしてまーす」


 そう言いながら、のんのが銃をテーブルに置くと、やっと影山は物陰から出てきたのだ。よっぽど怖い経験があったのだろう。


「で、確認の検定は、もしかして日暮くんも……」

「はいっ、よろしくお願いします!」

 

 山根から教わって少し自信が湧いたのんのが元気に返事をする。


「ま、まあ、どうかね、山根。日暮くんの腕は」

「警部補には今日僕がみっちりと仕込みましたから、そりゃあバッチリですよ」

「よしっ、二人とも合格!」

「はっ?」

「二人とも合格。うん、大丈夫だ。山根が教えたならな。だから、行ってよし」

「ああ、でも一応確認は……」

「俺がいいと言ってるんだ。合格、合格。だから実射はいらん。うん」


 わけがわからないが、合格と言ってるんだからいいのだろう。山根とのんのが片付けようと銃に手を伸ばそうとすると、


「あ、あ、あ、おい、山根。銃はお前が片付けろ。日暮に銃を片付けさすなんて失礼だろ。ここは部下のお前がやれ」


と怯えた様子で、慌てて影山は言ったのだった。警察学校時代、日暮のんのが拳銃訓練で影山教官に何をやったのか、山根にも少し想像できておかしかった。



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