第11話 署長室の死角!

 山根巡査部長から報告を受けた署長も、かれんの供述が少し大きな事件になりそうなことを理解したようだ。


「倉橋課長、相手が半グレでバックに暴力団か東南アジアあたりのマフィアがいるということなら、大きなヤマだな。刑事課と合同捜査という形をとることになるな」


 そう署長に言われた倉橋が気にしていたのはテレビだった。投稿映像だろうか、署長室のテレビはもう少ししたら、のんのとかれんがビルから飛び降りるシーンが流れるはずだ。


「はい。ですがまだ娘っ子ひとりがそう供述しただけなのが気になります。とりあえずうちで内定をかけてみようと思いますが」


 倉橋はチラリとテレビを見て、一瞬「まずい」という顔をしたが、なんとか画面から署長の気をそらそうとテレビ画面が署長の視界に入らない位置にジワジワとさりげなく動き出した。


「内偵か。何から手をつけるんだ」


 倉橋の苦労を知ってか知らずか、今度は署長が部屋の中をグルグルと歩き出した。


 ——しまった。署長は考えるとき歩き回るクセがあるんだった。


「供述では、クスリの取り引きは日曜日の秋葉原というとでした。何人か捜査員を張らせてみようと思います」


 倉橋は署長に合わせてテレビが死角になるようにさりげなくジリジリと動きながら話す。


「わかった。それにしてもなぜ日曜日の秋葉原なんだ。あんな賑やかなところでヤクの取引なんか本当にできるのか」

「そこのところが今ひとつこの話が信用できないと言うか。もし大掛かりな合同捜査をしたとして、空振りにでも終わったら署長の面目が潰れます。ここはしばらく三課にお任せください」


 倉橋からそう言われて、署長はそれまでテレビ側を向いていた体の向きを変えて、窓際に向かい空を見上げ「そうだな」と呟いた。


 ——よし。


 倉橋は、署長の視線をテレビから逸らすことに成功したと確信し、拳をぐっと握りしめた、そのとき。


「課長、どいてくださあい。テレビが見えないよお」


 突然のんのが倉橋に言った。つられるように、署長も再びテレビに注視する。


「ひ、日暮警部補」


 慌てて倉橋が取り繕おうとしたが、


「課長、これからいいところなんですよ!」


と、倉橋の苦労などどこ吹く風、のんのはテレビの真ん前に陣取った。


 テレビはちょうど、のんのとかれんがビルから飛び降りるシーン、そして2人が手を繋いだまま、大きなエアクッションに飛び降りるところを、いろいろな角度からの投稿らしき画像をおもしろ動画のように切り取って繰り返し流しているのだ。

 昨日の出来事を思い出した署長が倉橋を鬼の形相で睨んでいる。倉橋は署長と視線を合わせないように天井に目を泳がせた。まさにそのとき。


 —— 正義の味方、宇宙少女ソラ。またの名を美月のあ。救出完了し、ただいま帰還しました。


 画面にデカデカとアップになったのんのがカメラ目線で決めポーズを決めたものだから、署長室には微妙な空気が流れた。


「あっ、ちょっとカメラの角度が悪かったなあ。もうちょっと右の顔があたしとしては可愛いと思うんだよねえ。どうですか、課長」

「あ、ああ……」


 突然話を振られた倉橋が言葉に詰まる。今度はのんのが隣の山根巡査部長の顔を覗き込むと、


「あ、いや、どの角度でもすっごい可愛いです」


と、山根は真っ赤な顔をして答えるので、今度は署長と倉橋からダブルで睨み付けられたことは言うまでもない。

 山根にほめられて、すこぶる上機嫌なのんのにガックリと肩を落とした署長と倉橋であった。

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