第6話 帰り道
放課を告げるチャイムが鳴り、クラスの人々が一斉に動き出した。急ぐ用事もないのでしばらくしてから自分のカバンに教科書などを詰める。
例によって部活をサボる気である古室が「一緒に帰ろう」と近づいてくる。断る理由もなく、黙って歩き出した俺についてくる。
「そう言えば東藤さんとは話したりするのか?」
「なんだ急に」
古室はいつになく言葉を選び出すのに苦労しているようだ。
「いやぁ、さ。この間、仲良さそうだったから」
仲良くしていた記憶はないが。
「特に話すことはないな。あれから会ってもいないし」
「そうなのか。ところで俺ってホントに嫌われてる?」
「ああ。一目瞭然だ」
深いため息をつく。よほど気にしていたのだろうが、第一印象が「ナンパの人」だからな。仕方ない。
階段を降り中庭を横切って正面玄関へと向かう。
そこで、珍しく見知った顔に出会った。噂をすればなんとやら。
「あ」
第一声は向こう。
「ああ、東藤さん。どうも」
こちらは明らかに歯切れの悪い古室。まあ、嫌われているとわかっている相手に話しかけるのは結構な気を使うだろう。現に、彼女は返事をしない。
「……えーと、東藤さんも帰り?よかったら一緒に帰らない?」
学ばないやつだな、同じ過ちを繰り返すなよ。実際、彼女はまたも無視。
古室は無視しておいて、こちらをじっと見ている。「こちら」を。何か俺の後ろにあるのかと思い、振り返ってみるがそこにあるのはテニス部員と思しき人影が中庭で素振りをしているのがガラス越しに見えるだけ。
そして、古室までがこちらを見る。なんだ、この状況は。古室は何やら俺に合図している。顎で彼女を指し、俺に何かを促しているようだ。
「ちょっと、こっち」
俺が合図の意味を解釈しないことにしびれを切らしたのか、古室は俺の腕を引っ張って靴箱の影に引っ張り込む。
「なんで分かんないんだよ、奏が一緒に帰ろうって言ってくれって意味だよ」
「俺が?なんで」
「奏が言ったほうが聞いてくれそうだからだよ!」
なぜ俺が言ったほうが聞いてくれそうなのかは知らないし気も乗らないが、この空気で黙っているのは流石の俺でも息が詰まる。彼女が既に帰っていることを願いながら、決心する。
戻ると、律儀に彼女は待っていた。……何か緊張するな。
「一緒に帰るか?」
短い一言だったが、絞り出した結果だ。
彼女はまるで告白でもされたかのように俯き、ただ首を縦にふった。
先ほどとは全く状態が変化していない。重苦しい空気は未だこの空間に蔓延り、二人もその空気を感じ取っているのか沈黙が続く。俺は居心地の悪いこの空間を脱するため、深いため息をついて靴を履き替えた。
俺と古室が並んで歩き、その後ろを東藤さんがついてくる。こんなことなら「一緒に帰る」意味があったのかどうか定かではないが、まあいい。会話をしなくて済むのだから。
だが、俺の心を読んだのか沈黙を破る一言を古室が発する。
「いやー、今日はいい天気だねー」
相変わらずのノープラン。それから先に言葉が続くことはない。
「昨日も天気は良かっただろ」
無意識に返答してしまう。俺も心の底ではやはりこの空気に耐えかねていたのかも知れない。こんな下らないことに答えてしまうとは。
「確かに、昨日は快晴でしたね」
不意に後ろから声がしたので少し驚いたが、後ろに彼女がいるのを忘れていた。
「二人はいつもこんな他愛もない話をしてるんですか?」
他愛もない話、ね。
「いや、俺がこいつとしているのは不毛なやり取りだ」
まあ、確かに他愛はないかも知れんが。
「不毛って、ひどいな。何かの足しにはなってるでしょ」
「いや、なってない。そもそも俺はお前の話を真剣に聞いたことがない」
「えぇ!?それはひどくないか!?」
後ろからクスクスと微かに笑い声が聞こえる。そう言えば、彼女の笑うところは初めて見たな。この前転校してきたのだから当然か。それ以前に、そこまでの仲ではないか。
彼女とは商店街の前で別れた。何やら商店街で買い物がある、と俺だけを見て挨拶をした。
完璧に嫌われている古室が言う。
「なんで奏はあんなに好かれてるんだ?」
「……俺が好かれているわけではないだろう」
「どう言う意味だ?」
俺はその問いに答えることなく、歩き始める。古室はいつまでも「教えてくれ」とねだっていたが、次第に諦めた。
小さな池の大きな魚。
エビングハウス錯視ってやつだ。
それから俺たちは他愛もない、不毛なやり取りを交わしながら家路を辿った。
その日は帰りが遅くなってしまって、すっかり人通りの少なくなった商店街を横切って自宅のあるマンションに向かっていた。
家に帰り鍵を開けて玄関に入る。下の郵便受けに入っていた手紙やらの郵便物を靴箱の上に放り、その中の一つが目に入ったので差出人を確認する。
すると、後ろから何やらヒソヒソと話し声が聞こえる。私は手紙を持ったまま固まり、その声に耳を澄ます。ヒソヒソと話す声は未だ止まない。私は人生で幽霊というものを見たことも感じたこともなかったが、ついにその類のものを感じてしまった、と身震いする。
その声は次第に大きくなるとプツリ、とその声は止んだ。正体不明のヒソヒソ声に息をつくこともできず、おぉ、怖い怖い。と玄関を上がろうとするも、後ろからクスクスと微かに笑い声が聞こえる。
「えぇーそんなことあり得るの!?」
私は一瞬ビクッとした。外の音に五感を全て委ねていたせいか、それほどまで大きくなかったと思われる声にも反応してしまった。その声の正体は二人の会話だった。
一人の声は聞き覚えがある。隣の部屋に住んでいる夫婦の娘さんだ。塾からの帰りか何かで、友達と談笑しながら帰ってきたのだろう。
こんな時間まで塾とは大変だな、と思いながら、胸を撫で下ろす。
今度こそ玄関を上がり、リビングへ続く扉を開けたところでどこからか声が聞こえた。
「この声が聞こえるのも、相当怖いと思うけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます