第10話 危ないお仕事
さて、かれんが消えた翌朝のことである。東江戸川署生活安全課長の倉橋は直立不動で署長室に立っていた。
倉橋が緊張しているのも無理もない。署長室にある大型テレビが昨日ののんのの活躍を面白おかしく伝えるワイドショーの録画を流しているのだ。
「だいたいだな、倉橋課長」
そこまで言ってテレビ画面を見ながら東江戸川署長の湊川が深いため息をつく。
「俺は日暮警部補を隠せと言ったな。言ったよな?」
重ねて念押しされて、倉橋はいろんな考えが頭をぐるぐる回る。
「は、はい。おっしゃられたとおりです。しかし、しかしですね」
冷や汗をだらだら流しながら、次に繋がる言い訳を倉橋は考えていた。
「しかし、なんだ。行ってみろ」
明らかに「どうせ言い訳しかないんだろう」と見透かされている相手にする言い訳は辛い。
「あれは逃げ道に要求を待ち受けている半グレの集団がいることがわかり、あれ以外あの時点では方法が見つからないわけで……」
——北の国からかっ。
ひとりツッコミを入れながら倉橋が続ける。
「日暮警部補は、み、民間の協力者としてマスコミには発表したわけで」
「半グレの集団? どういうことだ」
——針にかかった!
署長が「半グレ」に興味を持ったらしい。これで少し今回の件から署長の意識を遠ざけることができるかもしれない。倉橋の汗が少し落ち着く。
「どうやら、若い女たちを薬づけにして売春などをさせている集団の存在があり、日暮警部補にはその潜入捜査を命じていたわけでして」
「なに? 聞いてないぞ。まさか日暮警部補に危ないことをさせたんじゃないだろうな」
——ヤバイ。
署長が妙なところに引っ掛かる。倉橋のアンテナが危険を知らせた。
「いえいえ、ま、まさか。日暮警部補には被害者である女への接触をしていただいたのでありまして、危ない捜査はさせておりませんです、はい」
「なるほど。それであの格好だったわけだな。気をつけてくれよ。日暮警部補はこれから警察庁を背負って立つかもしれない方だからな。くれぐれも危ないことはさせないように頼むよ」
「もちろんです、はい」
「で、その半グレ集団について聞こうか」
「それについては、調書をとった部下と日暮警部補を表に待機させていますので、説明させます」
倉橋はツカツカとドアの方へ歩いて行った。実は昨夜から、のんののことでマスコミ対応に追われ、まだ詳しい報告を受けていなかったのだ。
「失礼します」
そう言って入ってきたのはもちろん、のんのと山根巡査部長であった。
今日ののんのは、もちろん制服を着ていた。制服というのは不思議なもので、普段がどんな人間であっても制服を着ると2割3割増しでカッコよく見える。普通に出会ったら、あのコスプレ少女がのんのだと気がつく人は少ないだろう。
「あっ、日暮警部補。昨夜は大活躍だったそうで」
署長の態度がコロッと変わる。警察庁から「くれぐれも」と預けられた以上、ぞんざいな扱いをすると自分の首が飛ぶかもしれないのだ。自分の生活がかかっている以上、それも仕方ないことではあるが、それにしても態度が変わり過ぎと倉橋でさえも思うのであった。
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